船川淳志の「グローバル」に、もう悩まない! 本音で語るヒトと組織のグローバル対応 第5回 英語やスキルに飛びつく前に、「飛び込む力」を!
多くの人材開発部門が頭を悩ませる、グローバル人材育成。 グローバル組織のコンサルタントとして活躍してきた船川氏は、「今求められているグローバル化対応は前人未踏の領域」と前置きしたうえで、だからこそ、 「我々自身の無知や無力感を持ちながらも前に進めばいいじゃないか」と人材開発担当者への厳しくも愛のあるエールを送る。
あるグローバルリーダーの挑戦
S氏はある大手日本企業が昨年から始めたグローバルリーダー育成プログラムの参加者の1人。国籍は韓国。アメリカに移住し、この日本企業の米国法人で採用されて以来、さまざまな実績を残し、頭角をあらわしてきた。よって、他の7カ国から選ばれた同プログラムへの参加者と同じように、社内の期待を集めていた。
しかし、1年前、ちょうどこの3年間にわたるリーダー育成プログラムが開始される直前、S氏には大きな試練が待ち受けていた。それは、アメリカから中国に移り、新たなビジネス開発をするものであった。彼が率いる中国の組織では英語を理解する人は少なく、彼もハングルと英語ができるとはいえ、中国語はできなかった。つまり、共通言語すらない状況だ。そんな厳しい環境の中で不安とフラストレーションを持ちながら彼はワークショップに参加したのだった。
私の目から見ても、彼の不安感と焦燥感はよくわかった。こうした第三国籍(ホスト国でも、本人の国籍でもない)の赴任者の活用によってグローバル経営を30年前からやってきている欧米企業があるが、この日本企業では彼のようなアサインメントは初めてのことであった。海外赴任者の研究についてよく知られているS・ブラックらによれば、「海外赴任の難易度」は、業務内容、文化の差異、そして言語の難易度の3つの掛け合わせによって決まるというモデルがあるが、彼の場合はこれで見ても難易度は高い。
先週、上海でそのS氏と1年ぶりのワークショップで再会して驚いた。私だけではなく、他の参加者からも「彼が復活した!」「1年前の悩みが吹っ切れて、前向きになってきた」「一皮むけた」などの言葉が出てきた。彼は中国での1年間を振り返りながら、我々に多くのことを共有させてくれた。前回の記事で述べたambiguity(曖昧さ)に彼は今でも取り組んでいる。しかし、昨年のような迷いや混乱は微塵も感じさせない。確実に試練を乗り越えていることが全員に理解できた。彼の使命感は次の言葉に表れていた。
「私の取り組んでいるようなミッションはこの会社が始まってから初めてだということはよくわかっている。だから、試行錯誤は当たり前。ただ、自分がなんとかこのミッションを果たして、後に続く人が出るようにしたい」
S氏のスピーチを聞きながら、私は確信した。やはり、グローバルリーダーの要件として欠かせないもの、それが「未知の世界に飛び込む力」だ。
未知の世界に飛び込む力」を備える
前回、小生が武道のインストラクター時代に行った滝行の写真を紹介した。そこでも述べたように、それは「滝行用の滝」ではなく自然の滝だ。テレビの映像や写真で見たことがある方もいるだろう。「滝行用の滝」は一般的には水量は少なく、高齢者や女性でも立っていられるもので、中には立ちやすいように足場が整えられていたり、踏み台になるような石がある場合もある。
ところが、私が入ったのは、「自然の滝」であり、人が入った形跡はなかった。滝の幅が10メートル弱、高さは10メートル強、その滝壺に向かうまで水の中を進まなければならなかった。多少の恐怖感もあった。ではなぜ、そんなことをしたかと言えば、当時、師事していた武道の先生に「船川、やってみろ!」と言われたからだ。深さがわからない滝壺に向かうことは文字通り、未知の世界に飛び込むことになる。立てなければ泳げばよいが、私が心配したのは岩に足をとられて動けなくなり、大量の「水責め」を受けることであった。幸い、滝の直下で立つこともできたし、全身全霊を込めて滝に向かっていったせいか、水に弾かれることもなかった。