短期連載 産業・組織社会学的アプローチから見た 日本企業の人事戦略 第1回 制度環境がつくり出す 経営戦略・人事戦略
人事戦略に対するアプローチには、経済学からのアプローチ、心理学からのアプローチ、組織論・マネジメント論からのアプローチなど、さまざまなアプローチが存在するが、日本的人事管理という言葉に象徴されるように、社会が人事に与える影響は大きい。本シリーズでは社会がどのように人事戦略に影響を与えるのかのメカニズムと、日本では社会的な特色が具体的にどのように人事戦略に影響を与えているかについて議論していきたい。
1つの国の企業同士で経営戦略・人事戦略が似通うのはなぜか
アメリカ型経営・日本型経営、あるいはアメリカ型人事管理・日本型人事管理といった言葉が示すように国によって経営戦略・人事戦略は異なる。これは企業が属する国や社会によって経営戦略・人事戦略の大きな型は決まってしまうということにもつながる。もし経営戦略・人事戦略を決定するものが、市場や技術動向といった直接的な経済要因だけであるとしたら、この国によって戦略のタイプが異なること、あるいは同じ国の企業同士では戦略タイプが似通うということは十分に説明かっかなくなるだろう。
この経営戦略・人事戦略が国によって異なる、あるいは同じ国では似通ってくる大きな原因としては、社会の価値観や長い間その社会で定着したために慣習化された社会制度といったものが戦略形成に影響を与えていることが考えられる。このような環境は制度環境 (Institutional Environmentと)呼ばれ、環境要因は制度要因(Institutional Factor) と呼ばれる( 本シリーズでは制度環境と制度要因は同意語として扱う。さらに後で登場する社会制度[Social Institutionも] 同意語として扱う)。
制度環境の例としては日本における高い雇用保障があげられる。終身雇用と呼ばれる長期雇用が定着した日本では雇用を守ることが社会的価値となり、企業には雇用を守ることが求められることとなる。その結果、雇用を守らないと企業の社会的なイメージがダウンし、採用や製品市場などで不利益となってしまう。このように企業には戦略を考える際に直接的な経済環境とともに制度環境を考慮することが重要となるのである( 図表)。実際に企業は明確に意識していないかもしれないが、この制度環境を意識して戦略を構築しているといえる。
例えば「成果主義は徹底するが、雇用は守る」という言葉を耳にすることがある。これなどは制度環境を考慮しなければ合理性のないものとなってしまう。成果主義を徹底するということは、社員の現在価値・成果に基づいて処遇することであり、これに対して長期雇用を雇用ポリシーの中心とすれば多少の年功的処遇は必要となる。
年功的処遇が全くなかったとしたら、年功賃金によってキャリアの途中で解雇された場合に社員が失う報酬を大きくすることで、社員の怠け(ジャーキング) を防ぐという「ジャーキング理論」の逆をいくものとなってしまい、社員の怠けが発生する恐れがある。しかも、こういった状況で高い雇用保障を社員に与えてしまえば、解雇の恐れのないなかで社員の怠けが横行し、組織にとって最悪の結果となってしまう。つまり、高い雇用保障と年功的要素の全くない成果主義人事は両立しないのである。
だが、雇用保障が社会的価値となっているという制度環境を考えれば、この一見矛盾する内容もある種の合理性をもってくるのである。“雇用を守る”ということは、囗本の制度環境に合致しているために、企業の利益となるからだ。以前、トヨタ自動車が終身雇用を守るという理由で格付けを下げたアメリカの格付け会社があったが、この議論は制度環境を無視した議論といえるだろう。
制度環境とは何か
以上のように企業の戦略決定に影響を及ぼす環境は、直接的な経済環境と制度環境の2つのタイプに大別できる。市場における競争や技術動向といった直接的な経済環境が戦略に及ぼす影響は経営戦略論などで広範に議論されており、読者の皆さんにもなじみが深いものであろう。
だが制度環境は耳慣れない言葉ではないだろうか。そこで本シリーズでは、制度環境について議論していくこととする。