My Opinion ―② プロフェッショナルはどのようにして一人前になるのか
東京大学大学院の中原淳氏らによる勉強会「Learning bar」(46ページでレポート)は2005年にスタートし、「学びのプロフェッショナルのための場」を提供してきた。
5月に行われた勉強会では、小樽商科大学ビジネススクールの松尾睦氏を招き、ビジネスパーソンが仕事に習熟するプロセスに関する考察を試みた。その講演内容を紹介する。
プロフェッショナルの特徴とは何か
アインシュタインは「何かを学ぶためには、自分で経験する以上にいい方法はない」と述べている。「経験を通じて仕事を学ぶ」プロセスは、どんな企業人も納得できることだろう。しかし同じ経験を得ても、多く学ぶ人と少ししか学べない人がいる。中にはまったく学べない人もいるかもしれない。そこで問題になるのは、どんな経験だったら学ぶことができるのか、どのようにすれば経験から学ぶことができるのか、その点である。
世の中には熟達者やプロフェッショナルと呼ばれる人たちがいる。私は彼らの熟達の過程を明らかにすることで、学習に適した効果的な経験や学習方法に関して、ヒントを引き出してみたいと考えた。そこで最初に、熟達者、すなわちプロフェッショナルには、どんな特徴があるのか定義しておこう。
熟達者とは、特定領域で優れた業績を示している人のことである。問題を早く深く見抜き、すばやくソリューションを出せる、自分をモニタリングできるといった特徴を持っている。カッツ(Katz、1955)によれば、熟達者のスキルは3つに大別される。①テクニカル(専門)スキル、②対人スキル、③コンセプチャル(概念・分析・判断)スキル、の3つである。
ここで注意したいのは、専門的な知識を持っているだけではプロフェッショナル、熟達者とはいえないという点だ。高度な業績や成果を示すベースとして、熟達者には自律的であり、自己管理能力に優れているという特徴がある。これらのことを総合すると、プロフェッショナルの特徴は5つ。①知識の獲得、②自律的な行動、③地位の確立、④職業に対する愛着、⑤他者への援助(奉仕)であり、専門的な知識や技術を持つと同時に、高い精神性も有しているということができる(Miner、1993)
初心者が熟達するまで10年ルールは適用できるのか?
では初心者がこのような熟達者になるまでに、一体何年必要なのだろうか?
スポーツ・芸術・チェスなどの分野では、突出した結果を示すには10年必要であるという「10年ルール」が存在する。この10年ルールは、ビジネスにも有効なのだろうか。
ドレイフェス(Dreyfus、1983年)は、初心者が熟達者になるまでの過程を、5つの段階で示した。初心者→新人→一人前→上級者→熟達者と変化する、「ドレイフェスの5段階モデル」である。
そのモデルによれば、初心者は状況を無視し、微妙な特徴に気付かず分析的に状況を把握し、合理的な意思決定を行うという特徴がある。一方、熟達すればするほど、経験に基づいて微妙な特徴を把握することが可能になり、全体的に状況を把握し、さらには直感的に意思決定をしていく傾向があるという。
たとえば、自動車の組み立て作業を見てみよう(小池・中馬・太田、2001)。その熟達過程は、1つの仕事だけしかできない期間工レベル(レベル1)、3つから5つの職務を担当し、不具合を検出できるレベル(レベル2)、職場内のほとんどの職務に精通し、不具合の検出および再発防止までできるレベル(レベル3)、モデルチェンジなどまで行えるようなレベル(レベル4)と、4つのレベルに分けることができる。このうちレベル3に達するまでにおおよそ10年かかり、レベル4については全員がなれるわけではない。
コアスキルの違いは習熟過程に違いをもたらすのか?
そこで問題になるのは、熟達までの10年をどのように過ごすかである。熟達するためには、「よく考えられた学習」が必要だといわれている。適度に難しく、明確な課題を与えられ、結果に対してフィードバックがなされ、誤りを修正する機会が与えられること。これが熟達への鍵だという。
では一体、「よく考えられた学習」とは何だろうか。学習には、段階的学習と非段階的な学習がある。スキーやピアノを習う場合には段階的学習がとられることが多く、日本の伝統芸能(日本舞踊や歌舞伎)を学ぶ際には、非段階的な学習が行われる傾向にある。この2種の学習方法は、どのような状況に適しているのだろうか?