J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2016年12月号

OPINION3 意志力 自己統制と粘り強さを支える 2つの力のメカニズム

困難や壁を乗り越える際に、発揮されるという意志力。
衝動的な欲求に打ち克つ“セルフコントロール”の他に、ひとつの物事に粘り強く取り組む、「やり抜く力」の存在が注目されている。
2つの力の強化につながるメソッドとは。
意志力について研究を進める東洋大学の尾崎由佳准教授に話を聞いた。


尾崎由佳(おざき ゆか)氏
東洋大学 社会学部 社会心理学科 准教授
社会心理学博士。2007 年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。東海大学チャレンジセンター講師を経て現職。2015 年より日本社会心理学会・広報委員。研究テーマは実験系心理学、社会的認知、自己制御、自己統制など。主な共著に『社会心理学:過去から未来へ』(北大路書房)、『現代人のこころのゆくえ4―ヒューマン・インタラクションの諸相』(HIRC21)などがある。

[取材・文]=田邉泰子 [写真]=編集部

意志力とは何か

人は何かにチャレンジすると、大抵は苦しい場面や葛藤する場面に遭遇するものだ。それを乗り越える時に発揮されるのが意志力(Willpower)と呼ばれるものである。この意志力とは、いったい何だろう。

■自己制御の正体、制御資源

意志力は1990 年頃より注目されている。近年では米国の心理学者、ロイ・バウマイスターらの著書『WILLPOWER意志力の科学』がベストセラーとなっている。

この本では、目の前にある誘惑などから生じる衝動的な欲望を抑え、より高次な、あるいは社会的価値のある反応に変える力、つまりセルフコントロールを“意志力”と定義して、さまざまな性質を紹介している。

バウマイスターの研究チームは、セルフコントロールについて研究を進めるうちに、“制御資源”の存在を突き止めた。制御資源は衝動を抑える際に用いられる、セルフコントロールの源ともいえるものだ。そして制御資源には、次の性質があることが分かった。

・制御資源は、大脳の前頭葉が司る

・衝動の違いを問わず、衝動抑制に用いる制御資源は同じである

・制御資源には限りがある

どのような形であれ、我慢を繰り返すと、やがて制御資源は枯渇してセルフコントロールが効かなくなる。ダイエットで甘いものを控えていても、日中ストレスに晒されると、夜中にドカ食いしてしまうケースなどは、制御資源を使い果たした「自我枯渇」の状態だといえる。

またセルフコントロールは、仕事のパフォーマンスにも大きく影響する。いくら残業しても、自我枯渇の状態であれば集中力を保てず、期待する成果は望めない。

■やり抜く力“GRIT”に注目

そして近年、セルフコントロールの他に、意志力につながる新たな力が注目されている。それは、「粘り強く情熱を持って、最後までやり抜く力」であり、「GRIT(グリット)」と呼ばれている。

GRITは米国の研究者、アンジェラ・ダックワースによって提唱され、2000年頃から本格的な研究が行われている。

これまでは、何かを成し遂げるには、セルフコントロールや自尊心の有無がカギを握るといわれ続けてきた。だが、長期的な訓練を要する課題を優秀な成績で成し遂げた人たちの能力を調べてみると、必ずしも初期の成績が高いわけではなく、セルフコントロール力や自尊心が高いレベルというわけでもなかった。そこで第二の意志力ともいえる、GRITの存在に注目が集まっているのである。

GRITは性格特性のひとつであり、遺伝的要素の他、子どもの頃からの経験や教育の影響を受けると考えられている。努力を惜しまない家族や友人の存在、頑張れば頑張るほどよい結果を収めた成功体験、粘り強さを人から認めてもらえた経験などが、GRITを高める。ただし、高いレベルでGRITを発揮するには、取り組むものに対して高い興味・関心を持ち、情熱を燃やすことが最低限の条件である。

セルフコントロールとGRITのポイントは図1の通りだ。では、それぞれの力は、具体的にどのような場面で発揮されるのか。例えば、ダイエット中に目の前にあるケーキの誘惑を断ち切るために必要な力はセルフコントロールである。対して、自我枯渇などにより仮にケーキを口にしてしまった時、「もうダイエットはやめた!」とあきらめモードになるのではなく、「今日は食べてしまったけど、目標に向けてまた頑張る」と、気持ちを切り替えてダイエットを続けるために必要な力がGRITだ(図2)。

つまり、長期的な目標管理にはGRITが、目標達成に向けた実践の過程で生じる葛藤を都度管理するにはセルフコントロールが働くといったところだろう。

歳を重ねても伸びる

では、セルフコントロールやGRITなどの意志力を高める方法はあるのか。例えば、身勝手な振る舞いが目立っていた学生が、社会人となり数年経つと、場をわきまえた行動を取るようになる。このケースは、セルフコントロールが強化された状態だといえる。これは、大脳の前頭葉がまだ可塑性の高い時期である20歳前後に、会社という規律と節度ある行動が求められる環境に身を置くことによって、制御資源のキャパシティーが広がったためだろう。

と言うと、セルフコントロールの高低は若いうちに決まってしまうのかと思う人もいるかもしれない。しかし、安心してほしい。

セルフコントロールと関わりの深い性格特性である「誠実性」※は、思春期を過ぎた後、加齢に伴い徐々に高まるといわれている。これは、社会経験を通じて、衝動を抑える場面に“繰り返し”遭遇することが要因だと考えられている。

また、GRITについては加齢による推移は明らかにされてはいないものの、GRITの程度を測るスコアを世代別に見ていくと、年齢が上の世代ほど高くなったという報告がある。上の世代のほうが、今よりも辛抱強さやひたむきさが重んじられた時代に生まれ育ったことが影響しているのではないだろうか。

以上を踏まえると、目標を設定し、高い意志力の下で研鑽し合う環境に身を置けば、意志力の強化が望めると考えられる。

※ゴールドバーク,L.R.が提唱したパーソナリティー特性論「ビッグ・ファイブ」で示された、5つの因子のひとつ。セルフコントロールや達成への意志、まじめさ、責任感の強さを表す

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