J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2016年09月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 バリューの浸透とコーチングで、 成長につながる“気づき”を促す

能力開発には、ハードスキルとソフトスキルという2つの側面がある。だが、コミュニケーション力などのソフトスキルを根本から高めることは、とても難しい。医薬品メーカー、ベーリンガーインゲルハイムジャパンのタレントマネジメント部では
「オーガニック・イノベーション」という考え方で、豊かな人間性や関係性構築力といったソフトスキルを育む施策を打ち出している。
めざすは、全ての社員が主体的に行動し、活性化しながら組織も成長する、健康的な企業体質の醸成だ。
どうすればそのような組織をつくることができるのか。同社の人材育成、組織開発を担う2人に、その手法と思いを聞いた。

ベーリンガーインゲルハイム ジャパン
人事本部 タレントマネジメント部
シニアHRアドバイザー
タレントマネジメント
PCC CPCC ORSCC
大野 宏(Hiroshi Ohno)氏
大学卒業後、日本ロシュに入社。
医薬品営業支店長を経て、スイス本社にて、人的資源管理、エグゼクティブリーダーシップ開発のデザイン導入などに携わる。
帰国後ロシュ・中外製薬で人事部・人財開発部長に就任。
ベーリンガーインゲルハイムジャパンに入社後はタレントマネジメント部長として、成果を生み出す働きがいのあるチーム・職場づくりの実現に向けたエビデンスづくりに尽力。現在はシニアHRアドバイザー。



ベーリンガーインゲルハイム ジャパン
人事本部 タレントマネジメント部
人財開発グループマネージャー
CPCC
ORSCC
森尾 公仁子(Kuniko Morio)氏

大学卒業後、日本ロシュ入社。その後中外製薬を経て、ベーリンガーインゲルハイムジャパンに入社。
企業統合、企業変革プロジェクトに多数参画し、激しく変化する経営環境の中で、企業の変革を「ひと」「組織文化」の側面から推進することに従事。
人財開発体系構築、IT をベースとした人財開発インフラ整備、変革を現場に展開するための設計などコーポレートレベルの基盤整備に関わる。


ベーリンガーインゲルハイム ジャパン
2010 年に日本のベーリンガーインゲルハイムグループの持ち株会社として設立。
傘下に4つの完全子会社を持つ。
人事本部タレントマネジメント部では、グループ全体の人財の能力開発、組織開発を担う。
グローバルの本社はドイツのインゲルハイムにあり、世界に145の関連会社と4万7500人以上の従業員を擁する。
グループは、ヒト用医薬品、動物用医薬品等の製造、販売及び輸入を行う。
資本金:1億円(2015 年12 月31日現在)、従業員数:日本のグループ全体で約2700 名(2015年12 月31日現在)

[取材・文]=田邉泰子  [写真]=大野氏提供、編集部

“深層部”を重視する人材育成

「現実は3つのレベルに分けられる」という話を聞いたことがあるだろうか。

プロセス指向心理学を創始した米国の心理学者、ミンデル夫妻は、現実は「合意的現実」から「ドリーミング」、そして「エッセンス」という3つの階層をなし、これらが相互に関係し合うと説いた。

「合意的現実」とは、3階層の中では最も表層的で、ビジョンや想いを形にするための具体的な仕組みやプロセス、アクションをさす。「ドリーミング」は、「こう在りたい」「こうだったらいいな」というような夢や希望の絵図のことだ。そして「エッセンス」は、ドリーミングや合意的現実が生まれる源・原点であり、誰もが人として共感できるような大切な何かや、言語化が難しいコンセプトなどをさす。最も深層的であり、抽象的でもある。

「当社では、この3つのレベル全てに焦点を当て、さらに抽象的であるために他の企業では扱われることの少ない『エッセンス』の部分も大切にした人財育成、組織開発を行ってきたといえます」

そう語るのは、医薬品メーカー、ベーリンガーインゲルハイムジャパン人事本部タレントマネジメント部の、シニアHRアドバイザー大野宏氏と、人財開発グループマネージャーの森尾公仁子氏である。

ドイツに本拠を構える同社は、株式を公開しない企業形態の特色を活かし、短期的な見通しのみならず長期的な視野で投資を続けてきた。その分野の1つが、“人の育成”である。

同社では、エッセンスも重視した人財・組織開発を行っており、大野氏・森尾氏が所属するタレントマネジメント部ではこれを「オーガニック・イノベーション」と呼んでいる。これについては後ほど紹介するが、まずは2人が人の育成に携わるようになったきっかけを探っていこう。

“人が好き”だった営業時代

大野氏は、大学を卒業後外資系医薬品メーカーに入社し、以来営業ひとすじだった。一方で「いつかは海外でチャレンジしたい」と、入社時から折を見て会社や上司に伝え続けてきた。そして17年の年月を経て、営業部長から「スイス本社で人財開発の仕事をしないか」という話を持ちかけられた。

「人財開発などこれまで考えたこともなかったので、びっくりしました。しかし、当時の上司は『君は人が好きみたいだから、きっと向いているよ』と、私に白羽の矢を立てた理由を説明してくれました」(大野氏)

思い当たる節があった。

順調にキャリアを重ね、当時は営業所長のポジションにいた。業績のよい支店に入ることもあったが、次第に結果が振るわない地域への赴任を言い渡されるようになる。

「私の役割は“再生工場”だったのです。結果を出せずに社員たちの士気が下がっている地域に行き、蘇生を図ることがミッションでした」(大野氏)

学生時代に打ち込んでいたアメフトでは、リーグ優勝を2度経験した。メンバーを信頼し合い、共に高め合うチームは、結果を残すとさらに結束を強めた。その経験から大野氏は、チームで何かを成し遂げるには、まずは共に戦う仲間に興味を持ち、理解し、信じ合うことが必要だと熟知していた。

「支店では部下との信頼を深めることに注力しました。恋愛相談を含め、プライベートな話もよく聞きました。個人的な悩みが仕事に影響することは多いですからね」(大野氏)

人生で起こる出来事には、光と影がある。影の部分も受け入れながら、部下の自信を取り戻させていった。すると伸び悩んでいた部下たちが結果を残すようになり、次第に支店の成績も向上していった。

真の人財開発をしたい

一方、森尾氏が人に興味を持ち始めたのは、子ども時代だ。当時、地域の合唱団に所属しており、時折、日本を訪れる海外の合唱団と共に演奏する機会があった。普段の練習では、きれいに唄うことや周りと揃えて唄うことなどを教えられていたが、来日した外国人の指揮者たちのアドバイスは違った。

「どうすれば子どもたちの持つ力や良さが引き出せるかを、考えていらっしゃいました。『合わせなきゃ』『間違えないようにしなければ』といった萎縮から解放され、のびのびとした声で歌うことができるのです」(森尾氏)

指揮者と信頼関係で結ばれた歌い手たちは、自然と調和のとれたハーモニーを奏でられるようになる。森尾氏は、ティーチングとは異なる成長のアプローチを子どもながらに体感し、人の力が開花されていく面白さを味わったのだ。

さらなるターニングポイントは、前職で既に人事部門に身を置き、能力開発の業務に携わっていた頃だ。

経営改革の一環で人財開発の体系づくりや経営人財育成のプログラムづくりに邁進しながら、プライベートでは、余命宣告を受けた実母の在宅医療のケアに追われていた。

「実母の看病を通じて、“生きること”や“人との関係”について考える時間が増えました。在宅医療では医師や看護師、ケアマネージャーなどさまざまな人が生死を前に家庭と関わりを持ちます。さらにスタッフ同士の関係もある。私たちは多くの人たちに支えられていて、その関係が網の目のように広がっている。会社と家だけが社会を構成しているのではないことに気づいたのです。人はみな生きて死ぬという当たり前のことが深く突き刺さりました」(森尾氏)

そう考えると、人財開発の在り方自体に疑問を持つようになった。

「組織の期待に応える人財という範囲で人事施策を考えていても、“ひと”の真の成長にはつながらないような気がしてきたのです。一人ひとりのやりたいことや充実感、うれしさに寄り添い、その実現に向けて必要な生きる力を引き出し、仕事と結びつけていくことこそが、人財開発の本来あるべき姿ではないかと思いました」(森尾氏)

そこで、これまでのやり方に終止符を打ち、全てをリセットすることを決めた。具体的には一度会社を辞め、フリーランスの立場で人財開発に携わることを考えたのだ。そうした時、さまざまな偶然が重なり、現職との縁にめぐり会ったのである。

オーガニック・イノベーション

大野氏と森尾氏は現在、日本におけるグループ会社全体の人財・組織開発の基盤づくりに携わっている。その取り組みの価値に気づいたのは、2014 年に訪れたATD※1がきっかけだった。

そこでは同社が“当たり前”のように取り組んでいた、「人間性を高め」「他者との関係性を大切にし」「内発的動機のもと主体的に仕事に臨める」ような人や組織を育むための施策が、最先端のように語られていたのだ。

「数々のセッションに参加しましたが、目新しさよりも『既に当社でやっていることだ』いう印象を受けたのです」(森尾氏)

豊かな人間性や関係性構築力といったソフトスキルの育成は、実践が難しい。実務と直結した内容を扱う場合に比べて、効果を測りにくく即効性に欠けるためである。しかし持続的な成長を可能にし、長期で見た場合に確実な変革をもたらす。

「会社や社員は、いわばひとつの生命体(いきもの)です。そこで、生物が成長し続けるために必要な機能を備えているのと同様に、組織の中に成長する仕組みを脈々と形成し、“ひと”を起点として変革を起こす。そういった考え方を『有機的な変革(オーガニック・イノベーション)』と名づけ、私たちで独自に整理してみることにしました」(森尾氏)

「今は、VUCA※2な時代だと言われます。何が正解か、誰にも分からない、予測できない時代なのです。ですから、多様な人々の無限の力を引き出して、お互いが触発し合う場をつくる。人が根源的に持っている力を解き放つ。先の分からない時代だからこそ、人の育成と組織の開発を行うことがイノベーションにつながると考えるのです。『オーガニック・イノベーション』とは、そこにフォーカスした人財・組織開発コンセプトといえます」(大野氏)

※1 ATD 米国ヴァージニア州に本部を置くAssociation for Talent Development。訓練・人材開発・パフォーマンスに関する世界最大の会員制組織。

※ 2 VUCA Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとり、現代の世相を表したもの。

バリューを体感する

「オーガニック・イノベーション」では、どのような方法で人間性を高めていくのか。同社で特に重点を置いているのは、企業バリューの浸透やコーチングによる意識の顕在化である。

まずはバリューの浸透についてだ。多くの企業が社員一人ひとりが持つべき考え方や姿勢をバリューとして設けるように、同社でも「BI Value」という「配慮(Respect)」「信頼(Trust)」「共感(Empathy)」「情熱(Passion)」の4つの価値を、グローバルで運用する(図1)。

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