J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2016年09月号

ATD日本支部『イノベーティブ企業のリーダーシップ開発』調査より イノベーションを支える リーダーシップ開発とは

イノベーションが継続的に生まれるためには、どのようなリーダーシップ開発を行えばよいのか。
そもそも、企業でイノベーティブ度が高まるメカニズムとは―
そんな疑問を持つ人事・人材開発担当者は、少なくないだろう。
ATD日本支部リーダーシップ開発委員会では、そうした疑問を明らかにするため、アンケート調査を行った。
その分析結果を基に、イノベーションとリーダーシップの関係を考察する。


永禮弘之( ながれ ひろゆき)氏
ATDインターナショナル メンバー ネットワーク ジャパン リーダーシップ開発委員会 委員長
エレクセ・パートナーズ代表取締役。化学会社の営業・経営企画、外資系コンサルティング会社のコンサルタント、衛星放送会社の経営企画部長・事業開発部長、組織変革コンサルティング会社の取締役などを経験。幅広い業界の企業や官公庁に対し、経営者、経営幹部、若手リーダーの育成を支援している。立教大学にてリーダーシッププログラムの講師も務める。近共著は『ホワイト企業 創造的学習をする「個人」を育てる「組織」』(日経BP社)。

[取材・文]=崎原 誠 [写真]=編集部

イノベーションの仕組みを分析

世界最大級の人材・組織開発の非営利団体ATD(旧ASTD、Associationfor Talent Development)の“日本支部”にあたる当組織では、2007 年に「リーダーシップ開発委員会」を発足。企業の実務家、コンサルタント、学術研究者らが、組織におけるリーダーシップ開発の在り方を、日本企業の現状に照らし合わせて探ってきた。2012年からは、イノベーションを継続して実現する企業(以下、イノベーティブ企業)に焦点を当て、調査・研究を重ねている。

今回、その一環として、2015 年に実施したアンケート調査の分析結果がまとまった(図1)。分析のポイントは、次の3点である。

○「イノベーティブ度が高い企業はいかに創られるか」のモデル化

○企業のイノベーティブ度を高める影響要因とは何か

○リーダーシップ行動は、企業のイノベーティブ度の向上に有効か

始めに、企業においてイノベーティブ度が高まるメカニズムを明らかにする。そのうえで、イノベーティブ度を高める要因がどのようなものかを特定する。そして、各階層のリーダーシップ行動が企業のイノベーティブ度を高めることを示し、今回の特集のテーマである「リーダーシップ開発」の重要性について言及したい。

なお、ここでいうイノベーションとは、技術革新のみを指すのではない。ゲイリー・ハメル(ロンドン・ビジネススクール客員教授)の提唱する4つのレベルのイノベーション―①経営、②事業、③商品・サービス、④業務に付加価値を生み出す活動全てを対象としている。

1 イノベーティブ企業のメカニズム

○イノベーション活動の起点は、「経営トップのリーダーシップ」

○経営レベルのイノベーションと、現場レベルのそれが両輪となり、企業のイノベーションが進む

○組織文化、人材マネジメント、現場の働き方が互いに影響し合い、現場のイノベーションが活性化する

■イノベーティブ度を高める仮説モデル

本委員会では、今回のアンケート調査に先立ち、ベンチマーク企業15 社へのインタビューと文献調査により、企業のイノベーティブ度が高まる要因について仮説モデルを構築した(図2)。

このモデルでは、①経営トップの働きかけ(リーダーシップ)が起点となり、②組織文化、③組織・人材マネジメントがイノベーション志向になる。そして②③が、現場のイノベーション活動を促し、④現場の社員がイノベーティブな働き方をすることで、企業のイノベーティブ度が高まる。

①②③④の4つの「イノベーティブ特性」は、インタビューと文献調査を基に検討した図3の構成要素からなる。

図2右側の「複合的なイノベーティブ指標」は、企業のイノベーティブ度との関連が推測されるさまざまな指標を分析し、イノベーションとの因果関係が明らかになった指標を因子分析※1によってグルーピングしたもの。これらの指標の値が高ければ、その企業のイノベーティブ度が高いといえる。複合的なイノベーティブ指標のより詳しい内容は図4を参照されたい。

※1 多数のデータをグループ分けし、共通する要因を推測する統計手法。

■経営トップが起点

この仮説モデルを検証するため、今回実施したアンケート調査のデータを重回帰分析※2を用いて分析したところ、図5のような関係が明らかになった。

「経営トップのリーダーシップ」は、他の3つのイノベーティブ特性から最も影響を受けない。つまり、4つの中で最も独立性が高いということであり、経営トップのリーダーシップがイノベーションの起点になっているという仮説が立証された。

加えて、「経営トップのリーダーシップ」は、「組織文化」と「組織・人材マネジメント」には影響を与えているが、「バリューチェーン・業務オペレーション」にはほとんど影響しない。経営トップの行動が直接現場の働き方を変えるわけではなく、組織文化や組織・人材マネジメントを通じて影響が及ぶのである。

そして、「経営トップのリーダーシップ」は複合的なイノベーティブ指標の「長期的経営改革指標」に影響していた。これは当然の結果だろう。半面、「アイデア創出指標」「業務改善指標」「商品開発・事業開発指標」という現場レベルのイノベーションに対しては、影響が見られなかった。

では、現場レベルのイノベーションはどう生まれているかといえば、「組織文化」「組織・人材マネジメント」「バリューチェーン・業務オペレーション」の3つが互いに影響し合いながら、イノベーティブ度を高めていることが分かった。

以上をまとめると、企業のイノベーションは、①経営トップが起点となる経営レベル(トップダウン)のイノベーションと、②社員が中心に取り組む現場レベル(ボトムアップ)のイノベーションが両輪となって回っている。経営トップの働きかけがないと、経営レベルのイノベーションは起こらない。しかし、トップダウンだけでは、現場レベルのイノベーションは進まないのである。

※2 複数の要因が結果に及ぼす影響度を推測する統計手法。

■現場の“グッド・サイクル”を回せ

現場レベルのイノベーションについて補足すると、「組織文化」「組織・人材マネジメント」「バリューチェーン・業務オペレーション」の3つは、どれかが原因でどれかがその結果という関係ではなく、互いに影響を与え合っている点が特徴だ。

イノベーション志向の組織文化が醸成されると、それに合わせて、チャレンジを促す組織・人材マネジメントが行われるようになり、結果、現場の活動が活発になる。しかしこれは、組織文化→組織・人材マネジメント→現場の働き方という一方通行ではなく、現場の活動も、組織文化や人材マネジメントに影響を及ぼす。現場の実態に合わせて制度がつくられることもあり、制度をつくっても、現場に受け入れられずに廃止されることもある。

メディアがイノベーティブ企業の特集を組む場合、「この会社の○○制度がイノベーションを生んでいる」と説明することも多い。しかし実際は、初めから完成された制度が導入されるわけではなく、組織文化や現場の働き方と影響し合い、だんだんと仕組みが出来上がっていく。

このことは、現場レベルのイノベーション促進の難しさを表している。「チャレンジを促す制度をつくればイノベーションが促進されるだろう」と考える人事・人材開発担当者は少なくないが、制度だけ用意しても、“グッド・サイクル”を回し続けることはできないのである。

なお、複合的なイノベーティブ指標への影響を少し細かく見てみると、「アイデア創出指標」や「業務改善指標」に対しては「バリューチェーン・業務オペレーション」の影響が強く、「商品開発・事業開発指標」には「組織・人材マネジメント」の影響が強い。アイデアや業務改善は現場の活動から生まれる傾向がある一方で、事業開発や商品開発といったレベルになると、人材マネジメントの仕組みにビルトインされている必要があるのだろう。

また、「組織文化」は、直接的にはイノベーティブ指標に影響しないが、先述の通り、3つのイノベーティブ特性が相互に影響し合って“グッド・サイクル”を形成しているため、不可欠であることは言うまでもない。

■サイクルが回らなくなると……

このサイクルの各要素の関連性と重要性が分かる、ある実例を紹介しよう。

メーカーA社では、昔はユニークなイノベーションが活発に起こっていたが、最近は停滞している。背景には、経営トップが変わり、管理統制型の価値観を打ち出すようになったことがある。以前の経営トップは、イノベーション重視の姿勢を打ち出し、部長クラスに毎月、改善提案を出させていた。一般社員にはノルマを課さなかったが、部長が毎月提案するので、皆が自発的に提案する風土ができていた。そして、よい提案をした人には、経営トップや幹部が直接声を掛けたり、メールで褒める制度が導入されたりし、さらに多くの提案が上がるようになっていた。

ところが、株式上場によってコンプライアンス重視の傾向が強まると共に、新しい経営トップが効率・管理を重んじるマネジメントを始めた。トップの変化を見た部門長たちは、短期の成果につながりづらいイノベーション活動に経営資源を振り向けなくなり、社員たちも失敗の恐れがある挑戦を避けるようになった。

それを追いかけるように、人材マネジメントの面でも、懲戒制度が厳しくなったり、事業や開発に失敗した人が更迭され始めた。採用では、面白い発想をする人よりもそつない人を採る傾向になった。

ダメ押しとなったのが、バリューチェーンの改革だ。同業他社に倣い、PDCAを1 週間単位で回す仕組みを導入し、上司が毎週チェックするようにした。その結果、短期的成果につながらないこと、計画にないことはしなくなり、改善提案の件数も落ちていった。グッドサイクルが回っていないとどうなるかがよく分かるケースである。

2 何がイノベーションを促すか

「組織のイノベーション推進力」「現場の組織学習力」が、企業のイノベーティブ度を高める

○ダイバーシティ向上や敗者復活制度を導入するだけでは、イノベーションを促す効果は小さい

各階層のリーダーシップ行動は、間接的に企業のイノベーティブ度を向上させる

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