J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2016年09月号

Story 1 ポイントは、「どうしたら」を考えることと任せること 周囲をやる気にさせるリーダーシップ

「リーダーシップを発揮する」ことは、“ 控えめ”といわれる日本人には難しいことかもしれない。
だが、先頭に立ち組織をけん引することばかりが、リーダーシップの在るべき姿ではないはずだ。
ここでは、「まごころ宅急便」という高齢者のための画期的なサービスを発案した1人の女性の事例を通じて、別な形のリーダーシップ像を紹介しよう。
彼女を支えたのは、「人の役に立ちたい」という純粋な思いだった。


松本 まゆみ(まつもと まゆみ)氏
ヤマト運輸 岩手主管支店 営業企画課 課長

1998年ヤマト運輸にパートタイム社員として入社。他のアルバイトをかけ持ちしながらセールスドライバーを務める。2007 年正社員に登用、2008 年盛岡駅前センター長に着任。「まごころ宅急便」開発のため、2010 年に営業企画課へ異動し現職に。現在は路線網の維持が難しいバス路線を用いた荷物の輸送「客貨混載」やメーカーのリコール品回収と高齢者の見守りを結びつけたサービスなど、宅急便を利用した地域課題解決につながるサービスの企画立案を手掛ける。

[取材・文]=田邉泰子 [写真]=ヤマト運輸提供

買い物代行で高齢者を見守り

宅配大手のヤマト運輸には、現場の判断を尊重する風土がある。それは、荷物を集配するセールスドライバー(SD)であっても同じだ。今回紹介するのは、1人の女性SDが地域課題の解決につながるビジネスモデルを構築するまでの物語である。

岩手県の南西部、秋田県とのほぼ県境にある和賀郡西和賀町。ここは、過疎化、高齢化が進む限界集落として知られる。65 歳以上の人口が半数を超えるこの町には、一人暮らしのお年寄りも少なくない。健康状態などのちょっとした変化や、SOSのサインに周囲が気づくにはどうすればよいか―。そうした思いから生まれたのが、「まごころ宅急便」である。

これは、買い物代行を利用してお年寄り世帯の見守りを行うサービスだ。社会福祉協議会(社協)に登録した高齢者は、カタログを見ながら社協に欲しいものをリクエストする。社協経由で地元のスーパーが注文品を用意し、それをヤマト運輸のSDが家庭に届けて代金を受け取る。同時に利用者と会話をしながら「声のトーン」「顔色や表情」といった高齢者の様子を確認し、「会話時間」などを含め社協にFAXで提出する。何か異変が見られたら、社協が各家庭をフォローする仕組みである(図1)。

ヤマト運輸をはじめ、社協、地域のスーパーなど周囲との連携があって成り立つサービスだが、どのようにして実現に至ったのか。発案者である、ヤマト運輸岩手主管支店営業企画課課長の松本まゆみ氏に、いかにリーダーシップを発揮したのか聞いてみた。

ところが当の本人は、「リーダーシップだなんて、意識したことなど全くないです」と言う。そこで、「まごころ宅急便」誕生の軌跡を追いながら、松本氏のリーダーシップ発揮の瞬間をたどってみたい。

常連客の孤独死から始まった

■強烈な原体験と強い責任感

ことの始まりは、松本氏がSDとして盛岡を担当していた頃にさかのぼる。

担当のエリアには、常連の利用客がいた。週に一度、離れて暮らす息子からの届け物を心待ちにしている一人暮らしのおばあさんだった。

「夕方、家の前にトラックを停めると、おばあさんはエンジンの音を聞きつけて縁側に飛び出して来るんです。SDは多くの荷物を集荷し、お客様の元へ届けるのが仕事なので、常に時間との勝負です。しかし、おばあさんとは少しおしゃべりをするのが習慣でした」(松本氏、以下同)

ところが、ある日のことである。夕方、いつものようにトラックを家の前に寄せても、おばあさんは一向に縁側に現れない。玄関先で来た旨を告げると、「そこへ置いといて」と壁の向こうから声が聞こえた。不思議に思ったが、そんな日もあるだろうと荷物を置きその場を後にした。

それから3日後、おばあさんが自宅で亡くなっているのが発見された。しかも亡くなったのは、配達に行った、その日の晩ではないかという。

どうしてあの時、おばあさんにもう一声かけなかったのだろう―。後悔の念が松本氏を苦しめた。

「もう、仕事が手につかなくて。しばらくの間、今までのようにはお客様に声をかけられなくなりました。周りが私の様子を見て“、普通じゃない”と思っていたくらいですから」

■解決策を考える

「なぜ、あの時……」という悔みに苛まれていた松本氏だったが、半年ほど自問自答を繰り返すうちに、それは「どうしたら、孤独死からお年寄りを救えるか」という考えに変わっていった。

「普段も難局を目の前にすると『どうすれば乗り越えられるか』というふうに考えるかもしれません。自分から始めたことならば、なおさらです。人からやらされていることなら、すぐあきらめますが(笑)」

■思いついたらすぐ動く

大学で立体造形を学んでいたせいか、何かあると頭には3次元のイメージが浮かぶ。論や策を練るわけではなく直感的に、問題点や課題は未完成の部分となって表れるのだという。アクションのきっかけが生まれたのも、直感だった。夜明け前、寝ている最中に突然、アイデアが浮かんだのである。

SDのきめ細かなネットワークを活用し、お弁当配送と見守りをセットで行えばよいのでは―。生まれて初めてPowerPointで企画書をつくった。当時の松本氏は盛岡駅前のセンター長だったが、組織の中では現場のSDに過ぎない。もしかしたら相手にされず、鼻で笑われて終わりかもしれない、と緊張で震えながら企画書を上司に提出した。

その返事は「お話にならない」という、厳しいものだった。企画書を突き返され、消沈した松本氏だったが、改めて企画書に目を落とすと、そこには「この部分を再考」「ここと関係を結んだほうがスムーズになる」など、ところどころに赤字でアドバイスが記されていた。これが、思いつきが実現に向かう始まりだった。

メール便によるテストに参加

とはいえ、これまで社会貢献や福祉の分野へ関心を向けることすらなかった。この頃は、まだ“社協”の存在も知らない。何度か企画を練り直すも、収益面から見た事業構造の課題や個人情報の管理が壁となり、半年ほど、こう着状態が続いた。

■素直さと謙虚さ

そうした時、松本氏は岩手県立大学の教授から連絡を受ける。

最初の企画を考えた頃、新聞で高齢者の安否確認の研究をする教授の記事を目にした。わらにもすがる思いでアドバイスがほしいと、相談の手紙を教授に送っていたのだ。それから半年後にかかってきた電話だった。

「先生は半年の間に、高齢者の安否確認モデルのテストに向けた準備を進めていたといいます。それに協力してほしいと相談を受けたのです」

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