J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2016年04月号

巻頭インタビュー 私の人材教育論 変化に対応できる組織は “柔らかな気持ち”を持つ

鈴与は、静岡県を基盤とした140余りの会社が集まる一大グループ企業である。
近年では、航空事業「フジドリームエアラインズ」の経営にも乗り出し、注目を集めている。
柔軟に変化に対応し、“古くて新しい”同社を率いてきた会長に、その秘訣を聞いた。



鈴木与平(Yohei Suzuki)氏
鈴与 代表取締役会長

生年月日 1941年8月8日
出身校 慶應義塾大学経済学部 東京大学経済学部
主な経歴
1967年4月 鈴与入社、日本郵船に出向
1970年12月 鈴与 取締役
1971年7月 日本郵船より解出向
1974年10月 鈴与 常務取締役
1976年11月 同社 取締役副社長
1977年11月 取締役社長
2014年11月 取締役会長兼社長
2015年11月 取締役会長 現在に至る
1976年11月 鈴与自動車運送 取締役
現在に至る
1990年9月 鈴与商事 取締役会長
2000年7月 同社 取締役社長
2002年11月 取締役会長 現在に至る
1992年11月 鈴与建設 取締役 現在に至る
2008年6月 フジドリームエアラインズ 取締役社長
2014年4月 同社 取締役会長就任
現在に至る

企業プロフィール
鈴与グループ
1801年、清水港で廻船問屋として創業。物流はもとより、商流、建設・ビルメンテナンス・警備、食品、情報、航空、地域開発・その他サービス事業など幅広い事業分野で140 社を展開。2008年、航空会社フジドリームエアラインズを設立。
資本金:10 億円、売上高:1096億7700万円(2015年8月期)、
従業員数:1074名(2015年11月現在)※データは全て鈴与株式会社


インタビュー・文/宮本敦夫
写真/上野英和

200年という長寿の秘密

―「鈴与」といえば静岡県、東海地方を基盤とした、創業200年を超える老舗企業です。長寿の秘密はどのような点にあると思いますか。

鈴木

そうですね、会社の価値というのは歴史が古いところにあるわけではなく、時代時代で大変な変革の時を乗り越えてきたところにあるのではないでしょうか。

当社は1801年に清水港で廻船問屋(海運業)として創業しましたが、例えば明治維新の時は、問屋の特権だった免許制度が廃止されたため、事業の転換、多角化を余儀なくされました。その後も大恐慌や米騒動などに遭遇し、昭和になれば太平洋戦争と、さまざまな危機に直面してきました。戦後は戦後で石炭から石油への急激な燃料転換が起こり、さらにはガスの需要も拡大するなど、時代によって扱う商品が変わっていったのですが、都度変化に一生懸命対応してきました。

その結果、現在は、物流、商流、建設、食品といった事業を中心とする140余りの会社が集まるグループになりました。

最近でもよく社員に言っています。「変わることを恐がるな。思い切って新しいものに取り組んでみよ」と。そのチャレンジ精神が今の当社グループをつくったのだと思います。

苦労の軌跡

―ご自身は昭和52(1977)年、36歳で社長のポストに就かれたとのこと。その経緯は。

鈴木

昭和50年に父が65歳で社長を退き、会長になりました。そして父のすぐ下の弟が社長になったのですが、残念にも程なくして亡くなり、私は日本郵船から戻った直後でしたが、36歳で突然社長を継ぐことになったのです。子どもの頃から、「大きくなったら後継ぎになるんだぞ』と父親に言われていたので驚きはしませんでしたが、緊張感があったことは確かです。

―1977年頃と言えば、第1次・第2次オイルショックの間の頃。大変なご苦労をされたのではないですか。

鈴木

日本中が大不況となっていて、当社もてんやわんやの大騒ぎでした。それまで赤字を経験したことのなかった会社が、初めて経験する経営危機だったものですから、それは一大騒動です。人や組織を変更・交通整理したりなど、手を打つ必要がありました。

当然、人員の把握やマネジメントも必要になりますから、人事部長に「うちには今、社員が何名いるのか」と聞いたところ、いろいろな数字が出てきました。当時既に多角経営でしたが、例えばガソリンスタンドなどでは定数がはっきりせず、雇用形態もバラバラでした。正社員、期間雇用、アルバイトなどいろいろな形態が混在して、組織も複雑化しており、正確な数を把握できていなかったのです。

それまで人員整理とは全く縁のない会社だったのですが、この時ばかりはある程度余儀なくされ、労働組合と交渉し、妥結するまで大変でした。

経営が安定したという感覚を得るまで、15年から20年ほどはかかったでしょうか。

しかしその時に、今、他社が行っておられる雇用形態の整備や勤務形態に関連する制度の整備をあらかた行ったので、その後大きな混乱はなく済みました。

―改革の過程でアドバイスをくださった方は。

鈴木

父からは特にアドバイスはありませんでしたが、その分、現場をよく知る若手幹部たちと、夜遅くまで話し合っていました。皆、とても熱心に動き、助けてくれました。

また、父や叔父を支えてくれた人たちが、我々のやろうとした改革を柔軟に受け入れ、協力してくれたことも大変ありがたかったです。

気持ちの柔らかさ

―そうした歴史を経て今があるわけですが、各事業の今後の経営の方向性と、人材育成についてはいかがお考えでしょうか。

鈴木

当社には物流、商流、建設・ビルメンテナンス・警備、食品、情報、航空(後述)、地域開発・その他サービスなど、さまざまな事業があります。

当社の強みは、地域密着型で仕事をしていますから、人材も、特殊な業種を除けば比較的集まって来やすく、皆、とても結束して仕事をしてくれるところです。そのため、地域における競争には勝ちやすく、いろいろな事業でそれなりのシェアを獲得しているといえます。

本当に各所で皆、頑張ってくれている。ただ、欲を言うならば、社員にはもっともっと変化に対応できる人間でいてもらいたいですし、そのためにも、“気持ちの柔らかさ”を持っていてほしいですね。

―気持ちが柔らかであれば、いろいろなものが吸収できる、ということですね。

鈴木

我々の仕事には、それぞれの専門性も必要ですが、既に述べた「変化への対応」が重要になります。物流屋だと思って入ったら、サッカー事業に配属されたりすることもあるわけですから、常に新しいチャレンジや勉強をし、環境に適応しながら成長していくことが求められます。

そうした際、“気持ちが柔らか”でさえあれば、前向きにいろいろなことを吸収したり、取り組んだりしていくことができるはずです。

―新しいものに挑戦したり、環境を変えることを怖がる方も多いですが、敢えて変わるべきなのですね。

鈴木

そう言っている私自身も、変化が怖いと思うことは当然あります。この歳になると保守的になるんでしょうか、お知り合いのいない会合に参加することなどは気が重いものです(笑)。ですが、できるだけ、自分に鞭打ってでもそうした場にうかがうようにしています。行けば、素敵な方に出会えたり、新しい考え方に触れたりすることができますから。

―変化に対応するには学びが重要です。会社として用意している主だった育成施策には、どんなものがあるのでしょうか。

鈴木

人材の育成プランには、各事業における専門性を高める教育と、全社員が共通して身につけるべき基礎力を高める教育を組み合わせていくことが必要だと考えています。

当社では、各職場でのOJTに加えて、事業ごとに求められる専門知識の研修を実施しています。「集合研修」には、いわゆる「階層別研修」だけでなく、グローバル人材育成の一環として、新入社員総合職を対象にタイ、中国、ベトナム等の当社拠点にて海外研修を実施したりもしています。

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