J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年11月号

変化とともにあるための易経 第5回 知力溢れる逞しい組織をめざす 「易」の人づくり

常盤 文克(ときわ ふみかつ)
元・花王社長、会長
1933年生まれ。1957年東京理科大学理学部卒業、花王入社。米国スタンフォード大学留学後、大阪大学にて理学博士取得。研究所長、取締役を経て、1990年に代表取締役社長、1997年に会長に就任、2000年退職。現在は社外取締役などで幅広く活躍。著書に『知と経営』(ダイヤモンド社)『モノづくりのこころ』(日経BP社)『コトづくりの力』(同)『ヒトづくりのおもみ』(同)など多数。

易経の言葉から学ぶ時代を超えた人づくりの本質

今回はまず、易経を人材教育(人づくり、人育て)に活かすための考え方を紹介する。人づくりというテーマで思いを巡らすと、易経の繋辞伝にある「君子は器を身に蔵し時を待ちて動く」という言葉が浮かぶ。「器」は優れた才能を意味している。「時」は本連載の第3回で触れた「時中」のこと。大事を成し遂げるためには、最適な時である時中を見定めることが重要だといっているのだ。君子は常に己の才能に十分に磨きをかけている、だからこそ、いざという時に動けるというわけである。その意味を掘り下げると、「優れた才能のある人でも、大事を為すには最適なタイミングを待たなければならない。そして、その時を待つ間、自分自身の才能に磨きをかけることが重要だ」と読むことができる。

地に潜り「時中」を待つ龍と成長途上の社員を重ねる

易経にたびたび現れる「君子」は、優れた徳と才能を持つ理想の人物像である。その君子が、いかに成長期を過ごし、成熟して大事を成し遂げるのか――成長モデルとでもいうべき文言が、第一卦「乾為天」(図1の赤丸をつけた卦)の爻辞にある。その前に、まず「卦辞」について説明する。易経には64の「卦」があり、それぞれの卦には、吉凶を表すことば「卦辞」が付されている。占いの結果を読む時は、まずこれで全体を判断する。この「卦」は、「---」または「--」の「爻」と呼ばれるものが6つ重なってできている。そして、1つひとつの爻にも、占いのことばが付されている。それを「爻辞」という。6つの爻の爻辞は互いに関連性があり、万物の変化を題材に1つのストーリーになっている。占筮(筮竹で卦を立てる)の際は、定められた卦を説明する卦辞に加え、それぞれの爻辞を読み解いて行動の指針とするのである。そこで、「乾為天」の爻辞である。ここには、地中に姿を隠していた龍が成長し、飛躍を遂げる姿が描かれている。飛躍を遂げて天空を駆ける龍は、優れた才能を持つ君子の喩えである。つまり、君子が世に出る前から、世に出て絶頂期を迎えるまでのステップを龍の成長になぞらえているのである。六爻のうち、初爻(最下の爻、易では物事の変化は下から上の爻へと進んでいく)に書かれているのは地に潜む龍(潜龍)の姿だ。未熟な龍は飛躍を遂げるにはまだ若く、地中でじっと過ごしている。これが教えるのは、成長途上にあっては、ひたすら力を蓄えよ、ということである。二爻では龍が地上に現れる。だが、まだ飛躍の時は訪れていない。ここでは「大人」(優れた人物)の指導を仰げと教えている。三爻では地上に出た龍が、調子に乗って動き回り、危ういとしている。そこで必要なのは、日々の反省である。反省さえすれば、危ういが失敗はないとしている。四爻の龍は、いよいよ飛躍の時を迎えようとしている。ただし、まだ行動は定まらず、躍り上がったかと思えば、力を蓄えに戻るなど慎重さが必要である。五爻の龍は、天に飛び立つ(昇龍)。龍は遂に絶頂期を迎えた。だが、それでもなお、優れた人の指導を仰ぐがよいと教えている。最後、上爻(最上の爻)の龍は昇り切った状態にある(亢龍)。しかし、永続は望めない。「盈つるは欠くるの兆し」の言葉通り、いずれ衰退が訪れることになる。これを人の成長に当てはめて考えてみればよい。企業で教育を受ける成長途上の社員は「潜龍」と同じ。地に潜んでいるこの間に、やがて天に達する龍となるための徳と能力を身につけねばならない。この姿は、「君子は器を身に蔵し……」の言葉通りでもある。いま企業に必要なのは、自分自身の頭で考え、悩みながらも創意工夫して、新たな価値を生み出せる、いわば豊かな知を持つ社員である。そのような社員となるには、成長期に努力を厭わず、知識と技能、そして経験を積み重ねることが大切だと易経は教えている。

強い集団に寄与するのは豊かな知を備えた強い個

企業の競争力の源泉は人である。混沌の中を生き抜こうという企業は、効率やコスト、スピードに偏重したマネジメントを見直さなければならない。なぜなら、そこには知の創造とか将来への夢や思いとかいった本来人間が持つ大事な要素が欠けているからである。必要なのは、集団の力によって新たな知の獲得に挑む姿勢である。強い集団をつくろうという時、そのヒントになるのは、統体の発想(本連載第1回参照)だろう。個と個が互いに協働と反発を繰り返しながら全体の知を豊かにしていくという考え方である。全体の知と個の知は相互に高め合う関係にある。つまり豊かな知を備えた強い集団をつくり上げるには、まず社員1人ひとりが豊かな知を備え、強い個でなくてはならないのである。知や技能、経験などを含めた個々の社員の力は、個性と言い換えてもいい。個性というと性格や性質をさすことが多いが、ここでいう個性は、それとは異なる。一生懸命に勉強をし、学問を修め、あるいは技能を身につけ、仕事に熱中する中で、自ずとその人から滲み出てくる個人の資質のようなものである。その人と一緒に仕事をしていると楽しい、安心感がある、熱気を感じる、側にいて話しているだけで、いかにもその人らしいものを感じさせる、というのが個性である。1人ひとりの知は、個性を形成する土台である。今の時代に求められるのは、そうした知に裏打ちされた個性なのである。言葉をかえれば、個性とはその人の知的そして人間的な魅力といってもいいだろう。では、どうすれば1人ひとりが知を豊かにし、個性的になれるのだろうか。

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