J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2010年11月号

論壇 複雑性が増す今こそ「複合思考力」を磨け 管理職の「考える力」を再構築せよ

企業が直面する課題の複雑性が増している。その複雑性に対処するには、事象や課題を個別に捉えるのではなく、それらの間の関係性(つながり)を解き明かすことがカギになる。
こうした時代には、従来の論理思考(分析的思考)スキル重視の思考教育だけでは対応し切れない――
広げる・分ける・つなげるという3つの思考法をバランスよく統合させて開発・活用すること、「思考(スキル)」と「マインド」を一体的に養うことがポイントだ。

渡邉洸太郎(わたなべ・こうたろう)氏
ランウィズ・パートナーズ 代表取締役/グロービス・パートナーファカルティ
東芝、大手シンクタンクを経て、グロービスに参画。企業内研修部門の管理職として、人材開発プログラムの設計・提案、講師活動(主に論理思考、経営戦略、マーケティング、リーダーシップ、自社課題解決ワークショップ)等に携わる。現在は、ランウィズ・パートナーズの代表として、企業の戦略立案・問題解決の伴走ファシリテーションおよび組織開発のコンサルティング、「複合思考術」等を活かしたワークショップの実施などに従事。共訳書に『MITスローン・スクール戦略論』(東洋経済新報社)。問い合わせ先は、runwithpartners@jcom.home.ne.jp

企業・組織体が解決しなければならない経営課題は一層複雑さを増している。昨今の複雑性の特徴は、考えなくてはならない「要素の数」に加え、「要素間のつながり(時間的因果や相互作用)」も増えているということである。

後者を「つながりの複雑性」と言う。これは時間軸・空間軸で原因と結果が離れて起こり、その因果の解明が困難だったり、社会のオープン化・シームレス化の流れの中でより多様な人々や組織が相互に絡み合うといったことから生じるものである。

しかしながら、昨今の管理職が解決しなければならない課題は、概して断片的・散発的に発生し、「つながりの複雑性」を意識し、ひもとくことが難しくなっている。よかれと思って実行された過去の打ち手の副作用や、空間的に離れた他部門の施策のしわ寄せなど、対処すべきさまざまな課題や事象がそれぞれ切り離された状態で次から次へ唐突に降ってくるという感じである。そうした課題や事象間の「つながり」に目を向け、真因を考え、解決する時間も術もなく、日々の対応に追われ、多忙を極めているのだ。

管理職層に多く見られる3つの「思考の症候群」

さて、このようなビジネス環境の中、企業の管理職を中心に見受けられる、「思考」の盲点・課題を探ってみたい。筆者は管理職を中心に戦略思考や問題解決思考などの研修やワークショップを数多く行っているが、その中で最近感じることを踏まえ述べてみようと思う。

昨今、「論理思考(分析的思考)」は企業の共通言語としてだいぶ浸透している。意見や主張を述べる際、まず結論から言う、そしてそれを支えるいくつかの理由を述べるという「論理構造」を意識した発言や、複雑な状況や問題を「漏れなく、ダブりなく」要素に分解して考えるなどの思考パターンは増えてきている。

しかしその一方で、特に管理職の思考は大きく次の3つからなる症候群に陥っていることも同時に感じるのだ。それは「暗黙の了解過信症」、「過度抽象化症」、「分解過剰・全体観失調症」である。以下、これらが具体的にどのようなものか、なぜ問題なのかを説明していきたい。

1.暗黙の了解過信症

研修などで管理職層と場をともにすると、以前に比べ、確かにビジネス事象や文章について、表面上の論理展開が正しい、正しくないということについては指摘されるようになった。しかし、既に現在では成立があやしい、裏に隠れた「論理展開の前提」にまで目をやり、あえて疑ってみる、崩してみるというメンタリティが弱いように感じる。たとえば、「足繁く通うほど顧客獲得率が高まる」「カスタマイズ・ビジネスほど儲かる」などの多くの「前提」についてだ。これは、これまで通用してきた暗黙の了解(過去の成功体験から来る経験則や一般論)に長いこと浸ってきたがゆえに陥りやすい症状と言える。

なぜ前提を疑えないことが問題かというと、昨今では、こうした前提の裏側に潜むメンタルモデル(人々の意識・無意識の仮定や価値観、世界観)をあぶり出せるかどうかが、真の問題解決につながる可能性が高いからだ。つまり、「自分たちはなぜこうした前提を持つに至ってしまったのか」、「組織の中のどのような常識や目標、世界観がそうさせているのか」というところまでえぐり出さないと、昨今の複雑性に富む経営環境からして本質的で持続的な解決につながらないことが多くなってきている。苦しい葛藤が伴う作業と言えるが、こうした思考習慣を鍛えるにはこれまでの表面的な論理構築や検証に重きを置く、論理思考スキル教育では限界がある。マインド面(メンタルモデル)にぐっと入り込むことがカギとなる。

2.過度抽象化症

この症状も、とても多く見られる。1.と同様、組織に長く染まるがゆえの症状とも言える。限られた情報や出来事から「要は何が言えるか?」「だから何なのか?」というメッセージを抽出する仮説の重要性はだいぶ認識されるようになった。しかし、そのメッセージは過度に抽象化され、耳に心地よく組織に受けがよい「美辞・淡白なビッグワード(抽象語)」に安易に変換され、示唆のある仮説と言えるレベルに解釈されていないことが多い。「論理展開の中抜き」が起こり、たとえば「~つまり、組織の活性化が必要だ」という類の一見もっともらしい「似非ロジカルメッセージ」にまとめられるというものだ。これでは具体的な課題やアクションのイメージが伝わらない。

突き詰めると、この過度抽象化症の主要因は、「もし自分ならば、限られた情報をこの状況でどう解釈し、今どういう行動や意思決定を起こすのか」という、我が事としての実行切迫感の弱さが根底にあるように思う。言葉に、「行動」を前提とした魂(言霊)が宿っていないのだ。つまり、「思考(考え方)」以前の「マインド(心構え)」の問題と言える。

3.分解過剰・全体観失調症

3つめのこの症状が特に問題である。MECE(漏れなしダブりなし)やロジックツリーなど、複雑で曖昧なものを切り分け、要素還元して考えるアプローチは言うまでもなく大切な思考法である。

しかし一方で、過度に細分化(分解・要素還元)することで、物事の全体観やメカニズムを見失ってしまっているケースも多く見受けられる。つまり、一連のプロセスやストーリーとして「続きもの(としての構造)」で捉えたほうがよい類の課題であるにも関わらず、過剰に切り分け、全体像をかえって見にくくしてしまっている傾向があるということだ。

冒頭、昨今の経営環境変化の中での管理職の業務が「断片的で同時多発的」になっているということを述べた。このような状況で重要なことは、まず、断片的に起こっている複数の仕事や事象といった「パーツ」をそのまま断片的に捉えるのではなく、視野を広げ複数のパーツを「全体観のあるフレーム」の中に位置付けて捉えることだ。さらに、パーツ間に「ストーリー(時間的因果・相互作用・論理の流れ)」を見出しテコとなるポイントや複数の発生業務の同根となる問題なりを探しながら仕事を進めることだ。

ところが、一般的にロジックツリーなどを使って「全体」を「分ける」ことは、自分が理解しやすい単位にブレイクダウンすることなのでやりやすいが、反対に、「見えていないもの」も含めて「考えるスコープ」を広げることや、分かれているものを「つなげる」、「統合する」ことは、「正体のわからない全体」を模索する苦しい思考になる。一般的により難易度が高く、その動機、意欲も高まりにくいと言える。つまり、ここにも思考以前のマインド面の強さが求められるのだ。

3つの「症候群」から抜け出し、めざすものは

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