J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2015年04月号

連載 中原 淳の学びは現場にあり 第30回 「背中を見て育て」から「動画を見て育て」へ!? モデリングで学ぶ若き左官職人たち

鏝(こて)1本で建物の壁を美しく塗って仕上げる左官職人。
柔らかい壁の材料をきれいに塗りつけていく技術もさることながら、素材も仕上げ方も多様で、水加減など感覚的な部分も多いこの職人技を、若い職人たちはどのようにして学んでいるのでしょうか。
多くの若い職人たちを育てる原田左官工業所を訪ねました。

中原 淳(Jun Nakahara, Ph.D.)氏
東京大学 大学総合教育研究センター准教授。著書に『職場学習論』『経営学習論』
『活躍する組織人の探究』『研修開発入門』『駆け出しマネジャーの成長論』など多数。
Blog: http://www.nakahara-lab.net/blog/ Twitter ID: nakaharajun
[取材・文] = 井上佐保子 [写真] = 和田佳久

左官とは、鏝(こて)という道具を使って建物の壁などを塗り、仕上げる仕事です。伝統的な日本家屋を建てる時には、骨組みは大工、壁は左官と、家づくりには欠かせない職業でした。

ところが、建築業が近代化する中で、納期短縮のため、壁のパネル化、ユニット化が進み、左官の仕事は激減。戦後の最盛期は30万人いたと言われる左官職人も現在は5万人程度、60 代が中心だといいます。

そんな中、約60人の職人を抱える原田左官工業所では、左官職人の育成に取り組んでおり、多くの20 代、30 代の職人、さらには左官の世界では珍しい女性職人たちが育っています。

一人前になるまで、最低10 年はかかるという厳しい左官職人の道。以前は、途中で辞めてしまう人も多かったそうですが、原田左官では、ある方法を導入したことで、定着率が劇的に上がったそうです。その方法とはどのようなものなのでしょうか。原田左官(以下、原田左官)の原田宗亮(むねあき)代表取締役社長にお話を伺いました。

「鏝を持たせない」育成法!?

東京、西日暮里にある原田左官は、1949 年創業。各種左官仕事だけでなく、防水、ブロック積み(組積)、タイル張りなど左官周りの仕事も一式で請け負う左官工事専門の会社です。

原田さんによると、一般的な左官職人の育成は、「かっこよく言えばOJT、要するに現場で実践で技術を学んでいく、という形です」。とはいえ、入ったばかりの新人には、「塗らせない」「鏝を持たせない」が基本ルール。まずは材料を混ぜる、現場が汚れないよう養生をするなど、先輩について工事の下準備を覚えるところから修業が始まります。下準備を一通り覚えたところで、初めて鏝を持ち、後は見よう見まねで、下塗りなどを少しずつやらせてもらいながら仕事を覚えていきます。「塗る作業自体は、半年もすればできるようになりますが、どんな材料を使っても、乾いた後、ひび割れたり、浮いたり、剥がれたりしないできれいに塗れるようになるには、やはり数年はかかります」

一言で左官といっても、壁、天井、床など、塗る場所もさまざまで、モルタル、珪藻土(けいそうど)、漆喰など材料にも多くの種類があります。仕上げ方も横筋を入れたものや石を埋め込むもの、ぴかぴかに磨き上げるものなどいろいろ。こうした多様な技術を身につけるにはやはり「最低10 年」はかかるといいます。

原田左官も以前は、先輩について手伝いをしながら学んでいくOJT方式で、若手の育成を行っていました。しかし、「職人は自分で仕事を覚えるもの」と放置されていたため、すぐに覚える人もいる一方、何年経っても覚えられない人もいて、成長度合いにばらつきがありました。また、辞める人も多く、5人採用しても残るのは1人か2人程度だったそうです。

また、原田さんは最近の若手の変化も感じていました。「昔は、『高校時代は少しやんちゃをしていたけど、卒業後は左官の仕事で頑張っていきたい』というようなタイプが多かったのですが、今は大学卒、中には大学院卒の人もいます。また、『教えてほしい』という姿勢の人が増えている傾向もあり、いずれにしても、ただ『背中を見て育て』ではなく、きちんと体系立てて教えていく必要があると考えました」

左官名人をモデリング

原田さんは、見習い期間を4 年間として、その間にステップアップできるような職人育成の仕組みをつくりました。メインとなるのは、従来通り、OJTによる育成ですが、レベル別に社内講習会を開いたり、外部の研修会、講習会に参加するなどして、一通りの技術が身につけられるようなカリキュラムを整えたのです。中でも、一番効果があったのは、4 年前から始めたという「モデリング手法を取り入れた塗り壁トレーニング」です。

そのやり方は、入社したばかりの新人に左官名人のビデオを見せ、その通りに壁を塗る練習をさせる、というもの。お手本となるビデオには、日本建築学会文化賞受賞者で“カリスマ左官”として有名な久住(くすみ)章さんが登場します。そこには、久住さんが手際よく、軽快に鏝でベニヤの壁を塗っていく様子が映されています。何気なく塗っているようにも見えますが、その動きには何とも言えない勢い、リズムがあり、無駄な動作はひとつもありません。

「ポイントは手先ではなく、身体の使い方にあります。身体の重心が鏝の中心に合わせて動いています。腕だけで塗るのではなく、身体全体で塗っているのです。そのお陰で、無駄な動きもなく、力が抜けてすっと楽に塗ることができています。このあたりは、感覚的なもの。何度もビデオを見ては、まねしてやってみて、を繰り返し、身につけてもらいます」

新人たちはこのビデオを見ながら真似をして壁塗り訓練をするのですが、その際は、1時間に20回、ベニヤ板を塗って剥がすことを目標としています。1回3分ではなく、1時間に20回というのがポイントで、1時間に20回、この作業を行うためには、手先や筋力でなく身体を使って楽に塗るやり方を身につけなければ、後半には疲れてきてしまうのだそうです。「時間制限を設けて訓練を重ねることで、無駄な動きを削ぎ落とし、無理をせずに塗る“型”が自然に身につきます」。この壁塗り訓練の際は、教育担当の先輩がついて、細かなアドバイスをしてくれます。

以前は、ベテラン職人さんから直接教えてもらっていたのですが、あまりにも暗黙知が多く、身につくまでに時間もかかっていました。また職人によってやり方が違うこともあり、他の職人から「そのやり方は違う」と言われたりして、新人が迷ってしまう場面もありました。

ところが、このモデリング手法を取り入れてからは、最初に基本の型がしっかりと身につくので、その後のOJTにもスムーズにつながるようになったそうです。「左官の第一人者、久住さんのビデオを使ったというのもポイントです。塗り方は関東、関西でも違いますし、職人によっても違います。結局は同じ山をどちらから登るか、というだけでゴールは同じなのですが、やはりベテラン職人さんは、自分のやり方にはこだわりがある。でも、名人の久住さんのやり方ということならば、文句が出にくい(笑)というわけなのです」

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:2,387文字

/

全文:4,773文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!