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月刊 人材教育 2015年04月号

人材教育 The Movie ~映画でわかる世界と人~ 第30回 「KANO 1931海の向こうの甲子園」川西玲子氏 時事・映画評論家

「KANO 1931海の向こうの甲子園」
2014年 台湾 プロデューサー・脚本:魏徳聖(ウェイ・ダーション)、監督:馬志翔(マー・ジーシアン)

川西 玲子(かわにし・れいこ)氏
1954年生まれ、メディア・エンタメ時評。中央大学大学院法学研究科修士課程修了(政治学修士)。シンクタンク勤務後、企業や自治体などで研修講師を務めつつ、コメンテーターとして活動。著書に『映画が語る昭和史』(武田ランダムハウスジャパン)、『戦前外地の高校野球 台湾・朝鮮・満洲に花開いた球児たちの夢』(彩流社)等。


『KANO 1931海の向こうの甲子園』
2014年2月20日現在 公開中
配給:Showgate
日本統治下時代に台湾代表として夏の甲子園大会に出場し、準優勝を成し遂げた嘉義農林学校野球部の実話を基にした台湾映画。制作は台湾だが、永瀬正敏(近藤兵太郎役)、坂井真紀(近藤の妻役)、大沢たかお(八田與一役)など、日本の豪華俳優陣も出演。

日本には春と夏、2回の高校野球大会があって人気を博している。野球愛好国の中でも、こういう国は他にない。夏の大会は今年で97回目を迎える。1世紀近い歴史があるのだ。しかも昭和20(1945)年の敗戦以前には、台湾や朝鮮、満洲からも代表が出場していた。だがこの史実は今、歴史の彼方に消えつつある。そんな時にこの映画が誕生した。

『KANO』は昭和6(1931)年、満州事変の年に台湾代表として夏の甲子園大会に出場し、準優勝を成し遂げた嘉義農林学校野球部の活躍を描いた物語だ。KANOとは、ユニフォームに書かれた嘉義農林の校名である。

実は、私の父親は満洲代表として2回、甲子園の土を踏んでいる。我が家では当然のように語られてきたこの話を、友人知人に話すと毎回驚かれる。それほどまでに知られていないのが、私には残念でならなかった。だから、この映画の制作が発表された時は驚きと喜びで一杯だった。さらに関連書籍を出すこともできたから、二重の喜びである。

○究極のダイバーシティチーム

嘉義農林は、台湾における林業の担い手を育成するために創立された学校だ。台湾でも明治の末から、移住した日本人によって野球が行われていた。嘉義市のある南部も日本人が開発して栄え、野球も盛んになっていく。だが大正12(1923)年から始まった台湾地区予選では、先進的な北部の学校になかなか勝てなかった。

そんな時、松山商業の名選手だった近藤兵太郎が、職を得て台湾にやってきて、嘉義農林野球部の監督になったのである。

このチームは台湾人(漢族)・原住民族・日本人の3民族混成という、異色の構成になっていた。特に原住民族については、まともに野球ができるのかという偏見もあった。

そういう先入観について、近藤監督は「野球に民族は関係ない」と反論。それぞれの特色を活かして団結すれば、最強のチームがつくれると断言する。台湾では大正デモクラシーの影響で、大正11年から教育政策が変わり、今まで別々に教育を受けていた日本人と台湾人が一緒に勉強する日台共学が進められていた。だが両者の壁はなかなか崩れなかった。

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