J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年01月号

論壇 人材育成の“NIPPONモデル”を考える

厳しい状況に置かれる日本企業。GDPや国際競争力の落ち込みなどを目にし、希望を失うビジネスパーソンも多い。だが、歴史を鑑みれば、日本は何度も困難な状況を乗り越えてきたことがわかる。その原動力は日本人の文化や性質にある。本稿では日本人の特質を踏まえたうえで、現代に適した人材育成法を提言する。

谷口 龍彦(たにぐち・たつひこ)氏
リ・カレント取締役
1954年、福岡県生まれ。東京理科大学理工学部経営工学科卒業。カリフォルニア州立大学フルートン校心理学部大学課程卒業の後、サンフランシスコ州立大学心理学部大学院にてリサーチメソッドを履修。帰国後、国内大手コンサルティング会社入社。組織開発、人材育成を中心に300社以上のコンサルティング、研修を実施。事業部長を経て、2008年退社。現在はリ・カレント取締役として、企業の研修を行う。

数字で見る現在の日本の状況

現在の日本は元気を失っているといわれる。ここ何年も不景気が続き、給与は減り続け、2009年の民間企業におけるサラリーマンの平均年収は406万円まで下がり、前年で率にして5.5%減、金額にして24万円減とこれまで最大の下げ幅となった。

日本の人口は2008年から減少に転じ、労働人口は減少し続け、高齢化は進む一方である。国の借金は膨大で、将来の年金に関して全く楽観できそうにない。

この日本全体の不振、低迷の始まりは、ご存知の通り1990年前後、いわゆるバブル経済の崩壊前後にあったといえる。1990年には世界全体の14.3%を占めていた日本のGDPも、2008年には8.9%にまで落ち込んだ。2000年には世界第3位であった1人当たりGDPも2008年には23位まで後退。1990年では世界第1位といわれた日本の国際競争力(IMD国際競争力)は、2010年では世界27位と、隣の韓国の23位ばかりでなく、タイの26位よりも下にランク付けされているのである。

そして1968年以来42年間続けてきたGDP世界第2位の座を2010年にも中国に明け渡すことが予想され、世界における日本の経済競争力の低下が一層顕著になってきた。

その中でビジネスマンも経営者も、国民全体が、この閉塞的な環境に自信を失っているように見受けられる。

日本経済低迷の一因として、世界経済のグローバル化が挙げられるだろう。グローバル化によって国家間、地域間の政治的、地理的、経済的な障壁、技術、情報、物流などの障害が無くなっていくと、世界中のものの値段と人件費が同一の値段に収斂していく。ものの価格に差があれば、当然、安いところで買って、高いところで売ろうとする。それによって価格差が無くなっていく。もちろん、人件費も同様で、同じものがつくれる安い人件費のところがあれば、そこに工場をつくって生産をしようとする。このような経済のグローバル化のプロセスの一環として、国内のものの値段が下がり、人件費が下がり続けている。

人件費が下がるのを食い止め、高い競争力を維持するには、よそに比べ高い付加価値の商品、サービスを提供するために技術力、情報力などの差を付け続けることが必要になる。

バブル経済崩壊後の人事制度の変遷

この間の企業の取り組みを人事制度の面から見てみると、1990年までは、「実力主義」「能力主義」「職能資格制度」「人事考課(総合評価)」の導入が企業の潮流であった。狙いは、1980年代に顕在化してきたポスト不足の問題に対処すること。この時期、組織の人員構成のピラミッド型が壊れ、年齢、勤続年数が上の社員がポスト数を大きく上回り始めた。

そこで年功的な処遇を進めるために資格とポストを分離することが、企業の人事上の最重要テーマとなっていた。実力主義、能力主義とは謳いながら、その実、終身雇用、年功序列のいわゆる日本型経営を維持するための制度であった。

ところがバブル経済崩壊以降、1990年から様相は一変する。「成果主義」「業績主義」の題目の下、「役割給」「職務給」「年俸制」「業績連動型賞与」が導入され始める。狙いは増大する人件費を抑制する一方で、社員のモチベーションを高め、業績を高めることにあった。加えて、業績回復の必要に迫られた企業の、人員、給与カットの施策の一環として導入されたのである。

人事制度の取り組みから見てもわかるように、この1990年前後のバブル経済の崩壊は、企業がそれまでの日本型経営への固執を捨て、グローバルスタンダードに基づく経営スタイルへと大きく舵取りをした時期だといえる。日本企業は国際競争力を取り戻し、世界に通用する企業への体質強化を図るために、グローバルスタンダードに基づく経営スタイルに取り組んできたのである。そして、その結果、日本経済はかつての勢いを取り戻せたかというと、勢いを取り戻すどころか、回復の気配すら感じられない状況にある。

この原因が、日本型経営を放棄し、グローバルスタンダードを基にした経営を行ったせいだというつもりはない。逆に、このグローバル化への対応がなければ、日本の経済状況は一層悪かったのかもしれない。そうだとすると、もうこの国には明るい将来はないのだろうか。

歴史に見る日本の回復力

現在の日本が置かれている状況は芳しいものではない。しかし、歴史を振り返ると、この国は今回以上の困難な状況に幾度となく直面してきたことがわかる。そしてそのつど、その困難な状況を克服し、常に国家としての高度な秩序、社会システムを回復し、世界的に見ても高い文化レベルを維持し続けてきたといえる。

楽観的、傍観者的に見ると、今回も日本人は自ら持っている力で、これまで同様に回復することが充分に予想される。ただ回復を進めていく当事者としての立場からすれば、この国が幾度となく直面してきた困難を乗り越えられた理由を知り、それを一層推し進めるように取り組まなければならない。

江戸時代末期、世界は西洋列強国による世界貿易と、アジア、アフリカの領土分割の時代になっていた。それまでの地域ごとの領土の奪い合いから、世界規模での領土分割へと時代は移っていた。西洋列強国の進出はアフリカ、インドから東南アジアへと及び、残された東アジアに向けられた。

それに対し日本は明治維新、そして近代化への道を突き進むことで、西洋列強国からの支配を逃れることになる。そればかりか、その38年後の1905年、日本は当時世界最強といわれた国の1つ、ロシアを日露戦争で打ち負かすのである。このニュースは世界中を驚きとともに強烈なインパクトを持って駆け巡った。白人統治の世界に甘んじなければならなかったアジア、アフリカ諸国の人々に、民族の誇りと自尊心と独立心を奮い立たせる機会になったのだ。

1945年、太平洋戦争の敗戦を迎えた日本は、産業のインフラは失われ、国土は荒廃し、食べ物にも事欠く状況だった。しかしながら、それから22年後の1967年、イギリスとフランスのGNPを追い抜き、23年後の1968年には西ドイツを抜いて、当時の自由主義世界の中で米国に次ぐ世界第2位のGNPを誇る経済大国へと発展する。

このように資源もない国が、幾度となく困難に直面してもそこから回復し、世界の中で確固たる位置を築けた理由はどこにあったのだろうか。

日本人の底力を支える4つの特質とは

以下にその理由を4つ挙げる。

①勤勉で教育、人材育成に熱心

江戸時代の末期、日本の人口が3000万人前後といわれる中で、少なく見積もっても全国に1万5000カ所ほどの寺子屋があったと考えられている。これは現在、1億2000万人の人口に対して、2万4000校ほどある小学校より、人口当たりの数ははるかに多く、現在の2.5倍の数があった計算になる。当時の江戸の就学率は70%以上で、一説には85~86%に達していたともいわれており、その時代のロンドンやパリ、モスクワの就学率が高くても20%~25%、低いところでは数%にも満たなかったことと比べると驚くべき数字である。

加えて、幕末当時の成人男性の識字率は全国的に70%を越えていたらしく、主要都市部でさえ20%に満たない西洋列強国との違いは明らかであった。日本人のこの勤勉で教育熱心なところが、資源もないこの国の発展を支え、数々の困難を乗り越えてきた力であるといえるだろう。

②全員参加型で物事を進める

武士だけではなく、職人、商人、農民までもが読み書きそろばんに取り組んだ社会的背景にも、日本人の特質がうかがえる。当時、日本よりはるかに近代化が進んだ欧米諸国より、日本の就学率が高かったのは、その当時の日本に、社会的に広く一般庶民が能力を発揮する場があり、高い能力を持つ人材は引き立てられるという背景があったからである。

それに対し、西洋では限られた上位層の人間が社会をコントロールしており、その人間だけが知識、情報、技術を必要とした。多くの庶民にとっては、勉学は無用の長物だった。

この広く一般の庶民までもが参画できる社会システムは、全員参加型の日本人の特質を表したものである。

③信用、信頼、協働、協調を重んじ、貢献意識が強い

外国とのビジネスを行っている人は、商習慣上の契約やお互いの約束、相手への信頼などの違いに戸惑ったことがあるかもしれない。

この違いの背景に、日本が米作による農業文化であることが要因の1つとして挙げられる。米作による農業文化は、その土地に長く住みつき、1年をかけて田を耕し、稲を植えて、稲を育て、刈り取る。そこでの生活は、明確な役割分担がなされているのではなく、皆が助け合って、協力し合い、1人ひとりが周りに貢献することで成り立っている。裏切りや、自分勝手な行動は、その土地で生きていけなくなることを意味するが、自分の土地を離れることは、全ての生活基盤を失うことにつながる。

一方、広い大地の中で移動生活を行い、たまたま出合った所で出合った相手と交易を行う地域では、一度の交渉が全てである。二度とその相手に出会うことがないので、何をいってでも高く売りつけてしまえればよい。買うほうも自己責任があり、騙されれば、騙されたほうが悪い。このような文化を持った国では、相手を安易に信用、信頼する文化は生まれない。

日本人ほど信義を重んじ、常にお互いが誠意を持って接するという文化を持った国は、世界的に他にあまり類を見ないだろうし、また、物事を全員で一致協力して進めるということも日本人の特質だといえる。

④精神的な内面の意味を重要視

さらにどのような動作、労働、仕事にも精神的な意味付け、価値付けを行うことが挙げられる。茶道、華道、書道、剣道、柔道などの「道」で表されるものがその典型だといえる。他国の文化では、お茶を点てて飲むこと、花を活けること、字を書くこと、格闘技などに、人生や人のあるべき道をこれほど深く重ね合わせることはしない。ただ、美味しければ良いし、うまくできれば良いし、相手に勝てば良いのである。

日本と異なった文化の下では、労働者にとって労働は単純にお金を稼ぐためのものであり、企業に勤めていても少しでも高い給与のところがあれば簡単に転職をする。一方、日本人は、仕事は単なるお金やその他の外的要因だけで決まるものではなく、使命感、責任感、連帯感、価値観、信義などの内的要因がその組織に属する重要な意味であると考える。これが、個人主義的、利己主義的な理由によって人材が流動し続ける国との大きな違いといえるだろう。

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