J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2010年11月号

Special Interview 日本人よ、世界を捉える言葉を取り戻せ

石原慎太郎氏、猪瀬直樹氏と、著名な作家陣が知事と副知事を務める東京都は、昨今の活字離れや言語力の低下を危機的状況と認識し、2010年4月から「『言葉の力』再生プロジェクト」を展開している。そこでその背景にある問題意識を、近現代史と歴史認識を自身のライフテーマとする猪瀬氏に聞いた。

猪瀬直樹(いのせ・なおき)氏
東京都副知事/作家
作家。1946年、長野県生まれ。1987年、『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞、1996年には『日本国の研究』で文藝春秋読者賞受賞。小泉政権下では道路公団民営化委員を務め、2007年6月には、東京都副知事に任命される。
取材・文/木村 美幸、写真/真嶋 和隆

歴史的な時間軸と言語力の関係

人から「○○は好き?」と聞かれて「ビミョー」と答えるような、最近の若い人の会話について思うところはいろいろあるが、実は私には、活字離れや言語力の低下に関して、もう少し深いところでずっと考えていることがある。それは歴史認識の問題である。今の日本がこのような状況になっているのは、日本人が歴史的時間軸を持っていないことが大きな原因ではないかと思うのだ。

ヨーロッパには、キリストの磔刑を啓示としたことで生まれた1本の時間軸があり、「シェイクスピアは16世紀に生き、自分の人生は21世紀にあるんだ」というふうに、歴史の中での自分の位置付けが明確に捉えられる。

一方、日本の場合、坂本龍馬や直江兼続の大河ドラマを見て、「あ、これは何年頃の話だな」ということはなんとなくわかっているし、学校の教科書で「江戸時代は士農工商」「明治維新によって立憲君主制へ」といったことは習う。しかし、その史実と自分自身との関係を捉える時間軸は、おそらく戦後教育においてすべて失われてしまったのではないか、という気がしている。

戦前の日本は、古事記を通じて神話の教育を行っていた。イザナギとイザナミの「国生み」から始まり、稲作の元になっていくようなエピソードを経て“今日の我々がいる”ということを神話から感じ取ったり、“その流れを継いでいる天皇の存在によって、日本はまとまっているんだなぁ”という漠然とした意識を持ったり……。歴史の時間軸と自分との関係も含め、当時の日本人はいろんなことを考えていたことだろう。

敗戦で“全体の物語”を失った日本人

ところが、昭和20年に日本は戦争に負け、国際軍事裁判で裁かれた。多くの国民が「戦争のせいで同胞が300万人も死んでしまったし、原爆も落とされた。なんてバカなことをしたのだろう」と悔いると同時に、それまでの日本の歴史をすべて否定してしまった。それにより、我々は“全体の中で自分を語る物語”を喪失したということだ。

その後、食うや食わずの20年代、映画『ALWAYS三丁目の夕日』で描かれたような牧歌的な30年代を経て、日本は高度経済成長時代に突入。モノを消費するという行為には、その1つひとつに小さな物語がついてまわるので、その充足感みたいなもので、“全体の物語”のない世界でも特に問題なくやってこられた。

40年代になると、若者を中心にマルクスがもてはやされる。マルクスの「社会や経済は発展していくもの」とは、ヘーゲルなどの西欧の哲学の上に構築されたものに過ぎないが、近代社会を考える際のフレームワークを明示してくれていたこともあり、少なくとも昭和40年代半ばまでの日本には、世界を捉えようとする言葉があった。しかし、マルクスブームの終焉とともに、その言葉も消えていく。

もちろんヨーロッパでもマルクスは流行らなくなったが、多くの国ににはキリスト教があったし、そうでない国々にも、その他の宗教や民族的な“出発の物語”があった。

つまり、どの国にも必ず「なぜ地球があるのか?」「どうやってこの世界が始まったのか?」といった具合に、世界を捉えようという理念や哲学が存在していたわけだ。

そして唯一日本だけが、世界を捉える方法を突如として失った。

世界を捉える方法なしに、自分が何者であるかを確かめようとしても、その答えは細部にしか求められない。すると本来は全体があって細部があるはずなのに、細部だけがいっぱいあって全体がないという状態になる。こうして日本人は、“全体”とか“世界”といった概念をなくしてしまった。

細部だけしかないからこそ、人々はそれをより詳しく知ることで世界を捉えようとするけれども、それでは決して世界には至らない。これこそがオタク化。人は世界を捉える方法を失ってしまったら、オタク化するしかないということだ。

世界や他者への興味から人は言語を獲得する

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