J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2010年11月号

Special Interview 「考える力」の低下は、国の存亡に関わる

「考える」という言葉は頻繁に使われるが、その正体は何か?
物質と情報が豊富な現代人は、ほとんど考えていないという外山氏に、考えることの本質、そして、どうしたら考える力を伸ばすことができるかを聞いた。

外山 滋比古(とやま・しげひこ)氏
英文学者/エッセイスト
英文学者、エッセイスト。1923年、愛知県生まれ。東京文理科大学英文科卒業。『英語青年』編集長を経て、東京教育大学、お茶の水女子大学で教鞭を執る。お茶の水女子大学名誉教授。ベストセラー『思考の整理学』(筑摩書房)など著書多数。
取材・文/木村 美幸、写真/真嶋 和隆

誰もが「考える」という言葉を気軽に使っているが、その正体について深く考えている人はあまりいないし、学校でも考える力を育てる教育は、ほとんど行われていない。学習の対象は、社会において役立つとされている「読み・書き・算術」であり、その知識を覚えることが何よりも奨励される。テストでは「どのくらい覚えているか」がチェックされ、よく覚えていれば頭がいいという評価になる。記憶中心である。

考えることが軽んじられる理由

ではなぜ「考えること」が軽んじられているのか?本来、考える力というのは「難局に直面した」「越えられない壁がある」「解決すべき問題が起きた」といった危機的状況に立たされた時、そこから脱出するために発揮する力である。つまり、平穏な毎日を送っている限り、ほとんど必要とされないのだ。

現代社会は物質的に非常に恵まれているので、昔の人のように真剣にものを考えたり、努力したりすることが少なくなっている。必要がないのだから当然のことだ。必死にならなくても、特に不自由なく生きていけるという状況は、社会的にみれば進歩であろうが、個人の発達や成長という意味では後退であり、人間力の低下につながる。もし人間力の低下が集団的に起こると、その民族は滅びる可能性すらある。かつて繁栄したいくつもの大帝国が滅亡したのは、暮らしやすい環境になって自活する力が低下し、他国との競争に負けたのが原因だ。今後の日本だって、そうならないという保証はない。

ただ幸いなことに、ここ10年ほど日本社会は行き詰まっており、ことに近年の経済不況で、この国の環境はかなり逆境に近くなっている。日本人にとって、今こそ考えるチャンスだといえるだろう。

2つの思考具体的思考と創造的思考

先に述べた通り、本格的な思考は「大きな困難」の存在が前提になっているが、日常生活の中で起こるちょっとした問題に対処するための思考もある。「プラクティカル・シンキング」「具体的思考」などと呼ばれるもので、ビジネスの現場で求められるのは主として3つある。

1つめは業務に関する「工夫」。よく上司が部下に使う「考えて仕事をしろ」というセリフは、「人から教わるのではなく、自分自身でその仕事の進め方を工夫しなさい」ということを意味している。

2つめは「判断」。たとえば3つの選択肢を前にした時、単なる直感や好き嫌いではなく、明確な価値基準によって「これが一番いい。これが最も劣る」と判断する。これも思考の1つである。

そして最後が「人の心を読むこと」。「あの人は何を考えているのだろう」「顧客はどう感じているのか」と想像するのもまた思考力だ。

プラクティカル・シンキングは、解決法や結論を得ようとして本能的に頭を働かせるもので、少なくとも企業人なら誰でも日常的にやっていることだが、その能力には大きな個人差がある。素晴らしい工夫ができ、的確な判断力を持ち、相手の気持ちやその場の空気が読める……。どこの職場でも、こういう人が優秀な人と評されているのではないだろうか。社会で能力を認められるには、知識量が多いことより、プラクティカルな思考による、優れた問題解決力を備えていることのほうが重要だ。

ここまでは、身近で即物的な思考について述べてきたが、実はその先に、世の中に存在しないものを頭の中で生み出す「創造的思考」あるいは「純粋思考」と呼ばれる思考がある。プラクティカルな思考が“X”を解くものであるのに対し、“X”そのものを考え出すのが純粋思考。わかりやすい例でいえば、発明や発見は純粋思考に当たる。純粋思考の場合、必ずしも逆境や困難は必要なく、普通の生活の中で、ある時どこからか、インスピレーションがふわーっと舞い降りるように表われる。中には偶然の産物としての発明・発見もあるだろうが、自らの思考力によって必然的に新しいことが考え出せるようになれば、その人は純粋思考のできる人間である。

デカルトの「我考える、ゆえに我あり」という言葉も“自分の力で純粋思考ができた”という喜びの表れだ。昔も今も“我考える、ゆえに我あり”という人は極めて稀で、大部分の人は“我知る、ゆえに我あり”もしくは“我働く、ゆえに我あり”という言葉がふさわしい。

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:1,801文字

/

全文:3,602文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!