J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2010年10月号

中原 淳の学びは現場にあり! 第3回 CAの成長を支える「点と線」の育成ネットワークリフレクションを促すフライト後の“デブリ”

今、エアライン業界では、競争が激化しています。そうした中、ANAでは国際線を拡大する戦略を打ち出し、今まで国内線、国際線に分かれていた客室乗務員(CA)の一本化を図るため、育成に力を注いでいます。世界に羽ばたくCAの育成の秘密は、“現場の学び”にありました。

中原 淳(Nakahara Jun)氏
東京大学大学総合教育研究センター准教授。「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。
Blog:http://www.nakahara-lab.net/blog/
TwitterID:nakaharajun
全日本空輸(ANA)客室乗務センター
取材・文/井上 佐保子、写真/真嶋 和隆、イラスト/カワチレン

現場での育成に効果的な“プリブリ”と“デブリ”

今回伺ったのは羽田空港にあるANA客室本部の客室乗務センターです。ここは、羽田空港を利用するすべてのANAの客室乗務員(CA)たちが、フライト前後に立ち寄る場所。大きな窓からは滑走路を一望でき、とても明るく開放的な空間です。広々としたオフィス内には、颯爽と歩く制服姿のCAの方々がいっぱい。あちこちで、笑顔で挨拶を交わし、談笑する様子が見られ、フロア中に活気があふれています。

CAは、ショーアップタイム(出勤時間)として定められた時間(便にもよりますが、通常フライト1時間~1時間40分前)までに、制服に着替えを済ませて、このオフィスに出勤します。出勤したCAは、備え付けの専用端末で、出勤確認、伝達事項やフライトに関する情報をチェック。

その後、チーフパーサー(主客室乗務員)を中心に、同乗するCAが1つのテーブルに集まり、フライト前の打ち合わせ、“プリブリーフィング(通称プリブリ)”を行います。

滑走路を望む窓際のオープンな打ち合わせスペースに案内していただくと、あちこちのテーブルで、プリブリが開かれていました。

主な司会役はチーフパーサー。全員が搭乗機の機内図や分厚いマニュアル(下部写真)を手にしています。プリブリで話す内容は、保安知識の確認、機材や装備品の確認、フライト情報やお客様に関する情報、メンバーの自己紹介、サービスプランの説明や、機内でのポジション、役割分担、注意事項や目標の共有、身だしなみチェックなど。目標に関しては「シートベルトの常時着用を促しましょう」といった安全に関するものから、機内販売の売上目標、個人の達成目標まで、全員で共有します。約15分のプリブリが終わったら、そのまま揃って搭乗です。

興味深いのは、フライト前のプリブリをしているすぐ横でフライト後の反省会、“デブリーフィング(通称デブリ)”が行われていること。少し疲れた表情のCAたちが、終えたばかりのフライトについて振り返っています。デブリはフライト後、10~20分程度行われているとのこと。内容は、フライト全体がどうだったのか、プリブリで共有した目標の達成度や機内販売の売上額、顧客からの声や機内で起こった事例などについて。

たとえば、フライト中に起きた突発的な揺れに関し、チーフパーサーが「万が一そのような状況が起きた時は、まず皆さんの安全、お客様の安全が第一です。積極的な声かけをするなど、自分の判断で『今、どうすべきか』を考えて行動してください」とアドバイス。

最後は、「皆さんいろいろと課題があったり、習熟中のものがあったりしたかと思いますが、大切なのは今日、周りの方からいただいたアドバイスを持ち帰り、次に生かしていただくということかと思います」と、しっかりまとめていました。

デブリでは、フライト中に起こった出来事、気づいたことについて非常に具体的に話しながら振り返ります。フライト直後に、全員で振り返りを行うことで、他メンバーからのアドバイスも得られ、現場での経験から効果的に学ぶことができるのです。

きめ細かなサービスは安全を守るため

プリブリ、デブリの様子を見学して少々意外に感じたのは、サービスに関してよりも、安全にかかわる問題に言及している場面が多いということ。その点を品質サポート課マネジャー林靖子さんに伺うと、次のように説明されました。

「まず知っていただきたいのは、CAとは“サービス要員”である前に、“保安要員”であるということです。航空会社が提供するサービスの中で最も大切なものは安全性であり、最重要任務は保安要員としての業務なのです。実際、CAの新入訓練でも、訓練内容はサービスが30%、保安が70%なんですよ」

ではサービスは二の次かというと、そうではなく、むしろ保安のためにサービスを追求しているという面があるといいます。機内には、離着陸時のシートベルト着用など、乗客にとって少々窮屈な規則がいくつもあります。乗客にとって不便でも安全には欠かせないことをいかに気持ち良く協力してもらうか、という点でサービスが重要になってくるわけです。しかも、離陸直後に「トイレに行きたい」といい出す子どもがいたら?知らずに携帯電話を使用するお客様がいたら?など、状況はいつも同じではなく、対応を完全にマニュアル化することはできません。安全を最優先するという軸をぶらすことなく、臨機応変な対応を取る必要があるわけです。その際、生きてくるのが、デブリでの振り返りです。

デブリでは、フライトごとに起きたさまざまな事例、経験を共有し、同乗メンバーから「私ならこうする」といったアドバイスを得ることができます。その中で、多様な対応の仕方を学び、より多くの引き出しを持つことができるのです。

さらに徹底しているのは、デブリ後に、顧客とのトラブルやクレーム、あるいは顧客から喜ばれた事例や改善提案などを報告する窓口が設けられていること。集められた事例や提案などは、企画の担当者によって検討され、全員が携帯するマニュアルが改訂されます。それも、2カ月ごとに、数十ページが改訂されているというから驚きです。

マニュアルが常に更新されているということは、これまでの経験から得た知識や技術を捨て去る学習棄却(unlearning)が行われているということを示している。効果的なナレッジマネジメントの事例ともいえるのではないか。

成長をバックアップするサポートデスク体制

現場の学びを促進する仕組みはプリブリ、デブリだけではありません。オフィス内の一画に、新人向けの「BASICCAサポートデスク」「国際線サポートデスク」(上部写真)が設けられ、経験豊かな先輩CAがデスクでの相談業務を任され、フライト中にクルーから受けたアドバイスや知識を復習したり、デブリで指摘された課題を習熟することができるようになっています。

たとえば、新入CAは、通常約40日の地上訓練後、機上でのOJTを4日間受け、客室乗務員としての資格が発令されます。この資格が取れれば一人前かといえば、そうではなく、むしろここからがスタート。手厚いフォローが必要です。こうした新人や、国際線デビュー間もない人など、なんらかの習熟課題が与えられている人には、一定期間、フライト後にサポートデスクに立ち寄ることが義務づけられているのです。

フライト中やデブリだけでは、ゆっくり時間をかけて、指導・育成することが難しい状況もあります。その点、サポートデスクでは、個人の育成課題に合わせたきめ細かなフォローをすることで、1人ひとり業務習熟の支援ができるのです。

若手の育成において、「隣の部署の先輩」のような、直接の上司でもなく先輩でもない“斜めの関係”の存在が大切だといわれる。サポートデスクも、“斜めの関係”だからこそ、フライト中、先輩には聞きづらいような基本的なことでも聞きやすい、といったメリットがあるのではないか。

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