J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2015年01月号

KEYWORD 1 ニューロマネジメント

近年、Googleがリーダーシップ研修に取り入れるなど、「脳科学」の知見を具体的に人材開発やマネジメントに活かす動きが出てきている。
それらは「ニューロマネジメント」と呼ばれるが、日本企業もただそれを真似すればいい、というわけではない。
日本人には日本人向けの脳科学の活かし方がある。
そこで、マネジメントに活かせる脳科学の研究にはどういうものがあり、日本企業が職場やビジネスにおいて取り入れる際に気をつけるべきことなどについて提示したい。

萩原一平( はぎわら いっぺい)氏
NTTデータ経営研究所
情報未来研究センター長 ニューロイノベーションユニット長 エグゼクティブコンサルタント
早稲田大学理工学部卒業、プリンストン大学大学院電気工学・コンピュータサイエンス修了。電機メーカーにて新製品企画や国内外マーケティング等、またシンクタンクにて環境分野を中心に新規事業化支援等、多くのプロジェクトに従事。1997年4月より現職。専門はニューロコンサルティング、マーケティング戦略、環境分野全般等。『脳科学がビジネスを変える』(日本経済新聞出版社)他、執筆・講演等多数。

[写真]=編集部

脳を知らずして人事はできない

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」※1 ── ダーウィンが言ったとされているこの名言の「者」を、「組織」に置き換えれば、「唯一生き残るのは、変化できる組織である」となる。確かに組織は人の集合体であるがゆえに、構成員である個々人が全く変わらなければ、生き残るのは難しいかもしれない。しかし、強制的に個人を変えることに依存した組織改革には無理がある。

個々人が変化すること自体も、そう簡単ではない。なぜならば、人の脳には「現状維持バイアス」という機能があり、慣れ親しんだ現状を是とし、新たな変化を妨げるように動作するからである。

この現状維持バイアス機能のように、脳は人の司令塔としてさまざまな機能を持ち、働く。よって、人を動かすために人を知ろうとすれば、その脳や心を知ることが極めて重要である。誤解を恐れずに言えば、「脳を知らずして人事はできない」と言っても過言ではないのである。

しかし残念ながら、日本ではまだ人事部門に心理学や脳科学を専攻し、博士号を持っている脳の専門家はあまりいない。他方、欧米では脳科学の産業応用が進んでおり、人材開発や組織マネジメントの分野では「ニューロマネジメント」と呼ばれる脳科学の知見を経営に活用する研究が進んでいる。その成果は実用化され出しているので、日本企業でもぜひ参考にしてほしい。本稿ではそのいくつかの具体例と可能性を示す。

男女によって異なる脳の特性

まず、ダイバーシティマネジメントの中で、特に日本で最近よく話題になる「男女差」について、脳の観点から見てみよう。

脳の重さは成人男性で1.35~1.4kg、女性で1.2~1.25kgであり、体重の約2.5%程度である。男性のほうが1割ほど重いが、重ければいいというわけではない。脳には右脳と左脳をつないでいる脳梁という2 ~ 3 億本におよぶ繊維の束があるが、脳の大きさに比して女性のほうが脳梁の断面積の比率は大きい。高次の言語処理を行う際に、男性はほとんど左脳が活発化するが、女性は左右両方の脳が活発化するケースが多く、左右両方の脳を効率的に使っているのではないかとも言われている。

また、最新の脳科学研究で、音声言語の知覚から、具体的な運動(発話など)へ変換されるのも、女性の場合、左右両側の脳半球で起こることが発見されている。一般的に女性のほうが男性よりコミュニケーション能力が高いと言われるが、これらの脳に関する差異のためかどうかは科学的には立証されていない。しかし、十分考えられることである。

そのことを示す、2010 年に米国カーネギーメロン大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らによって行われたグループインテリジェンス(集合知)に関する行動実験がある※2。

18 ~ 60 歳の男女699人について、個人のIQを計測しておき、2 ~ 5人で構成される192のチームに分けてグループのインテリジェンスを調査したところ、以下①~③の結果が出た。

この実験では、なぜそうなったかまでの科学的言及はなされていないが、女性と男性の違いが大きく影響していることは立証されている。その他、男性と女性で脳の形状や部位の大きさ、脳内化学物質の量等が異なることがすでにわかっている。

例えば、代表的な脳内化学物質である「テストステロン」と「オキシトシン」を見てみよう(図1)。テストステロンは競争・暴力・攻撃を司る物質であり、男性のほうが女性の10 倍多く持つという※3。こんな物質はないほうがいいと思う人もいるかもしれないが、この脳内化学物質を持つから、人は狩猟をして肉を食べ、種として生存してきているのだ。

一方、オキシトシンは幸せホルモンや共感ホルモンと言われ、この物質が分泌されると人は、他人に対する信頼感や共感を高めるということがわかっている。もちろん個人差はあるが、女性のほうが高レベルで分泌させていることもすでに研究で明らかになっている。

女性のほうが一般的に男性に比べ共感力が高いように思われるのは、この脳内物質の分泌量の違いであり、先の実験において女性の存在によりグループインテリジェンスが高まるのも、この影響かもしれない。

そもそも、今から約500万年前、狩猟採集文化の中、生存と種の保存のために男性は危険が伴う狩猟を行い、女性は木の実などを採集し食生活を支えていた。今とは男女の役割が大きく異なっていたのだ。農耕文化が始まったのはわずか1万年前、さらに現代のようなライフスタイルが定着したのは産業革命以降であり、たかだか200 年程度の歴史に過ぎない。

その500万年におよぶ進化の過程において脳が形成されてきているわけで、先天的な男女の脳の違いはそう簡単に変わらない。さらに、文化的に男女によって育てられ方も異なり、脳はその影響を受けていることを考えると、男女の脳の違いは明らかである。

これらの研究から学ぶべきは、男女に関するダイバーシティの問題を単純に女性社員の人数や管理職比率といった表面的な側面だけで捉えるのではなく、もっと本質的に男女の役割を考えるべきということである。

もちろん、圧倒的に女性管理職が少ない、子育て等で正社員を辞めなければならないといった今の日本の現状は大きく変える必要がある。しかし改善を行うには、こうした脳の違いを踏まえるべきである。そのうえでの早急な改善こそが、女性の優れた脳特性を活用し、大きな機会損失を防ぐカギである。

日本人は不安を感じやすい

脳の違いは男女の違いだけではない。人種によっても異なる。グローバル時代において、このことを知らずに企業経営や組織人事を行うと大きな失敗を起こす。

例えば、不安傾向。代表的な脳内化学物質の1つに「セロトニン」がある。このセロトニンは不安傾向を司る物質であり、これが分泌することによって、不安傾向を抑えることができる。

そして、このセロトニンの伝達にかかわる遺伝子を「セロトニントランスポーター遺伝子」と言う。S型とL型があり、その組み合わせによって、SS 型、SL 型、LL 型の3 種類がある。Sがある人はLがある人に比べて不安傾向が強く、SS型のほうがSL型よりも不安を感じやすいという。

この3 種類の遺伝子型の割合は人種によって異なると言われ、日本人はSS 型が68.2%、SL 型が30.1%。何と国民全体の98.3%が不安傾向を強く感じる遺伝子を有するという。

一方、米国人の場合、SS型は18.8%、SL型が48.9%。両方合わせても67.7%である※4。日本人は米国人に比べ、SS型だけでは約3倍、SS+SL 型でも1.5倍程度、比率が高い。日本人は遺伝的に不安傾向が強いのだ。

この傾向は社会科学分野のアンケート調査にも表れている。「世界価値観調査」の2005年~2008年にかけて行われた際の結果によれば、日本人のリスク回避傾向の割合は7割を超えており、最も高かった。別の調査でも、日本は不確実の回避傾向が最も強い国の1つと位置づけられている※5。

このような脳特性を有している日本人に、欧米流の実力主義、定年制廃止等を表面的に取り入れ模倣すれば、失敗するのは明らかである。

それまで、日本人にふさわしい組織、評価体系を持ち、チームで協力して仕事に取り組み、組織の一員であることに価値を持つ仕組みで運営していたところに、急に実力主義や、数値で他人と比較され横並びで評価する方法を前面に押し出されたら、皆、まず他人よりも自分を守ることに精一杯になる。「組織よりも個人」という風潮が出来上がったとしても不思議ではない。

ペリーの黒船に象徴される開国は第1のグローバル化の始まりであり、その対応に日本は「和魂洋才」を実践し、成長してきた。和魂とはまさに日本人の脳、「和脳」である。ところが、輸送革命、情報革命により始まった第2のグローバル化の潮流に対し、この「和魂(脳)洋才」を忘れ、欧米式の経営手法を表層的に取り入れた結果が今であるとは言えないだろうか。

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