J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年11月号

Opinion 1 専門的な知識を増やし組織としての余剰を生む ミドルの学びとは

一人前とは、通常が想定される状況で仕事ができること。そのため環境が変化し続ける現在では一人前であるためには継続的な学習が必要だ。だが、起こりつつある環境変化を前に、「何を学ぶべきか」を考えるのでは間に合わない。変化に対応する準備をしておくために、ミドルは、何をどのように学ぶべきか。そして人事はどのようなサポートができるのか。

守島 基博(もりしま・もとひろ)
一橋大学大学院 商学研究科 教授
1982年慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。1986年に米国イリノイ大学大学院産業労使関係研究所博士課程修了、組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得し、カナダ・サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。1990年慶應義塾大学総合政策学部助教授、1999年同大学大学院経営管理研究科教授を経て、現職。主な著書に『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』(ともに日本経済新聞出版社)など。

取材・文/木村 美幸、写真/吉田 庄太郎

ミドル世代の社員も成長し続けることが必須

「成長」という言葉や概念は、もっぱら若い人を対象に使われており、ミドル以上の世代と結びつけられることはほとんどない。入社したての頃は誰もが成長に重きを置かれるが、ある程度の年数が経過すると、成長よりも成果が求められるようになる。特に日本の企業は過去30年以上にわたり、この“一人前になったら、成長ではなく成果を”というメッセージを出し続け、社員たちもその考え方を共有してきた。しかし現代を生きる日本のビジネスパーソンは、一人前になった後も、成長や自己変革を続けることが絶対に必要である。なぜなら、そもそも「一人前」というのは、通常の状況が前提にあって成り立つものだからだ。すなわち一人前の社員とは、『ある一定の仕事を遂行することにおいては一人前である』ということを意味する。グローバル化やテクノロジーの進化などによって、ビジネス環境が変われば、仕事の内容もどんどん変わっていく。そうなると、すでに一人前だったはずの人も、一人前ではなくなる。たとえば「マネジメントに関しては一人前」という人は、「上司も同僚も部下も日本人、仕事を終えると居酒屋でコミュニケーションを深めながら、仕事の愚痴をこぼし合う」といった職場環境の中で少しずつマネジメント能力を身につけ、リーダーになり、課長になり……というキャリアを歩んで一人前になったわけだ。だからもし海外へ赴任し、現地の人をマネジメントする場合、その時点でその人は一人前ではなくなる。今後、ビジネス環境によって仕事の内容が変容し、一人前でなくなってしまうケースは、さらに増えていくだろう。「一人前」を代表するような立場にあるミドル層にとっても、学習や学びが欠かせない理由がおわかりになっただろうか。では、ビジネスマンたちの学習の実態はどうだろう?今、最も学習熱が高いのは20代後半を中心とする若い層である。彼らは資格取得のための勉強、読書、勉強会などに、多くの時間とお金を費やしている。また部長以上の層も、会社主催の研修や自己啓発などにより、かなり熱心に勉強しているというのが私の印象だ。問題は、その間に位置するミドル層。多くの人が本来は勉強家で、学習意欲も高いが、最も仕事が忙しい世代であり、勉強する時間や余裕がないというのが現状だ。

幅広い知識や専門性を学ぶ“横方向への学習”が急務

ミドル層にとって必要な学習は、大きく2つに分類できる。1つめは、多くの企業で行われている経営力開発だ。リーダーシップや経営戦略など、経営層に求められる知識や能力を身につけることが目的のものである。新入社員の時代から管理職になるまで、誰もが行ってきた学習の延長で、専門性や管理能力を上に向かって積み上げていく、いうなれば「縦方向への学習」だ(図表1)。もう1つは、すでに持っている専門性を拡大する、あるいは新たな専門性を築くことで、横への広がりを獲得する「横方向への学習」。我が国企業では1990年代初頭のバブル経済の崩壊から、グローバル化を経て現在に至るまでの間に、優秀な経営層を育成するための「縦方向への学習」の仕組みを確立してきた。それが実際にどこまで効果を上げているかについての正しい評価は、もうしばらく待たないとできないが、少なくとも基本パターンは構築できたといっていいだろう。一方、現在の日本企業を取り巻くビジネス環境の劇的な変化や、グローバル化のさらなる複雑化などを考えると、ミドル層がそれぞれに多様な知識や専門性を身につけていく「横方向への学習」の重要度が高まっていくことは間違いない。だがこの「横方向への学習」の最大のネックは、人事部が固定のカリキュラムを用意して、該当社員を一カ所に集め、「さぁ、これを学んでください」と提供するような集合研修型学習では不可能なことだ。この主な理由は2つ。ミドル層の学習は状況適応型または状況を先読みした学習でなければならないということ。もう1つは学習の最大の目的は組織スラックの確保にあるということだ。1つずつ解説していこう。

●状況先読み型の学習

ビジネスの最前線を指揮するミドル層は、たとえば今夏であれば“円高が急速に進み、日本の国債の格付けが下がり……”といった経済情勢の変化、あるいは競合するライバル企業が始めた新たな商品展開、というような事態に瞬時に適応しなければいけない。ところがこれまでの企業内研修は、そのほとんどが“○年後を見据えて”とか“次のポストで役立ててほしい”といった中期的な見通しをもとに組み立てられていた。これに対し、環境の変化に対応するための、多様な知識の蓄積のための学習を集団研修型というスタイルで実施するのはなかなか難しい。

●組織スラックの確保

組織スラックとは、効率第一主義を追求してきたことに対するアンチとしてアメリカで生まれた考え方。「組織をビジネス環境にぴったりとフィットさせてしまうと、その環境が変わった時に適応できなくなってしまう。しかし組織がある程度の余裕を保持していれば、これを活用して新たな環境にフィットした状態をつくり出せる」という考え方である(図表2)。つまり「スラック」とはもともと無駄を意味する単語だが、ここでは「変化への適応のために蓄えておく余剰資源」といった意味で使われている。この余剰資源には資金や人材など、さまざまなものが相当するが、ここで着目したいのは、知識や情報の余裕。一人ひとりが保持できる知識・情報や、深められる専門性には限界があるが、それを組織としてトータルに見ると、かなりの深さと複雑性を持った知的資源をミドル層が蓄えていることになり、これはその企業にとって非常に大きなパワーとなる。このように多様な知的資源を確保することがミドル層の学習の最大の目的なので、そこで求められる知識・情報の種類や学習の方向性は、あらかじめ特定することが難しいし、一人ひとりの置かれている状況で大きく異なり、集団研修は適さない。

学習のターゲットをいかにして決めるか?

したがってミドル本人が自律的に学習する内容を選ぶことが必要になる。この際に必要なのは、中長期的には仕事自体を成長・拡大していくというイメージを持つこと。そして「成長・拡大」を強く意識しながら自分の仕事を見つめた時、今不足しているものは何かを考えてみること。

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