J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年12月号

企業事例1 自ら考え、行動し、学びとらせる 「黒板のない教室」

「いわれるまで動かない」「自分で考えられない」といったことが若手社員の課題として掲げられる中で、「そもそもなぜ学ぶのか」ということから徹底的に考えさせ、自ら学びとらせる研修がある。自動車部品等の生産、販売、研究開発大手の矢崎総業が行うアドベンチャースクールだ。内定者のうち希望者に対し、海外で1年間の研修期間を与えるというユニークな同社の取り組みを通して、いかに自ら学び、挑戦する人材が育っているのか。その実際を聞いた。

望月 英史 総務人事室 人事部
伊藤 夏穂理 矢崎部品 鷲津工場 工務部 工務チーム

矢崎総業
1941年設立。自動車部品(組電線、計器等)、空調機器などを研究・開発・製造・販売するメーカー。自動車のワイヤーハーネスでは世界トップシェアで、世界39カ国421拠点以上でモノづくり事業を展開するグローバルカンパニーとして知られる。
資本金:31憶9150万円、売上高:6283億円(国内、2010年度)、グループ従業員数:19万2500名(うち国内従業員2万1300名、海外従業員17万1200名、2011年6月20日現在)

取材・文・写真/石原 野恵

1年間の“海外武者修行”、アドベンチャースクール

内定後1年間、海外に行って何をしてもいい。渡航費と最低限の滞在費は会社が負担。行先も、やることも自分次第――これは、矢崎総業が内定者を対象に行っているアドベンチャースクール(以下AS)というプログラムの概要だ。1993年、外国語教育研修機関とともにプログラムを開始して以来、18年間で1200名近くが参加。渡航先は36カ国に及ぶ。「ASは学習者の学習能力を活性化させるためのプログラムなんです」と話すのは、人事部でAS事務局の望月英史氏だ。「ASとは、内定者を対象とした1年間の“海外武者修行”です。参加資格はなく、希望者は誰でも参加できます。現地で何をするかについて、会社からの要求や指導は一切ありません。ルールはありますが(図表)、この範囲内であれば好きなことをしていい」(望月氏)本人がやりたいことをやる時、本人の学習脳が開花するという考え方に基づいた、まさに自ら学ぶための機会なのだ。ASは、同社の海外展開の戦略に沿った仕組みである。1960年代にタイに初の海外拠点を設置して以来、「世界とともにある企業」「社会から必要とされる企業」という社是に基づき、積極的に海外展開を推し進めてきた同社。現在では39カ国に162法人、421拠点を持つ。そのため、日本とは異なる環境でも活躍できる人材の育成に注力しており、AS以外にも海外出向予定者を職場から離して6週間外国語漬けにするインテンシブ研修、各工場で日常的に英語を学べるOJT職場英語といった、海外展開を睨んだ学習支援は手厚い。「中でもASは、当社の企業風土を凝縮した研修です。海外で必要なのは語学だけではありません。これから職業人としてやっていけるだけの総合的な人間力のような、大学では学べないことをASで経験できればという考えに基づき、プログラムが設計されてきました」(望月氏)1993年以来、試行錯誤を繰り返して現在の学習者中心のプログラムが形づくられてきた。たとえば集団だとどうしても日本人だけで固まり、日本での習慣を持ち込んでしまう。よりチャレンジ精神を持った人材の要請が高まるにつれ、PDCAを回しながらプログラムを改善してきたのだ。「ASの現在の目的は、異文化対応力、創造力、チャレンジ精神、自主性、ついでに語学力も身につけてもらうこと。学生でも矢崎社員でもない1人の人間として海外を歩いた時に、どんな挑戦ができるかという部分を重視したいわゆる“ギャップイヤー”なのです」(望月氏)

行程は全て自分で考え実行する

実際にASのプログラムを見ると、そのコンセプトは明らかだ。まず参加の意思決定も、徹底的に内定者自身に考えさせている。「10月に内定式を行い、その翌年1月上旬頃から毎日、内定者全員にASに関する“教材(私の決断28日間日記)”を送ります。教材は、『目を閉じて、心に浮かんだ子どもの頃の思い出を絵に描いてみましょう』といったものや、『今日の出来事を川柳にしてください』というようなもの。または、動画サイトでこれまでのAS参加者の映像を見て意見を書いてもらうこともあります。それらの課題の最後に、ASに参加するかしないかという「今日の決断」を書く。このやり取りを28日間続けます」(望月氏)28日の間には、ネガティブな情報も全て伝え、本当に参加したいかを徹底的に考えさせる。たとえば入社が1年後になるため、生涯年収が減るといったこともだ。28日後に最後の決断をしてからも「クーリングオフ期間」を設け、本当にその決断でいいのかを改めて考えさせる徹底ぶりである。こうした検討期間を経て、毎年平均して35%~40%の内定者が参加を決意する。2011年度は32名中16人と、半数が参加したという。ASへの参加を決定したら、その先会社は一切関与しない。参加者はいったん、カナダやオーストラリアなどの「ベースキャンパス」に向かうが、現地スタッフである外国人カウンセラーのメールアドレスが知らされるだけ。ビザや航空券など、渡航手続きや準備も自分で行う(費用は会社負担)。2009年のAS参加者で、現在鷲津工場で働く伊藤夏穂理氏は、当時の経験をこう話す。「本当に会社からは何の連絡も来ません。教えてもらえるのはホームステイ先の家族構成と大体の場所、空港でカウンセラーが待っています、ということだけ。とにかく何も情報がない中で、あなたは何をしますか、と問われるんです」(伊藤氏)伊藤氏はカナダでボランティアをしながらヨガを習い、最終的にはインドに渡り、ヨガインストラクターの資格を取ってASを修了した。しかし、当初からインドに行きたかったわけでも、ヨガに興味があったわけでもなかったという。「私の場合、海外に興味があったので参加を決めましたが、最初から明確な目標や目的があったわけではありませんでした。現地で友達をつくっていく中で、たまたまヨガをやっている団体に出会い、ボランティアで働くのでタダでヨガを教えてください、と申し出たのがきっかけです。その後、インドでヨガのインストラクター講習があるというのを聞き、参加したいと思って初めてインドに行くことに決めました」(伊藤氏)伊藤氏と同期のAS参加者には、南米エクアドルやハンガリー、チリに行った者もいる。もちろんベースキャンパスでずっと過ごしても構わない。決まったコースはなく、一人ひとりが創造力を働かせ自らつくり上げる研修なのだ。

体当たりで学ぶ「黒板のない教室」

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