J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2012年02月号

連載 中原 淳の学びは現場にあり! 第13回 オープンキッチンが“学び”の舞台に 若い料理人が育つ日本料理店 日本料理店「六雁」

銀座の「六雁」は連日満席が続く人気の日本料理店。旬の野菜を名物とした独創的な日本料理のコースは一品一品が目にも鮮やかで、まるでアートのよう。若い料理人たちが、きびきびと立ち働く姿が印象的なこの店のコンセプトは「人材育成」。人が育つ日本料理店の秘密に迫ります。

中原 淳 ( Nakahara Jun)氏
東京大学 大学総合教育研究センター准教授。「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。
Blog:http://www.nakahara-lab.net/blog/
Twitter ID : nakaharajun

取材・文/井上佐保子 写真/真嶋和隆 イラスト/カワチレン

オープンキッチンの日本料理店

銀座・並木通りに店を構える「六雁」。店内に入ってまず目に飛び込んでくるのは、広々としたキッチンとそれに続く重厚な一枚板の大テーブル。そう、この店は日本料理店には珍しいオープンキッチンなのです。

清々しく整えられたキッチンで手を動かすのは若き料理人たち。なんとこの店に働く料理人、ホールスタッフ16名の平均年齢は26歳。料理長を務める秋山さんも若干37歳というから驚きです。

実はこの店のコンセプトは「人材育成」。今回は、世にも珍しい「人を育てる料理店」について、「六雁」のディレクター榎園豊治さんに伺いました。

新人はあひる?伝統的な料理人の育成

「六雁」を立ち上げ、現在は店全体を見守る榎園さんは、関西の名門料亭の料理長を歴任するなど華々しい経歴を持つ料理人です。「六雁」がオープンしたのは2004年。事業コンセプトを「人材育成」としたのは、「伝統的な料理人の世界にいた私が、人生の折り返し地点に差しかかり、今までにない新しいやり方で、日本料理の職人を育てたいと感じたからです」。

榎園さんが和食の世界に入ったのは大学を卒業した22歳の時。「和食の世界で世界一になる」と、密かな野望を抱いて関西の料亭に見習いとして入るも、そこは強烈な縦社会でした。「見習いはいわれたことを何でもする雑用係。『坊主、あひる、追い回し』などと呼ばれ、まず人間扱いされません」

榎園さんによると、料理人は、地域や店による違いはありますが、一般的に、①見習い(皿洗い・掃除・雑用)②盛り付け・野菜の下処理③魚の下処理④焼き物⑤揚げ物⑥向板(花板の補助)⑦煮方(炊き物)⑧立板(副料理長)⑨花板(料理長)という流れで修行が進みます。

一通りの技術が身につくまで、10年はかかるとのことですが、一般的には、1つの店に勤めるのではなく、師匠から「修行してこい」と別の店に送り込まれ、数年ごとにさまざまな店で経験を積みます。「伝統的な料理界では、師匠に弟子が連なり、巨大な職業集団を形成していました。その上層部に『入れ方』と呼ばれる人たちがいて、弟子たちをあちこちに采配していたのです」

教え方はスパルタ方式。「理不尽なことは山のようにありました。理由など聞いても教えてくれません。『黙ってやれ』と拳骨が飛んでくるだけです」。厳しい修行の毎日でしたが、料理に関して、古今東西の献立・レシピ、調理理論・科学・哲学、歴史・文化、器など万巻の書を古典にさかのぼり読破し、技術と共に知識を身につけることで頭角を現し、料理長まで登りつめます。

その後、いくつかの有名料亭の料理長を務め、「料理だけでなく経営も学びたい」と、勢いのあった外食ベンチャー経営者と共に、経営にも挑戦。チェーン店を立ち上げるなどして関東に進出。成功を収めますが、拡大路線に転じた経営者側に疑問を感じ、衝突。職を失ってしまいます。

伝統的な料理人の世界では、料理人同士が大きな職業集団を形成していて、弟子たちを育成するために、あちこちの店に采配していたという話は興味深い。業界全体で人材育成をする仕組みが機能していたということだろう。

人を育てる日本料理店をつくりたい

料理人として大きな挫折を味わった榎園さんは、このまま別の店の料理長となっても、また同じことになるからと、アルバイト生活を送ります。その間、なんと2年間。その中で多くの気づきを得たといいます。「企業向けの仕出し弁当を作る工場で働いていた時のこと。朝3時からお弁当におかずを詰めるのですが、ベテランのおばちゃんに『もっと速くやりなさいよ』と怒られたので、猛スピードでやったのです。『どうだ』と得意になっていたら、弁当屋のオーナーから、『榎園さん、このお弁当、400円もいただいてるんだから、もっと丁寧に盛りつけて』といわれました。ショックでした。私は4万の料理を作っていた人間、400円の弁当なんて料理ではないと、どこか驕った気持ちがあったのです。また、食堂の皿洗いをやりながら『自分は今まで洗い場の人にどう接してきたかな』と、考えたりもしました」

今までと違った生き方をしたい、と考え始めた矢先、「六雁」を一緒に立ち上げることになるオーナーと出会います。「今まで、部下は自分を支えるためにある、と思ってきた。でも今度は仲間を育て、自分を超える職人を育てたい」と話したところ、オーナーと意気投合。人を育てる料理店づくりがスタートしました。

オープニングメンバー9名の採用は人柄重視。面接に10時間かけたこともありました。内装は大工さんと一緒に全員で行い、店の象徴ともいえる、7階の銀杏の一枚板を使った大テーブル(写真)も全員の手で運び上げたそうです。

開店後1年ほどは、ほとんど客が訪れず、料理を教えたり、ミーティングをしては夢を語る日々。「お客様もいないのに『いつか百貨店からおせちの依頼が来るから』『いつか企業の人が、人材育成の参考に見学に来るから』『スペインの世界料理学会からオファーが』なんて予言をしていました」と、榎園さんは笑いますが、徐々に客足が伸び、ほとんどの予言は現実になっているといいます。「みんなリーダーの背中を見ているんです。だから、なにもすごいことをする必要はなく、『この人についていくと面白いことがあるかも』というだけでいいんです。そして、頑張れば夢は叶うのかも……という雰囲気が出てきたらしめたものです」

世界一の料理人になる、自分が成功する、と自分中心のマインドから、自分を超える職人を育てたい、と、人を育てるマインドに変化するきっかけが興味深い。

オープンキッチンは料理人たちの舞台

榎園さんの情熱とリーダーシップが、若い料理人たちの成長のバックボーンになっていることは確かですが、もう1つ、期せずして料理人たちの成長に大きく貢献したものがあります。それは、店の中央に位置するフルオープンキッチンです。

オープンキッチンには、常に見られているという緊張感があります。料理の手際はもちろん、会話や立ち居振る舞い全てが客の目、そして同僚の目にさらされています。営業時間中は掃除や片づけができず、決して効率はよくありませんが、見られることで人は成長するといいます。「オープンキッチンは舞台。ここでは全員が主人公です。だから『自信がなくても、なりたい自分を本気で演じなさい。いつの間にかなりたい自分になっているから』と話しているんです」

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:2,560文字

/

全文:5,119文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!