J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年02月号

Opinion① 人と組織がイキイキする「 ポジティブ・メンタルヘルスケア」

企業におけるメンタルヘルスケアは、これまで基本的に経営と切り離された形で行われてきた。しかし、組織としての総力をより高めていくには、不調への対処・予防だけでは十分ではない。その時に鍵となるのが、働く一人ひとりのワーク・エンゲイジメントを高めることである。今後ますます重視されるメンタルヘルスケアのあり方について、多くの企業でメンタルヘルスケア施策にかかわり、ワーク・エンゲイジメントに関して検証してきた東京大学大学院の島津明人氏が語る。

島津 明人(しまず・あきひと) 氏
早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科卒業後、早稲田大学文学部助手、広島大学大学院教育学研究科専任講師、助教授、ユトレヒト大学社会科学部客員研究員を経て、2007年より現職。「ワーク・エンゲイジメント」「ストレス対策」「ワーク・ライフ・バランス」をテーマに、企業組織における人々の活性化・メンタルヘルスを研究している。共著・単著に『自分でできるストレス・マネジメント』(培風館/刊)、『じょうずなストレス対処のためのトレーニングブック』(法研/刊)他。

取材・文・写真/石原野恵

マイナスからゼロではなくゼロからプラスの対策へ

従来、企業におけるメンタルヘルスケアは、不調者に対してどうケアをし、いかに不調者を出さないかということに主眼が置かれていた。マイナスからゼロにし、ゼロの状態を保つ対策だ。もちろんこうした不調者のケアと未然予防は欠かせない。しかし私は、これからはより強みを高めるポジティブな対策、いわばゼロからプラスにするメンタルヘルスケアにも着目すべきだと考えている。

これには、企業と個人の両側面から理由が挙げられる。経営環境の変化のスピードが非常に速い中、企業の重要課題はいかに個人のパフォーマンスを引き出し、全体の生産性を高めるかだ。そのため経営の仕組みやシステムなどのハード面ではさまざまな工夫がされてきた。一方でソフト面についてはまだ介入の余地があり、その1つがメンタルヘルスケア。社員の心の健康が、組織の生産性向上につながるのである。

そして働く個人としても、このような厳しい状況下では自らエンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を高めなくてはならない。その際スキルや能力と同様に重要なのが、心身の健康をいかに保つかということだ。普段見過ごされがちだが、当然ながら心身が健康でない限り、生産性は向上しない。

これらの状況を鑑みれば、組織にとっても個人にとっても、より積極的な“攻め”のメンタルヘルスケアが必要だといえる。

ゼロからプラスにするメンタルヘルスケアの鍵となるのが、オランダ・ユトレヒト大学のウィルマー・シャウフェリ教授が提唱した「ワーク・エンゲイジメント」という概念である。

ワーク・エンゲイジメントとは、1.仕事に誇り(やりがい)を感じ2.仕事に熱心に取り組み3.仕事から活力を得て

生き生きしている状態のことをいう。

これと対極の状態が、バーンアウト(燃え尽き症候群)だ。仕事に一生懸命取り組んでいたものの、心身ともに疲弊しきってしまい、意欲がなくなる状態をいう。シャウフェリ教授はもともとこのバーンアウトの研究をしていたが、ネガティブなバーンアウトだけではなく、働くこと自体からもたらされるポジティブな情動に着目する必要があると考えた。そこで、一部の人間ではなく、働く人全体の幸せを底上げするための概念として、ワーク・エンゲイジメントを提唱したのである。

個人の内的資源で高めるワーク・エンゲイジメント

ワーク・エンゲイジメントを高める原動力には、個人の内的資源と、組織に関する資源の2つがある(図表1)。まず、内的資源を高めるための要素について解説しよう。

●仕事に対する自信

「熱心さ」や「やりがい」の源泉は、“できる”感覚である。自己効力感(セルフエフィカシー)ともいわれ、研修などの訓練によっても、上司のマネジメントによっても蓄積できる。

上司が、「あなたの強みはこの点だね」「よくできているね」といった声かけをし、本人に自信を持たせる。地道で当然のことのようだが、だからこそやはり重要だ。こういわれれば、仕事への誇りが増し、新しいことへの挑戦意欲も湧いてくる。これは特に、ちょっとした失敗で挫折してしまいがちな若手のメンタルヘルスケアとして効果を発揮する。

●キャリアへの注目

長期的な視点に立って将来予測を立てることも、前向きに働く原動力になる。人は、自分がどの方向にエネルギーを向けるべきかがわからないと前に進めないためだ。ポイントは、遠すぎず近すぎず、少し先の目標を立てること。いつ・どんなスキルを身につけたら良いかという道筋をつけることが重要だ。先の見通しが立てづらい現状では、経営や人事が道筋を立てやすくする工夫も必要だろう。

●ポジティブ感情の創出

生き生きと働くためには、業務そのもの、もしくは職場において嬉しい・楽しいという感情を持てることが前提となる。それには、個人でできることと職場の仕掛けとして次の4つがある。

1つめは、問題解決スキルを身につけることだ。

ポジティブな感情を持つためには、自分が仕事の主導権を握ってコントロールしているという感覚が必要とされる。反対に仕事に追われてしまうと、自己効力感が薄れ、いつまでも充足感が得られない。そこで、問題を細分化し一つひとつ自分で解決できるようになることが、ストレス軽減の出発点となる。

また職場の仕掛けとしては、日常に「肯定的な出来事」を創り出すとよい。たとえば私の研究室では、海外からゲストが来るとちょっとしたパーティをする。イベントなど、皆でわいわい過ごす「小さなお祭り」が、ポジティブな感情を生み出すのだ。

3つめに、感謝介入法というものがある。これは、自分から相手に対して感謝の気持ちを表明することによって、自分の気分も良くなるというもの。よく企業で取り入れられている、「サンキューカード」といったものもこれだ。相手の仕事ぶりに積極的にお礼を述べたり、褒めたりする。すると、褒められた相手の嬉しい気持ちが自分にも返ってくるという原理を活用した方法である。

4つめは(良い感情の)満喫法。日々の生活に追われていると、感情のセンサーが鈍くなる。すると、客観的に見たら羨ましいような経験をしていたとしても、本人はそれを感じなくなってしまうのだ。そのため、その日1日いいことがなかったか思い出す、自分の好きな風景を眺めるといったことを意識的に行い、自分の感情を味わうことが必要になる。

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