J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年01月号

KEYWORD4 変わるアジア市場 “急成長”と“地域格差”で激変 日本企業が捉え切れないアジア市場

急速な発展を見せるアジア市場。日本企業にとっては、身近であり、すでに長く取引を続けてきた市場である。しかし、大泉啓一郎氏は「現在の日本企業はアジアのリーダーであった過去を引きずり、市場を正しく理解できていない」と指摘する。なぜそのような事態が起こっているのか。その背景とアジア市場の現状について話を聞いた。

大泉 啓一郎(おおいずみ けいいちろう)氏 日本総合研究所 調査部 上席主任研究員
1988年3月京都大学農学研究科大学院修士課程を修了。1990年より調査業務を開始。三井銀総合研究所、さくら総合研究所を経て、現在、日本総合研究所調査部でアジアの経済動向の調査に従事。東京大学非常勤講師、法政大学非常勤講師、国際協力機構(JICA)社会保障課題別委員会委員。著書『消費するアジア 新興国市場の可能性と不安』、第29回発展途上国研究奨励賞受賞を受賞した『老いてゆくアジア 繁栄の構図が変わるとき』(ともに中央公論新社)。

[取材・文・写真] = 中村博昭

「工場」から「市場」へ役割が変わるアジア

近年、日本企業にとっての“アジア”の存在、その意味が大きく変わってきている。

以前はアジアといえば日本の、特に大企業にとって、「工場」であったが、それが「市場」へと変わった。これまでアジアの魅力は“安価な労働力”。それがリーマンショック以降は、“市場”という側面が強調されることになった。

その背景には“日本市場の停滞”と“アジアの躍進”がある。

日本は人口減少や少子高齢化が進み、市場は縮小傾向にある。だからこそアジアに新たな市場を求めなければならない。

アジアの躍進については名目GDPで日本と比べてみると、よくわかる。ここで述べるアジアとは中国、NIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)、ASEAN5(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)、インドを合わせたものだ。

名目GDPでアジアが日本に追いついたのは2004年。2010年には中国が単独で日本を追い抜き世界第2位の経済大国となる。同時に2010 年はアジアが日本の2倍を超える規模にまで成長した。追いつかれてからほんの6 年しか経過していない。しかし2020年には、アジアは日本の4倍に達すると見込まれる。(図表1)

まもなく日本の4倍もの市場がアジアに現れるということだ。その市場を日本企業が無視するわけにはいかない。それはもう必然だろう。

けれども今、日本企業が今後重要な市場となるアジアを十分に研究、熟知して攻めているかというとそうではない。

これまでアジアのリーダーであった日本は、いまだにその振る舞いから抜けることができていない。そのため、日本製品ならば売れるといわんばかりに市場調査がおろそかになっている。急激なアジア市場の変化も把握できていないのだ。

アジア市場を把握するカギは“格差”にある。

現在の中国の一人当たりGDPは5000ドルで、日本は4万ドル。そう聞くと、中国全土が日本の10 分の1ほどの生活レベルのように思えるが、実際はそうではない。

途上国と先進国の分かれ目は、一人当たりGDP1万ドルがラインといわれるが、上海の一人当たりGDPはすでに1万ドルを超えている。これは高所得国の部類だ。上海には日本人よりも高い買い物をするような富裕層もたくさんいる。

東南アジアやインドネシアなどはまだ後進の状況にあると考える人も多いが、実際に行ってみると、街中には先進国と同じような景観がある。日本と同じようなライフスタイルを持つ若者が多くいて、iPod、iPadが売れ、スターバックスも当たり前にある。日本の都市と同じような生活がすでにあり、それを享受する人がいるのだ。

ただし、各国の都市に多くの富裕層が生まれている反面で、農村部にはまだまだ低所得者が多く存在している。中国の都市部と農村部で、一人当たり年間所得を比較すると、その差は縮小していない(図表2)。アジアではこのように市場の地域格差が大きいため、国という枠組みが意味を持たなくなっている。

だからこそ日本企業には、進出したい国のどこを攻めるのか決めることが必要だ。

私は日本の企業人と話す時、「狙いはどこのマーケットか」と必ず聞いている。狙いは上海なのか、天津なのか、北京か、広州か。そのような具体的な場所の話をしないと、実際の市場規模やトレンドを知ることはできない。

補充すべきは“市場調査”と“工場運営”の人材

アジア市場の把握が実勢とズレていることは、派遣されている人材を見てもわかる。

その理由は2つ。まず1つめは市場調査を本格的に行える人材が少ない点だ。

これまでのように安価な労働力を求めて工場を立ち上げるのであれば、調べるべきポイントは限られている。工場周辺の労賃相場、電力の供給、道路状況や倉庫の有無など、限られた地域や情報を見るだけでよい。受け入れ国側も工場団地を用意するなど、日本企業の需要に対応してきた。

ところがアジアを市場として捉えると、調査のレベルは、ぐっと広がる。所得水準や人口分布や文化、そこに住む人々が何をほしがっているかなど、外に出て、人と触れ合い、歩き回って具体的な情報を集めなくてはならなくなる。市場はその国に埋め込まれたものであるだけに、細かく広く調べなくてはならない。それらができるような市場を見る目がある人材が必要なのだ。

2つめは、拡大する工場を総合的に運営できる人材が不足している点だ。アジアにある日本企業の工場は拡大を続けており、1万人、5000人といった規模の工場も多い。

こうなると一拠点というよりは、“1つの会社”だ。ここで工場長に求められるのは、技術や製造管理といった生産面の知識だけではない。人事経理、総務といった組織運営の分野まで面倒をみなくてはいけなくなる。「労賃・昇進をどのように決めるか」「福利厚生はどうするのか」といった問題は、エンジニアだけでは対応できない。大きくなった工場を会社として運営できるだけの総合的なスキルのある人が求められているのだ。

前者はスペシャリスト、後者は広い意味のゼネラリストといえる人材だが日本企業ではこのような派遣人材の切り替えができていないように感じる。

“アジアのリーダー”の記憶が理解を妨げる

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