J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年07月号

Opinion Column 1 氣を通わせ相手を尊重し導く心身統一合氣道の極意

相手の“氣”を尊重することにより、人を導き投げる合氣道。その考え方とプロセスは、人を教え導くためのヒントに溢れている。心身統一合氣道の継承者が語る、教え、学ぶための極意とは。

藤平 信一 氏
心身統一合氣道 継承者
一般社団法人 心身統一合氣道会 会長
慶應義塾大学 非常勤講師
1973年生まれ。東京工業大学、生命理工学部卒。心身統一合氣道の継承者として、国内外で指導・普及、指導者の育成にあたっている。経営者・リーダー・アスリート・アーティストなどを対象とした講習会、教育機関での講演会、企業研修も行っており、2010年1月からは、米国・大リーグのロサンゼルス・ドジャースで若手最有望選手の育成に参加し、選手・コーチに指導している。

[取材・文・写真] = 中山 景 [写真提供] = Kiマネジメント

「氣の原理」に基づき相手を導いていく

心身統一合氣道は、「心が身体を動かす」という氣の原理に基づいて、相手の氣を尊重し導くことを学ぶ武道である。その土台には、人と人とがかかわりながら相手を導いていくという点において、誰かを「教える」立場になった時のあり方にも相通じるものがある。

合氣道の技においても、後進の指導においても、私たちが第一に考えるのは相手と“氣”が通っていることだ。“氣”は誰もが持っているものであり、人間の生命力の根幹である。お互いの氣も常に交流しており、氣が通っている状態こそ、コミュニケーションの基本といえる。

何かを人に伝える時に、相手が「理解している」あるいは「理解していない」ことを、相手の雰囲気で感じ取ることがある。これは「理解している」時は自信のある氣を、「理解」していない時は不安のある氣を相手は発しているからである。氣が交流していれば、相手の発している氣を感じ取ることができ、相手を理解する大きな助けとなる。

合氣道においては、相手の氣の動きがわからなければ技にならない。身体が動く前には必ず氣が動いている。相手の氣を感じ取るからこそ、瞬時に対応することができる。

こちらが何かを伝えたら、相手が理解しているか、相手が発している氣を注意深く見なければならない。そして理解していないと感じたなら、繰り返し伝える。もしくは、違う角度から伝える。結果を残す指導者は、必ず相手の状態をよく見ている。「この前教えたのに、なぜ理解していない?」と、相手を責めているようでは、指導者とは到底いえないだろう。

力ずくで動かそうとすれば相手は反発する

相手の氣を尊重して指導すると、人は成長する。反対に、相手の氣を無視して、自分の思い通りに動かそうとすると、大抵は失敗する。「自分の思い通りに使おう」「利用してやろう」などという自己中心的な心を持っていると、その氣が相手に伝わって反発を招くからだ。

人を動かすのは“力”だけではない。合氣道において、力ずくで相手を投げようとすれば相手は抵抗する。それでは自分より力の強い相手には全く通用しない。相手を投げたければ、まず相手のことをよく理解する必要がある。相手の氣の動きを感じ取り、それを尊重することで相手を投げることができる。

このプロセスは、人とのかかわりによく似ている。相手を無理に動かそうとすれば相手の心は抵抗する。自分の力が強ければ無理に動かすことができるかもしれないが、相手が嫌々動いているのでは、それも長続きはしない。

相手が自分より強ければ、そもそも動かすこと自体ができない。相手の状態を正しく把握し、相手が望むものを理解すれば、相手を導き動かすことができる。

誰かのための努力が自らの成長の糧

指導というと、指導者から生徒への一方通行と捉える人が多い。しかし本来は、相手が発する氣を感知しながら双方向に作用する営みなのである。

双方向のかかわりを持つことで、指導者自身の学びや成長につながる。特に、教えるのが難しい教え子を持った時ほど、指導者にとっては成長のチャンスだといえる。なぜ伝わらないのか、どうすればもっと伝わるのかを試行錯誤する中で、さまざまな伝え方が身についていくからだ。伝わらないのを相手の責任にすれば、指導者の成長は止まってしまう。

反対に、優秀な教え子を指導する場合は、成長したさらに先を指導するために自らを磨くことになる。私はここ3年、米国・大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースに所属する若手最有望選手に氣の指導をしている。トップアスリートである彼らには、1を教えるだけで10も100も学び取る者がいる。指導者としてはより早く、より深く習得できるように指導しようとすると、教え方もさらに工夫しなければならない。それが自分自身の成長につながる。

学ぶ立場にいるだけでは、一定のレベル以上に成長するのは難しい。教える立場になるということは、そのレベルを超えて自分を成長させるための非常に有効な手段だ。

自分のためだけにできる努力には限界がある。誰かのためにする努力こそ、さらなる成長の原動力になるのである。

武道における師匠は自身の総てを任せる存在

武道における師弟関係は、一般的に教え、教えられる関係よりも深い意味を持つ。師弟関係が自己の成長のために、重要な意味を持っている。

師弟関係とは、弟子が、自分の身を全て師匠に預けることだといえる。武道は、知識を得るだけではなく、身につける学びである。自分の了見は一度捨て、師匠から「これは良い」「これは悪い」と評されることを受け入れ、学んでいく。師匠に「やれ」といわれたことは黙ってやる。師弟関係を求めた以上は、これらは学ぶ姿勢として当たり前のことである。

内弟子時代、私は師匠から「寄席を見に行け」といわれたことがある。合氣道を学ぶ自分がなぜ寄席なのか疑問には思ったが、いわれたからには足を運んでみた。面白いという印象を得た以外に、自分自身にどう活かせばよいか全くわからなかった。わからなかったので、わかるまで何度も通ってみた。すると少しずつ見えて来る。同じ舞台に立つ人でも、ベテランと新人では姿勢、顔の向き、視線、話すスピード、間、心の落ち着きなど総てが違う。自分に当てはめてみると、学ぶことばかりであった。その後、合氣道の指導や講演にその時の学びが活きることとなった。現代では、せっかく指導を受けても、「自分には関係ない」「やる意味がわからない」「時間がない」といって、結局やらない人が多い。それでは何も身につかず、実にもったいない。

師匠に身を委ねるという行為は、暗闇の中を、導かれるほうへと歩んでいく様に似ている。先が見えないから怖い。それでも師匠を信じて前に踏み出していくうちに、やがて辺りが明るくなり、道が見えてくる。

しかし師匠選びを誤ると、取り返しのつかないところに連れて行かれてしまう可能性もある。だから師匠選びは重要である。

一つのことを身につけるには、いわれたことを受け入れ、できるようになるまで反復する鍛錬が必要だ。それを可能にするのは師弟関係であり、その師弟関係は師匠と弟子で信頼関係があって初めて成立する。

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