J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2011年08月号

中原 淳の 学びは現場にあり! 第 10 回 日誌とお茶会が伝える現場の知恵 子どもたちも先生も育つ幼稚園の学び 検証現場 成城ナーサリィ・スクール

成城ナーサリィ・スクールは、園児60数名の小さな幼稚園。子ども一人ひとりを尊重し、自主性を育む独自のプログラムを行うことで、地域でも人気の高い幼稚園です。幼稚園の先生たちの学びの場には、なぜか「お茶とケーキ」がありました。

中原 淳 ( Nakahara Jun)氏
東京大学 大学総合教育研究センター准教授。「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。
Blog:http://www.nakahara-lab.net/blog/
Twitter ID : nakaharajun

取材・文/井上佐保子 写真/杉山正直 イラスト/カワチレン

子どもの自主性を育む教育

訪れたのは今年で創立44年を迎える成城ナーサリィ・スクール。桜並木の続く成城の住宅街の一画にある、園児60数名、先生は園長を含めて11名、学生ボランティアが4名という小さな幼稚園です。

朝、ホールに集まった子どもたちは、先生からその日の「フリータイム」活動について説明を受けています。活動メニューは「ホールでの大積木遊び」「紙箱のふたを額に見立てた貼り絵作り」「色紙や毛糸などを使ってのお弁当作り」「空き箱の電車作りと電車ごっこ」の4つ。説明を聞き終えると、子どもたちはその日の気分で、自分がやってみたい活動を選び、お目当ての教室へ向かいます。

各教室では、年次の異なる子どもたちが一緒に工作をしたり、ホールの大積木を使ってみんなで忍者屋敷を作ったり……。みんな夢中になって取り組んでいます。

成城ナーサリィ・スクールでは、年齢別のクラスごとに行われる活動もありますが、その日の活動を子どもたち自身が選ぶ「フリータイム」と呼ばれるオープンクラスの活動が週に3回あり、教育の中心となっています。自ら活動を選ぶことで、「やらされる」のではなく、主体的に活動に参加する姿勢が生まれ、自分で考え、自分で行動する習慣が身につくといいます。また、3歳から6歳までの子どもたちが一緒に活動することで、縦の関係が生まれるメリットもあるようです。

「自分の好きにしていい」といわれると、経験のない新入社員は何をすればいいかわからない。しかし、選択肢を与え、その中から選ぶことは難しくない。それは子どもも同じ。自主性を育てるには、ステップが必要。まずは他律から始まり、自律に向かうのだ。

やりたいことができる幼稚園

自分がやりたいことが自由に選べる幼稚園――子どもたちにとっては嬉しい環境ですが、先生方にとって、簡単なことではありません。

毎回、プログラムを考えるのも大変ですが、それに加えて参加人数や参加者の年齢が当日にならないとわからない、という難しさもあります。たとえば、工作なら、必要な画材や道具を多めに準備しておく必要がありますし、はさみを使う作業などは低年齢の子どもに危険がないよう、気を配らなくてはなりません。

また、同じ学齢の子どもが集まるとは限りません。異年齢の即席の集団に即座に対応しなくてはならないのです。その授業運営は、即興的(インプロヴィゼーション)な対応を求められます。

園の特色はフリータイムだけではありません。子どもたちが活動に熱中している時は、時間を延長し、昼食の時間が変わることもしばしば。また、天気のいい日には「近くの公園にお散歩に出かけましょう」とその日の予定を全て変更することもあるそうです。

こうした枠に捉われない自由さは、伸び伸びとした子どもらしさや自主性を引き出す一方、予定が計画通りに進みにくい、より安全に気を配らなくてはならない、といった側面もあり、職員、そして保護者からの理解がなければ成立しません。

成城ナーサリィ・スクールでは、こうした特色ある教育をどのようにして実現しているのでしょうか。

判断を保留して受け入れる

「明文化された理念や理想の子ども像は特にないんです。あえて言葉にするなら、良い子ではなくいい子ども。遊んで笑って泣いて、子どもが子どもらしく、その子らしくいられるように、という感じでしょうか」

成城ナーサリィ・スクールの理念について、牧村雅美園長はこう話します。ただ、子どもたちに向き合う際、大切にしている行動指針があるといいます。それは「いったん、判断を保留して受け入れる」こと。

たとえば、入園したばかりの子どもたちは、泣いたり、騒いだり、集団行動ができない場合も多いもの。そんな時も、頭ごなしに叱ることはせず、「どうして嫌なの?」と尋ね、「そうか、ママがいいのね」、「お庭が嫌なのね」というように、まず、子どもを受け入れるといいます。

「園は子どもたちにとって居心地のいい場所でなくてはなりませんから、まず1人ひとりの子どもを受け入れ、安心させる。それが園の方針です」

こうした理念、価値観は、言葉にせずとも、先生や職員の中でしっかりと共有されています。というのも、この園で働く先生や職員は、卒園生や元園児のお母さんという人が多く、学生ボランティアもほとんどが卒園生やその知人だから。成城ナーサリィ・スクールの理念や特色をよく知っている人を先生として採用し、学生の場合も、インターンのように長期間働いてもらってから受け入れているのです。これは入園希望者に対しても同様で、入園説明会を開くかわりに、年間を通していつでも親子での見学を受け入れ、体験してもらうようにし、居心地が良いかどうかで入園を判断してほしい、という姿勢を貫いています。

「説明会はない。見学し、体験してほしい」というのは、「感覚」でしか伝わらないもの=暗黙知を大事にしているということ。一言で伝えきれない価値観を、体験して共感してもらい、入園してもらうのだ。

日誌が伝えるベテランの知恵

では、先生の育成はどのように行われているのでしょうか。

先生の仕事は、前の担任の先生から前年度の活動について詳細に記した日誌をデータごと手渡されることで引き継がれます。この日誌には、日々の細かな活動記録の他に、気づいたことや、反省点などがこと細かに記されています。新年度の先生はこの日誌を参考に、新たな日誌を作る作業を通して、年間計画やカリキュラムを作成していきます。

4月に新卒で入ったばかりという松岡南先生が、「最初の頃は、前年の日誌をまるまる写して、カリキュラムを作っていました。日誌を読むと、『去年も最初は落ち着かなかったんだな』とか、『この時はこうしたらうまく行った』といったことがわかりとても参考になります」と、話すように、前任者の日誌は、業務マニュアルであり、有益なアドバイスの詰まった参考書にもなっています。

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:2,445文字

/

全文:4,890文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!