J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年08月号

巻頭インタビュー 私の人材教育論 社会を俯瞰する目線と技術を極める探究心で50年先の事業を創る

人と機械が調和した理想的な工場、「アンマンドファクトリ」。1960年代に当時の技術者が生んだ概念は、安川電機の大きな事業の柱となった。その基盤となった技術を極める執念と、本質への洞察力は、ベテラン社員から脈々と同社の中で受け継がれている。そして、2015年に創立100周年を迎える同社は「アンマンドファクトリ」に続く新たな事業を創造する人材の育成に乗り出している。


津田 純嗣(Junji Tsuda)氏
生年月日 1951年3月15日
出身校 東京工業大学工学部
      機械工学科
主な経歴
1976年3月 安川電機製作所
      (現・安川電機)入社
1998年6月 米国安川電機
      取締役副社長
2003年8月 安川電機モーションコントロール事業部
      インバータ事業担当部長
2004年3月 モーションコントロール
      事業部 インバータ事業
      統括部長
2005年6月 取締役 モーションコントロール事業部
      インバータ事業統括部長
2006年3月 取締役インバータ事業部長
2007年3月 取締役ロボット事業部長
2009年6月 常務取締役 
      ロボット事業部長 兼 
      ロボット事業部
      産業用ロボット事業
      統括部長 兼 営業統括本部
営業担当
2010年3月 取締役社長 
      人づくり推進担当 兼 
      営業統括本部長
現在に至る

安川電機
1915年設立。以来、電動力応用、産業オートメーションの推進、メカトロニクスの創造、ロボットと、常に時代の先端産業・技術を支え続けている。日本を含め世界25カ国に事業拠点、9カ国に生産拠点を持つ。
資本金:230億6200万円、連結売上高:2968億4700万円、連結従業員数:13,628名[臨時従業員を含む](すべて2011年3月期現在)

インタビュアー/赤堀たか子
Interview by Takako Akahori
写真/飯山翔三
Photo by Syouzou Iiyama

技術を極める執念と本質を探る洞察力

――貴社は、産業用ロボットをはじめ、世界シェアナンバーワンの製品や技術をお持ちです。いくつもの世界一を生み出せる秘訣は、どこにあるのでしょうか。

津田

当社は、サーボ(機械等の動作を制御する装置)、インバータ(モータの回転数を制御する装置)、ロボットという3つのグローバルナンバーワン事業を擁しています。こうした世界トップの技術を生み出す基盤をつくるうえで重要な役割を果たしたのが、サーボモータの開発と事業化に携わった2人の技術者です。

1人目は、サーボモータを開発したモータ技術者です。ちなみに、サーボモータは、1958年に安川電機が世界で初めて開発した製品です。

当時、機械は油圧で駆動するものが一般的で、電動では油圧と同じ能力のものは造れないとされていました。しかし、当社のその技術者は、モータだけではなく制御にも着目。そして、当時、米国のGEが世界で初めて電力制御用の半導体(サイリスタ)を開発したのですが、そのサイリスタを活用した制御装置を造れば、従来の10倍の性能をモータから引き出せることを直感したのです。

その人はさらに、「モータも改良すればもっと高い性能が得られるはず」と考え、2年間の試行錯誤の末、とうとう従来比100倍という画期的な応答性の高い電動のサーボモータを開発しました。

開発に当たっては、ロータにプラスチックを使うなど、当時、誰も思いつかないような大胆なアイデアを採り入れました。その結果、無理だとされてきた開発を成功させることができたのです。

この技術者の立ち位置の高さ、開発に対する執念の深さ、新しい技術に対する感受性の強さは、当社の技術開発者のあるべき姿となりました。そして、この姿勢が「技術者は新しいことに挑戦し、世界初を開発すべし」という組織風土の醸成につながっていったのです。

――もう1人は、どんな方だったのですか?

津田

どんなに画期的な技術を開発しても、それだけで会社が成り立つわけではありません。開発した技術が事業になって初めて企業は成り立つのです。その面で大きな貢献をしたのが、もう1人の技術者でした。この人は、技術部門の管理職だった人ですが、開発した技術や製品を単に売るのではなく、それらが世の中でどう使われるかということを考えて事業戦略を練ったのです。

お客様の機械(メカ)に当社の製品(エレクトロニクス)を組み合わせることで、機械の機能をより高める「メカトロニクス」という概念を考え出し、これをもとに、機械化により働く人の負荷を軽減した効率的な工場=「アンマンドファクトリ(同社の造語)」という概念を打ち出しました。人とロボットが共生する工場というコンセプトです。そして、それを実現するために必要なサーボモータや制御装置を開発し、提供するという事業の方向性を確立しました。つまり、商品を持って売り先やアプリケーションを探して右往左往するのではなく、事業を展開していく道筋を示したのです。

この発想がなされたのは、50年近く前ですが、現在でも世の中は、この「アンマンドファクトリ」を志向する方向で動いており、この先20年も、それは変わらないでしょう。この人が、高い視点で長期的な社会の動きを見据えて事業の方向性を示したことで、これだけ長期的なスパンで取り組める事業を構築することができたのです。

――その結果、技術開発の方向性も明確になり、優れた技術が開発できたのですね。

津田

はい。ただ、“お客様の機械と当社の技術を組み合わせ、最適なシステムを構築する”という「メカトロニクス」の考え方が会社全体に定着するまでには、いくつもの失敗もありました。

たとえば、工作機械の制御装置もその1つでした。当社は、この分野に比較的早い時期に参入し、高いシェアも持っていたのですが、先にご紹介した圧倒的な応答性を持ったサーボモータを適用することに固執してしまいました。

本来、「工作機械はこう動くから、制御装置はこうあるべき」という観点で開発すべきところを「この制御装置が使える工作機械は何か」という、全く逆の観点で事業を進めた結果、うまくいかなくなってしまったのです。

当社で失敗した事業の多くは、こうした「どのように利用されるかを考えて商品を開発しなかった」ものでした。そうした経験を重ねていく中で、最近は、「お客様の声を聞きながら商品企画をしていく」というスタイルが仕組みとして定着しつつあります。その結果、お客様からも「対話力がある会社」という評価をいただけるようになってきました。

大きな仕事の成功と上司の導きが自信と意欲に

――ところで、社長ご自身は、工学部を卒業後、安川電機に入社され、営業畑を歩んでこられたそうですね。営業職は希望されたのですか?

津田

いいえ、会社の方針でした。ただ、そのことについて不満や不安はありませんでしたね。“工学部だから研究部門に”と考える人もありますが、私は、研究職へのこだわりはありませんでした。というのも、私はいろんなことに没頭できるタイプで、取り組んだものはやっているうちにだいたい好きになれる。ですから、どういう方面に進んでもやっていけるだろうと思っていたわけです。

実際、これまで一貫して営業畑を歩いてきましたが、仕事は本当に楽しかったですね。

――「あの仕事は自分を成長させてくれた」と思うのは、どんなご経験ですか?

津田

大きな課題に挑戦することで人は成長しますが、私にその機会を与えてくれたのが、ある支店長(上司)でした。

まだ課長にもならない頃の話ですが、当時私は、工場を新設する予定の企業にインバータを売ろうとしていました。お客様にとって最も理想的な工場をつくるため、工場全体のあるべき姿から機械・設備を考えて、必要となる製品を企画していたのですが、それを見た支店長が、「そこまでわかっているのなら、いっそ工場全体の設備をやったらどうだ」といったのです。

私はあわてました。というのも、当初売るつもりでいた製品以外は、当社にはないものばかりで、設備全体を手掛けるとなると、それらもすべて開発しなければならなかったからです。当社の手に負えるだろうかと不安に思いながら取り組んだ私をその支店長は、全面的に支えてくれました。開発パワーが足りないと思うと、人を投入して開発力を強化するよう工場に働きかけるなど、さまざまな形でバックアップしてくれたのです。そのおかげで、当初はとても無理だと思われた大プロジェクトを見事成功させることができました。

さらにその人が素晴らしかったのは、「この仕事は全部津田がやった」と、仕事の成果を全て私の手柄にしてくれたのです。

当時まだ私には、会社を動かす力はありませんでしたが、その支店長は、私が会社を動かしたように見せてくれました。この経験で私は、「自分の可能性の壁、会社ができる仕事の壁をとっぱらい、お客様にとって一番いいものを提案することが重要」だと実感しました。

部下を信頼して難しいことに挑戦させ、できたらほめることで人を育てる――。まさに、「やってみせ 言って聞かせ やらせてみて ほめてやらずば 人は動かじ」といった山本五十六の言葉を体現したような人でしたね。

――もし失敗したら、その人も責任を負うことになるのですから、上司の方にとっても大きな挑戦だったわけですね。

津田

そうです。無茶をする人は他にもいましたが、あのクラスであれだけの無茶をした人を私は知りません(笑)。

実は、この支店長、先ほどの「アンマンドファクトリ」を構想した技術者のすぐ近くで働いたことがある人だったのです。目先の実現可能性ではなく、その仕事を一段高いところから見て、本質を捉えることの大切さを知っていた人だからこそ、「このプランが実現できれば、理想の工場がつくれる」と考えたのでしょう。だから、高いハードルにもあえて挑戦させたのだと思います。

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