J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2011年06月号

人材開発のミッションは 仕事で人が育つ仕組みづくり

コンピュータ制御が進む自動車業界
では、ソフトウェアに対する需要が高
まっている。自動車部品メーカー大
手のデンソーでも、こうした状況を
受け、ソフトウェアの開発体制を刷新
するとともに、人材の育成にも一層
力を入れている。開発エンジニアの
教育を企画・設計する福田淳一氏は、
「教育では、人は育てられない。教
育に求められるのは、“主体的に学び、
成長しようという行動を引き出すキッ
カケをつくること”だ」と語る。自
身もエンジニアでありながら、15年
の長きにわたってソフト開発の教育を
担当してきた福田氏に、エンジニア
育成への思いについて伺った。


福田 淳一氏
1993年デンソーに入社。3年間ソフト開発手法
を研究した後、1996年からは、ソフト開発プロ
セスの構築に携わる一方、電子技術部内のソ
フト開発者の教育を担当。さらに、2001年から
は、全社のソフトウェア開発者の教育も担当し
ている。

デンソー
愛知県を本拠地とする、大手自動車部品
メーカー。前身は、トヨタ自動車の開発
部門であり、1949年トヨタ自動車から分
離独立。1996年に現在の社名に変更した。
現在、世界30以上の国と地域で事業を展
開している。
資本金:1874億円(2011年3月31日現在)、
売上高:3兆1315億円(連結、2010年4月
1日~2011年3月31日)、従業員数:12万
3165名(連結、2011年3月31日現在)

取材・文/赤堀たか子、写真/吉田三郎

エンジニアと人材開発二足のわらじで15年

デンソーでソフトウェアエンジニアの人材開発を担当するのは、電子プラットフォーム(PF)開発部ソフトウェア業革室技術2課長の福田淳一氏だ。

同社がソフトウェアエンジニアの育成を始めたのは、1996年のこと。近年、自動車は、コンピュータ制御が進み、ソフトウェアの需要が拡大するとともに求められる付加価値も高まっている。しかし、デンソーでは、それまで主力製品がハードウェアだったこともあり、ソフトウェアエンジニアの育成の仕組みが、なかったのだ。

そこで、新しいニーズに対応すべくスタートしたソフト開発の構造改革の一環として、ソフトウェアエンジニアの育成・強化を開始した。

当時、入社4年目の福田氏も、上司がこの取り組みの責任者だったことから、構造改革のメンバーとして参加し、人材開発にも取り組むことになった。

以来、15年間、ソフト開発と人材開発という“二足のわらじ”を履き続けている。

エンジニアとして入社しながら、人材開発という本来外の業務も担当しなければならなくなったことについて福田氏は、次のように語る。「ソフト開発と人材開発の二足のわらじを履くことには、特に抵抗はありませんでした。それどころか、やればやるほど人を育てることの難しさ、面白さを感じ、できれば、この仕事に専念したいと考えることがあるほどです。人材開発の仕事に魅了されているのかもしれませんね」

“失敗”を経験する研修で気づきを引き出す

人づくりという生身の人間を相手にすることの楽しさと難しさに魅力を感じる福田氏が考える理想の人材像は、「自分で考え、主体的に取り組める人」だという。しかし、福田氏は、「教育で人を育てることはできない」とも指摘する。「人は経験を通じて育つものです。いくら教育をしたところで、本人に気づきが生まれなければ、人は成長できない……。だからこそ教育を“学ぶきっかけづくりの場”と位置づけ、主体的な学びを引き出すための独自の施策が必要になるのです」

その1つが、「“失敗”を経験させる教育研修」だ。あらかじめ受講者が失敗するような仕掛けを盛り込んだケーススタディを行い、実際に失敗した受講者が、“なぜ失敗したか”、“どうすれば失敗を避けられたか”といったことを考えるというものだ。「私たちより上の世代は、仕事の中でたくさん失敗し、叱られることで、いろいろなことを学んできました。しかし、最近は、組織も仕事も細分化され、失敗しづらい環境がつくられています。そのため若い人たちは、失敗する機会が減っています。ミスを減らすための取り組みが、結果として、若手にとっては自分で考え、工夫する習慣が身につきづらい環境になってしまっているんです。ならば、教育研修で失敗を経験させることで、考えたり気づいたりするきっかけにしようと考えたのです」

研修の運営は、デンソーグループの専門会社に任せているが、プログラムは、福田氏自身が企画・設計している。気づいてもらうために、プログラムのどこにどんな失敗を盛り込むかといったことを細かく作り込んでいくという。「こちらの目論見通りに、受講者が失敗し、そこで気づきを得た時は、開発者冥利に尽きますね」と語る様子は、まさに、エンジニアそのものだ。

福田氏の育成へのこだわりは、知識を教える教育でも、気づきや主体的な取り組みを引き出すための工夫を凝らすという点にある。「基礎知識の教育では、膨大な知識を洪水のように与えます。じっくりわかるまで説明するといった丁寧な指導は、あえてしません。短期間に大量の知識を身につけなければならない状況に置かれることで、危機感を持ち、主体的に学ぶようになると考えています」

教育に加え、人材育成では、ローテーションも重要な要素となっている。実は、同社では、これまで部署を横断する異動は活発ではなく、エンジニアは、専門分野を掘り下げていればよかった。

しかし、電子PFのように異なる装置を1つの基盤上で動かすシステムが主流になれば、エンジニアも、専門分野以外の知識や他部署とのコミュニケーション能力が求められる。そこで、ローテーションを行い、新しい仕事を経験させることで、幅広い知識をつけ、対人能力も鍛えようというわけだ。

こうしたローテーションは、2007年から電子PF開発部で実験的に始まり、10年からは、全社のエンジニアを対象に展開している。

ただし、福田氏は、「全員が異動しなければならないというわけではない」ともいう。「新しい環境を経験することで伸びる人がいる一方、1つの分野を極めるほうが能力を発揮しやすいという人もいます。ですから、ローテーションも、人の特性を見ながら、対象者を決めることが大切なのです」

とはいえ、特に、若い時は、各人の持つ能力は未知数で、新しい経験がそれまで気づかなかった能力を引き出す可能性が高い。「私自身、研究室にこもって実験するのが好きで、人前で話すのは苦手なタイプだと思っていました。ところがこの仕事で多くの人と接するうち、“人前で話すのが得意だろう”と周囲からいわれるほど、対人関係能力も磨かれてきました(苦笑)。だからこそ、本人が気づいていない部分も含め、それぞれの能力を引き出せるように、性格診断なども活用したローテーションの仕組みづくりを進めています」

試行錯誤が導いた結論“人は仕事でしか育たない”

さまざまな施策を打ち出してきた福田氏だが、ここに辿り着くまでは、試行錯誤の連続だったという。

人材開発を任され、最初に取り組んだのは、中堅のエンジニアを対象にした基礎知識の教育だった。「この層は、仕事そのものはできる人たちだったので、基礎知識を身につければ、“鬼に金棒”で、開発力も伸びるはずだと思いました」

社内検定を新設したり、情報処理試験の受験を推奨したりと、教育した内容の習得度を測り、意欲を高める工夫もしてみたが、主体的な学びには結びつかなかった。

そこで今度は、“求める能力を明示する”方法をとってみた。仕事をするうえで必要な能力を示し、今、持っている能力との差を診断によって示したのだ。これにより、自ら能力向上に努めるだろうとの判断からだったが、これも、取り組み状況は、人によりバラつきがあった。「同じ目標を掲げても同じように取り組むとは限らない。人により、得意・不得意がある」という結論を得た福田氏は、「やりたいこと」と「仕事」をマッチングさせる「適材適所」に取り組み始めた。

そこで、新しい仕事を経験することで、気づかなかった可能性を発見し、仕事の幅を広げようと、行き着いたのが、ローテーションだった。

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:2,428文字

/

全文:4,856文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!