J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年08月号

連載 中原淳の学びは現場にあり! 第16回 人もイルカもほめて育てる!?水族館 イルカと共に成長するトレーナーたちの学び 検証現場 新江ノ島水族館

新江ノ島水族館は「えのすい」の愛称で知られる湘南江の島にある水族館。中でもイルカ・アシカショーは人気です。動物たちと共に、観客を魅了するショーをつくり出すトレーナーたちは子どもたちの憧れの的。そんな華やかなショーの舞台裏を訪ねました。

中原 淳 ( Nakahara Jun)氏
東京大学 大学総合教育研究センター准教授。
「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。
Blog:http://www.nakahara-lab.net/blog/
Twitter ID : nakaharajun

[取材・文] = 井上佐保子 [写真] = 真嶋和隆 [イラスト] = カワチレン

新江ノ島水族館は、2004 年に前身の江の島水族館からリニューアルオープンした遊びながら学べる「エデュテイメント型」水族館。その見どころの1つとなっているのが湘南海岸に臨むイルカショースタジアムで行われるイルカ・アシカショーです。現在、新江ノ島水族館では、バンドウイルカを中心にイルカ・クジラ15頭、他にアシカやアザラシなどを飼育しています。

イルカ・アシカショーでは、江の島の風景を眺めながら、ダイナミックなイルカのジャンプや、愛嬌たっぷりのアシカの演技を楽しめます。トレーナーの合図通り、次々と技を披露する動物たちの知能の高さに感心すると同時に、トレーナーたちが、言葉の通じない動物たちと心通わせる姿にも感動を覚えます。

トレーナーたちは、どのようにしてこの魅力的なショーをつくり出しているのでしょうか。トレーナー歴22 年、海獣類チームリーダーの奥山康治さんにお話を伺いました。

多忙なトレーナーの1日

「新江ノ島水族館の海獣類チームのスタッフは獣医等を含め23 名。そのうちトレーナーは19 名で、20 代から30 代が中心です」

トレーナーの1日は朝7時半の動物たちの見回りから始まり、その仕事内容は、多岐にわたります。1日に3-5回、ショーに出演する他、1回10 分程のイルカ、アシカのトレーニングを数回、朝夕の健康チェック、プールや獣舎の掃除、給餌、水質検査や日誌の記入……など夕方まで分刻みのハードスケジュールです。

おまけに厳寒の冬でもウェットスーツ姿でショーを行い、冷凍の魚を扱ったり、重い餌を運んだり、体力的にもハードな仕事だといいます。

トレーナーになるための資格などは特にありませんが、プールでの潜水作業などもあるため、潜水士の資格は全員が持っています。

新人は作業からスタート

トレーナーになってまず任される仕事は、餌運びや掃除など、動物に直接触れることのない作業です。慣れてきたら、先輩の仕事ぶりを見ながら覚え、徐々に難しい仕事を任されるようになります。「新人がまずできなくてはならないのは個体識別です。トレーナーとして一番重要かつ難しい仕事はイルカの健康管理。毎日健康チェックが行われ、1 頭1 頭、1日の摂取カロリーまで決まっています。そのため、泳いでいても、ぱっと見分けがつくようにならないと仕事になりません。初めはどのイルカも同じに見えますが、じきに違いがわかってきます」

イルカはそれぞれ担当が決まっており、通常、イルカ1頭につきメイン担当が1人、サブ担当が2人ついています。新人トレーナーはまず、何頭かのサブ担当になり、イルカに顔を覚えてもらうのだそうです。

最初はイルカと直接かかわることのない作業を行い、徐々に仕事に必要なスキルや知識を習得していきながら、やがて一人前のチームのメンバーとなる、というのは、まさに正統的周辺参加のプロセスそのものだ。

待つこともトレーニング

トレーニングは、トレーナーの重要な仕事の1つですが、これはショーのためだけに行うのではありません。トレーニングやショーをやることは、知的好奇心の強いイルカたちに刺激を与える、運動不足を解消する、体調のチェックをするといった意味もあります。ちなみに、日常の健康管理、採血や検温もトレーニングの一環としてやっているそうです。

実際に、トレーニングの様子を見せていただきました。数頭が一緒にプールに放され、イルカの数以上のトレーナーがプールサイドに立っています。ベテラントレーナーと一緒に、見事なジャンプをしてはほめてもらう、といった調子で技の練習をしているイルカもいれば、ただトレーナーの後について泳いでいるだけのイルカや、新人トレーナーと戯れているだけのイルカもいるようです。「イルカのトレーニングは必ず全員同時に始め、同時に終わります。というのも、好奇心の強いイルカにとって、トレーニングは楽しい遊び。1頭だけがトレーニングをしていると、『あのイルカだけずるい』と、他のイルカが、嫉妬して拗ねてしまったり、その1頭を攻撃したりすることがあるからです。イルカを平等に扱うために、1対1で向き合っています」

確かに、トレーナーは2 頭一緒に見ていることはなく、一人ひとり、相手をするイルカが異なっています。

「トレーニングは大技をやるだけではありません。脇で静かに待つことも種目の1つ。トレーナーは『よく待てたね』とほめてあげます。そうしないと、ショーの時も待っていてくれません」

平等に接しなければならないというイルカの性質のため、トレーニングは必ず数名で行わなければならない。だが、それが、新人トレーナーにとって、先輩トレーナーの様子を見たり、自分のトレーニングを見てもらったりと、直接学べる機会を生み出している。

イルカの学び3つのポイント

イルカのトレーニングは、良い行動をやった時に、好物の魚をあげることで、強化する(その行動がもっと頻繁に起こりやすくする)「オペラント条件付け」という動物行動学に基づく方法で行います。いいジャンプをした時に、ほめることでその行動が出やすくなるようにしているのです。

とはいえ、単に魚さえ与えればトレーニングができるというものでもありません。奥山さんによると、イルカトレーニングの際に大切なポイントは、信頼関係、楽しませること、ほめること、の3つだそうです。

1つめの“信頼関係”ですが、イルカは社会性の強い動物。信頼関係がないとサインにも反応しません。信頼関係を築くためにはとにかく顔を覚えてもらうこと。そして、イルカをよく観察し、機嫌を取り、遊んであげることが大切なのだそうです。

トレーナー歴4 年の森田さんは、ショーで息の合った演技を披露しているアシカのマミの身体に触れるまで、1カ月ほどかかったそうです。「最初は警戒され、掃除をするにも獣舎から出てもらえなくて……。とにかく慣れてもらおうと、暇さえあれば顔を出し、話しかけたり遊んだりしていました。今では僕に撫でてもらうのが大好きなんですよ」(森田さん)

2つめの“楽しませること”ですが、イルカにとってはトレーニングもショーも遊びの1つ。イルカは、イルカ同士よりもトレーナーと遊ぶほうが楽しそうだ、と思わない限り、トレーナーのもとにやってきません。「イルカを楽しませるためには、まず、人のほうが楽しまないと。嫌々トレーニングをやっても、イルカは見抜いて乗ってこないのです」

また、イルカは同じことばかり繰り返すと飽きてしまいます。その点、ベテラントレーナーは、瞬時にイルカの状態を見極め、イルカを飽きさせずに楽しませることができます。また、ホースで水をかけたり、ボールで遊ばせたりなど、楽しませるための遊びのレパートリーも豊富です。

新人トレーナーは、そうした技術、スキルを先輩のやり方を見ては実践し、アドバイスをもらう、といったことをトレーニングの現場で繰り返し行いながら学んでいきます。

3つめの“ほめること”ですが、基本的にイルカのご褒美は魚です。しかしイルカは朝晩、給餌の時間にも魚を食べています。にもかかわらず、ご褒美として魚をもらうことがモチベーションとなるのは、イルカにとって“ほめてもらう”こと自体が楽しいことだからです。

そのため、魚を与える際は、タイミングや量が重要です。

「新人だと、それほど良い行動をしたわけでもないのに、多くあげ過ぎたり、ほめるべき時にあげなかったりします。ベテランになると、魚をあげるだけのことでも、イルカをワクワクさせることができるのです」

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