J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年10月号

Opinion 1 生産現場をその目で観察して「問題発見力」を高める支援を

現在、日本企業のものづくりを支える現場人材の構成と育成は、どのような課題に直面しているのだろうか。急速に生産拠点のグローバル化が進む中で、今後重要なのは、現場に深く入り込み、自力で現場を変えていくリーダーであるがそのようなリーダーの育成には、どんな視点を重視すべきだろうか。自身が現場に入り込んで研究を行ってきた河野宏和教授に、企業、人事に求められる環境づくりと取り組み姿勢について聞いた。

河野 宏和(こうの・ひろかず)氏
1980年慶應義塾大学工学部卒業、1982年同大学院工学研究科修士課程、1987年博士課程修了。同年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助手、1991年工学博士、1991年助教授、1998年教授に就任。2009年10月より現職。1991年7月より1年間、ハーバード大学ビジネス・スクールヘ留学。アジア太平洋ビジネススクール協議会会長、IEレビュー誌編集委員長、TPM優秀賞審査委員、日本経営工学会副会長を務める。

[取材・文] = 西川敦子 [写真] = 中村博昭

ものづくりの現場は今どうなっているか

「ものづくりを支える中核人材」を、生産ラインの職長、班長クラスと捉えると、日本企業には、極めて優れた人が多くいる。もちろん、そうした人材の高齢化と技能伝承は多くの企業が苦労している課題であるが、人材が不足しその育成が急務という指摘はあまり的確ではないだろう。

QCD(品質、コスト、納期)を守って顧客に製品を提供するだけでなく、責任を持って部下を守り、さらに改善活動によって現場を向上させていく能力と意欲を併せ持つ――決して派手ではないが、こうした人材がものづくり企業の屋台骨を支えている。

しかし、彼らがその能力を充分に発揮し、実力に見合ったポジションに就いているかというと、残念ながらそうは思えない。人事制度という壁もあるが、それ以上に、改善能力に優れた人材を評価すべき本社サイドの人たちの考え方と現場の間に、より大きな壁があるのではないだろうか。

ものづくり企業において実際に付加価値を生み出しているのは生産現場である。しかし本社の管理職層や人事担当者、また企業の経営層の多くは、書類や会議を中心としたデスクワークに重点を置いている。生産現場に自ら足を運ぶことなく、本社のオフィスで物事を決めていくやり方には疑問を感じる。

改善活動に熱心なある企業では、設備投資関連の役員会を、現場で対象設備を囲みながら開いている。実際に設備を目にすると、不要な機能や過剰なスペックが見えてくるうえに、役員会用の書類は全く必要なくなる。私が第一に指摘したいのは、ものづくりの中核人材について考える時、こうした現場重視の姿勢で取り組んでいるかということである。

もう一つ、私が日頃から重要だと考えているのが「長期的な視点」である。たとえば、生産現場での改善活動の多くは、短期的には成果が見えにくい。しかし、不良品や設備停止を限りなくゼロに近づけることで、長期的に生産性が向上し、結果として販売能力が向上し、それが受注増や新規受注につながり、利益を向上させる。

残念ながら、近年では、欧米的な経営スタイルの影響もあって、四半期ベースといった短期的視点に重心が置かれるケースが多い。根本的な体力、体質の向上よりも、目先のコスト削減などに視線を向けがちな管理職が増えている。

雇用環境もまた、ものづくり人材の育成にとってマイナスに働いている。生産部門自体、あるいはラインの一部を外部の業者に委託するメーカーが増えている。だが、こうした現場では、メーカー側は、委託会社を通して指示や提案を行わねばならない。その間に生産品目が変わってしまえば、現場は改善の貴重な機会を失い、職長や班長たちも自らの改善能力を生かせなくなる。「自分が考えた改善案を実践し、次なる問題の解決に向けてさらに勉強する。やがて、資材調達、営業、情報システムといった関連業務にも関心が向き、広範な知識や実務経験が身につく。結果として、大人数を束ねるリーダーシップが発揮できるようになる」という長期的な人材育成の道筋も、結果的に失われてしまうのである。

企業には人材を育成する責任がある

今後のものづくり人材の育成に思いを馳せる時、他にも大きな不安要素があることに気づく。それは、パートや派遣社員など、外部化された人たちの育成という問題である。

雇用や保険などが充分に確保されず、将来の保証がないまま単純作業に従事する人が増え続けた場合、彼らのモチベーションをどのように支え、能力を伸ばせばいいだろう。果たして日本の製造業を支える人材の質を維持できるのだろうか。

企業には人材を育成する責任がある。原材料や設備など、製品を生み出すのに直接かかるコストだけでなく、人を育てる活動にコストをかけない限り、次第に品質を上げてくる競争相手に太刀打ちできない。

それゆえ、人事担当者には、短期的なコスト削減に固執するのではなく、日本の製造業の未来という広い視野で見た人材育成方針を持ってほしい。それは、企業という組織体に課せられている使命と言って良いだろう。

身につけるべきたった1つの力

それでは、次世代の製造現場を担う中核人材――すなわち、班長、職長候補となる人材をどのように育成すべきだろうか。「より広い範囲の知識を身につけさせたい」「もっと資格を取得させたい」といった声もあるだろう。しかし、私が何よりも強調したいのは、「問題発見力」の重要性である。

そもそも、日本の学生は、小学校時代から、あらかじめ与えられた問題に回答する訓練ばかりを受けている。その延長なのか、自ら問題を見つけ出すことのできない人が多い。

たとえば、「時々クレームはあるが、大体において顧客の希望通り行っているし、納期もそれほど遅れていない。まあ、うちはちゃんとやれているほうだろう」と思っている人はいないだろうか。実はこういう考え方こそ、深刻な病気なのである。「うちには問題などない」と安心していると、競争相手に即座に足元をすくわれてしまう。

また、問題とは、あるべき姿、ありたい姿と現状とのギャップである。したがって、問題を発見するためには、まずはあるべき姿・ありたい姿を描かなければならないが、それは意外に難しい。現状にこだわっていては「あるべき姿」は描けない。不良ゼロ、設備停止ゼロをイメージしても、できるわけがないと思ってしまえば、それはあるべき姿とはならない。

あるべき姿に限りなく近づけようと考えると、いくらでも改善すべき余地が見えてくる。「品質不良をなくせないか」「無駄な工数はないか」と自らに問いかけ、今よりも望ましい状況を思い描く力。そこから、現状で不足していること、必要なものに当たりをつける能力。それらがあれば、後は関係者と適切にコミュニケーションしながら行動するだけでいい。知識やスキルよりも、問題自体に気づかないというほうが、はるかに深刻な状況である。

問題発見力は現場でこそ身につく

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