J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年11月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 地域とともに健康を考え患者中心の看護を実践 医療生協さいたま生活協同組合

医療生協さいたま生活協同組合(以下、医療生協さいたま)は、埼玉県内6つの医療生協の合併で1992年に誕生。保健予防、医療、介護の安心ネットワークを構築してきた。人材育成にも力を入れ、地域ニーズに応える医療従事者を育成している。法人看護統括理事の牛渡君江氏は、看護師、保健師、助産師からなる看護部の教育制度を構築。「地域とともに、産み・育み・看とる」の理念のもと、キャリア別の教育システムをつくり上げてきた。牛渡氏がめざす「地域主体の医療」「患者中心の看護教育」とはどのようなものなのか、話を聞いた。

牛渡 君江(Kimie Ushiwata)氏
1980年、医療生協さいたま生活協同組合の前身である埼玉中央医療生協に入社。20歳代後半から、看護教育担当を務める。2002年に生涯教育制度を体系化し、保健予防活動を推進させる。2004年、法人理事に就任し、けんこう文化分野と看護分野を担当。目白大学大学院看護学研究科看護学専攻修士課程において、コミュニティ看護分野について学び、看護学修士になる。

医療生協さいたま生活協同組合
1992年、埼玉県内にある6つの医療生協の合併により誕生。埼玉県内を中心に、401床の埼玉協同病院をはじめ、4病院、診療所、老人保健施設、ケアセンター、在宅介護支援センターなど、38の事業所を展開する。全事業所を合わせた職員数は2453名。(2011年3月末日現在)

文/千葉雅夫、取材・写真/中村博昭

地域全体で看護力を向上させる

牛渡君江氏が、医療生協さいたまの前身である埼玉中央医療生協に入社したのは1980 年。医療生協に入った理由を牛渡氏はこう語る。

「医療生協(現在は医療福祉生協と名称変更)が掲げる『個人が尊重され、社会的不平等のない医療・福祉制度をめざす』という理念に共感しました。家庭環境などの差によって、受けられる医療に差が出ることは望ましくないと思ったのです」

牛渡氏が共鳴した医療福祉生協とは、医療・介護事業を通じて健康な暮らしづくりをめざす生活協同組合のことだ。生活協同組合では、組合員が出資する資金を元手に、病院や診療所などの運営をする。そのため、組合員の意見を取り入れながら、地域医療の向上を図ることができる。地域の手で地域のためになる病院を運営しているというわけだ。

全国40 都道府県に115の医療福祉生協があり、組合員数は約270万世帯に及ぶ。医療生協さいたまは、23万人を超える組合員が所属する日本最大の医療福祉生協だ。

「医療生協さいたまは、組合員のサポートを受けながら経営しています。組合員は、『班』『サークル』『健康ひろば』『事業所利用委員会』などの場を通して、病院・診療所に対する意見を出し合い、運営に参画しています。組合員からの要望は多岐にわたり、医療や介護にとどまらず、保健予防など健康づくりといった範囲にまで及んでいます。そのため、病気になられた患者様だけでなく、健康な方に対してもサポートできる体制を取っています。疾病や健康は、生活や労働の場など日々暮らしている地域性や労働環境などが強く影響するので、それらの特性をつかみ、地域や職場の声を汲み上げ、還元していくことが大切だと考えています」

長年、看護教育に携わった牛渡氏は、地域生活をトータルにサポートする考え方を看護師に定着させてきた。最近は国の施策でも地域重視の考え方が打ち出され、病院から地域へ、入院から在宅へ、という基本方針が掲げられている。牛渡氏が力を注いできた地域重視の教育とは、どのようなものなのだろうか。

「高齢社会が進む中で、国が推奨している在宅医療にシフトする流れは続くと思います。けれども、入院から在宅へと医療の場を変えれば、全てがうまくいくというわけではありません。医療や健康は、地域全体で支えられているものなので、近所で助け合える仕組みを構築したり、大気や騒音などの環境問題を改善したりすることも重要になってきます。看護教育においては、個々人のスキルアップばかりでなく、地域が持つ潜在的な看護力を引き出し高めることにも力を注がなければなりませんでした」

“地域とともに歩む”という理念を共有

牛渡氏が、地域全体を考える看護教育を完成させるまでには長い道のりがあった。牛渡氏は病棟での現場経験を積んだのち、20歳代後半で看護師確保対策部に配属。新たな部署に配属された牛渡氏が、初めに取り組んだ業務は、看護学校の卒業者に対する看護師の採用だった。

看護師の採用は、看護師不足が社会問題化されている現在と同じく、当時も厳しい状況だった。特に埼玉県は、看護学校が少ないうえに、隣接する東京都内の病院に就職を希望する学生が多いため、看護師の充足率は全国最下位である。

「埼玉県内における看護師不足は、深刻な状況で、病院を安定的に経営していくためには、看護師の確保に力を注がなければなりません。数ある病院の中から当生協を選んでもらうためには、“地域とともに、産み・育み・看とる”という基本理念を理解してもらったうえで、学生との信頼関係を丁寧に築き、“医療生協さいたまで働いてみたい”と思っていただくことが重要になります」

そこで牛渡氏が学生との信頼関係を築くために行ったのが、早い段階から学生へのアプローチを開始するということだった。高校生には春休みと夏休み、埼玉県民の日を用い、一日看護体験を実施。看護学生にはインターンシップを実施し、「外来・病棟」「在宅医療」「保健予防」の現場を実際に体験してもらい、医療福祉生協の病院や診療所、訪問看護ステーションなどの特徴を伝えている。

「入社した看護師がすぐ辞めてしまわないよう、働きがいのある職場をつくることにも力を注ぎました」

牛渡氏は、看護師の採用と並行して、看護師教育の改善に着手。魅力ある職場は魅力ある人材によって生まれるという考えに基づき、人材育成の根本となる教育プログラムを充実させることにも注力する。そこで看護師を教育するうえで重視したのが、患者は社会の中で労働をし生活をしている社会的存在として捉え、常に患者の視点に立って物事を考えられる人材を育成することだ。

牛渡氏は患者の視点に立った患者中心の医療についてこう語る。

「患者中心の医療というのは、多くの医療機関が掲げる理念ですが、非常に難しい課題です。異なる社会的背景を持つ患者は、必要とするニーズも多様で複雑です。時代によっても医療や看護に期待するものは違ってきます。患者中心の医療に対する回答は、あってないようなものだと思いますが、患者の要求をつかみ、患者の立場で物事を考え、患者が何を求めているかを想像し、行動できる人材を育成することが重要だと考えています」

牛渡氏の医療にかける思いは徐々に形になっていった。

「患者の権利章典」で患者の権利と責任を明文化

医療生協(当時)では牛渡氏も参加し、1991年、患者中心の医療を体現化するために「患者の権利章典」を制定。制定当時、一般的には患者の権利という考え方はまだ浸透していなかった。

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