J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年11月号

企業事例1 旭化成 4象限に基づくミドル研修により役割を明示しミドルの育成に注力

“人を育てる”企業風土を特色としてきた旭化成が、会社の中核を担うミドル層に向けたマネジメント研修を2009年にスタートさせた。研修の特徴になるのは、ミドルが現場で困ったり葛藤していることをヒアリングしたうえで「人財理念」を実践しやすくするよう「マネジメントの4象限」の形に落とし込んだ点だ。旭化成が立ち上げた4象限に基づくマネジメント研修の具体的な内容を紹介していく。

竹内 雅彦 氏 >> 旭化成 人財・労務部 人財戦略・開発室 課長
前嶋 亜希 氏 >> 旭化成アミダス 教育・コンサルティング事業グループ

旭化成株式会社
1931年設立。「ケミカル・繊維」「住宅・建材」「エレクトロニクス」「ヘルスケア」の4事業を中心に展開し、9つの事業会社で構成されている。
資本金:1034億円(2012年3月31日現在)、従業員数:2万5409名(2012年3月31日現在、連結)
旭化成アミダス株式会社1987年設立。人材派遣事業、教育事業(各種研修コース)、コンサルティング事業などを展開。
資本金:8000万円、売上高:117億円(2012年3月31日現在)、従業員数:200名(2012年4月1日現在)

[取材・文・写真] = 千葉雅夫

増大する業務負荷と部下指導・育成に苦悩

報告書『ミドルマネジャーをめぐる現状課題と求められる対応』をまとめたのは、経団連の人事・労務委員会と同委員会の政策部会である。人事・労務委員会は経団連の企業会員の経営者・役員クラスの方々が中心メンバーになっているのに対し、政策部会は、実務に携わる人事労務部門の管理職の方々が中心となって活動しており、具体的な検討は政策部会で行った。

ミドルマネジャー問題をテーマに検討することになったのには前段がある。経団連が2010 年5月に公表した報告書『経営環境の変化にともなう企業と従業員のあり方』をとりまとめる議論の中で、職場における課題として「ミドルマネジャーをめぐる問題の解決」を挙げる意見が多かったことだ。

それを踏まえて当委員会では、ミドルマネジャーに関する問題を次の検討テーマに設定した。

本格的な議論に入る前に、ミドルの実態を把握するための調査を実施。現場のミドル(40歳前後の中間管理職が中心)314名、加えて経営トップ55名から回答を得た。

調査の結果、ミドルマネジャーの現状に対する認識として、次の2点が明らかになった。

1.業務量が増大する中、プレーヤーとしての活動を余儀なくされ、増大する業務負荷への対応と部下の指導・育成に苦悩している。

2. 職場に対する全体的な満足度は高いが、自社の教育訓練施策、業務量、人員面に関して低い。

また、経営トップの回答からは、自社のミドルマネジャーの働きぶりに対しては、高い満足度を示しているものの、「部下のキャリア・将来を見据えた指導・育成」と「経営環境の変化を踏まえた新しい事業や仕組みの企画立案」については、十分に役割を果たせていないと認識していることがわかった。

これらの調査結果をもとに、1年半以上にわたる議論を重ねてまとめたのが、今回の報告書『ミドルマネジャーをめぐる現状課題と求められる対応』である。

多岐にわたるミドルの基本的役割

報告書とりまとめに向けた議論は、ミドルマネジャーの基本的な役割を整理することから始めた。検討した結果、ミドルに求められる基本的な役割を以下の4つに集約した。

①情報関係

社内外の情報を収集し、周辺状況を分析して伝達する役割をさす。議論の中で重視されたのは、経営トップが示す方針をただ部下に伝えるのではなく、咀嚼して、自分の言葉で自らのチームがめざす方向性を明示すること。ミドルマネジャーには、経営トップと現場をつなぐ「連結ピン」としての役割が期待されているが、実際はできていないとの指摘が多い。この背景として、ミドルに限らないことだが、「解答」をすぐに求めたがる傾向が強まっていることや、考える力自体が低下していることなどを挙げる意見があった。

②業務遂行関係

いわゆるマネジメントである。自らもプレーヤーとして仕事の成果を上げながら、日常業務の処理や課題解決を図っていく――こうした基本的な役割に加えて、近年は、「新規事業やプロジェクトの推進」「イノベーションの創出」「グローバル化への対応」といった新しい役割も期待されるようになった。だが、現状は、新しい役割はおろか、基本的な役割すらこなせないほど、ミドルは傷んでいるのではないかとの声も多い。

③対人関係

コミュニケーション力の低下に伴い、対人関係力の低いミドルが増加しているとの指摘があるが、これは②の業務遂行にも関連する重要なものである。特に部下の教育に関しては、一人ひとりの性格を把握し、長所と短所を踏まえた指導・育成をしていく必要がある。

マネジメントの個別化が求められる現状において、部下によって指導方法を変えていかなければ、現場はうまく機能しない。また、パワハラやメンヘル

人財理念をミドルの視点で実践的な形に

総合化学メーカーとして確固たるポジションを築き上げてきた旭化成。2000 年前後からは、事業領域の「選択」と「集中」を推し進めることにより、経営基盤の強化を図ってきた。

経営資源を集中的に投下することで、効率性と機能性が高まり、収益力が向上。一方、現場のプレイングマネジャーであるミドル層の負担が増し、マネジメントに割く時間が十分に確保できなくなることで、“人”に対する旭化成特有の文化が損なわれるのでは、という懸念が残った。「 当社には、人を育てる文化があり、それが“旭化成らしさ”になっています。事業の選択と集中を図ることは、業務効率を高めるうえで必要不可欠なのですが、効率化に伴い当社が培ってきた文化が継承しづらくなるのではという危機感を、当時の人事担当役員は持っていました。人財・労務部においても、ミドルマネジメントが十分に機能していないのではないかという問題意識があったのです」(竹内氏、以下同)

2006 年3月に旭化成の指針となる人財理念を作成する(図表1)。人財理念では「リーダーに求めること」が規定され、管理職に求める役割が明確化された。

だが、理念を掲げてみても、実際の現場に反映できなければ、絵に描いた餅に過ぎない。“人”に対する文化を継承していくためには、会社全体でのバックアップが必要であると判断。人財理念を現場レベルに落とし込むために、新たな研修を構築することになった。「人財理念を上から押しつけるだけでは、現場は何も変わりません。現場の声を吸い上げ、現場が使いやすい形で活用できるようにしていくことで、実行力が伴うのです」

人財・労務部では、現場のマネジメントを担うミドル層(課長職)に焦点を絞り、研修の設計に向けた準備に取りかかる。

ミドルに求める役割を4つの視点で整理

研修のフレームをつくるにあたり、最初に行ったのが、ミドルの課題を抽出することだった。同部で議論を重ね、浮かび上がってきた仮説は、「マネジャーとしての役割をしっかりと伝え切れていない」、「マネジメントスキルを体系的に学ぶ場がない」などであった。

そのうえで現場に足を運び、ミドル自身にヒアリングを実施。実際にインタビューを行った人数は、約40人に及ぶ。

あるミドルからは「マネジャーの仕事って皿回しのようですね」という声が聞かれた。“皿回し”とは、いくつもの仕事を抱え、全てが落ちないように、必死に回し続けている状況を比喩したもの。仕事の全体像を掴む時間がないまま、目の前の仕事をこなしているため、不全感が増しているというのだ。「現場のミドルは、担当業務を抱えながら、人に対するマネジメントにも責任を負っています。また、現在の仕事の実績をつくるのと同時に、未来に対する布石も打たなければなりません。『人』と『仕事』の両立、『短期』と『中長期』のやりくりが大事になります。ミドルの業務は入り組んでいるため、それらをきちんと区分けできなければ、負担感だけが増していきます。そこで、『人』と『仕事』、『短期』と『長期』を軸として捉え、もう一度当社の『人財理念』に立ち返って考えてみました」

人財理念の「リーダーに求めること」を再確認していくと、「活力ある組織をつくり、成果をあげる」は“人と仕事の短期”、「既成の枠組みを超えて発想し、行動する」は“仕事の長期”、「メンバーの成長に責任を持つ」は“人の長期”を定義していることがわかる。

そこで、ミドルの具体的な行動指針が見えるように、人財理念を行動プロセスに落とし込む形で「マネジメントの4象限」の作成に着手。今まで未整理だったミドルの役割をわかりやすい言葉で体系的にまとめあげた(図表2)。「マネジメント4象限」の枠組みは次の通り。

1『. 人』と『仕事』を横軸、『短期』と『長期』を縦軸に置き、ミドルの役割を人財理念に沿って整理。

2.「 1」の2つの軸をもとに、ミドルの役割を下記の簡潔な4つの言葉で明示。

・ 数字を創る

・ 関係を創る

・ 人を創る

・ ビジネスを創る

竹内氏は、「マネジメントの4象限」を作成するにあたって、「シンプルで使いやすく味わい深いもの」にしたかったという。「マネジメントの4象限は、これから10年使える会社の資産にしたいと思っています。資産にするには、いつ振り返ってみても原点に立ち戻れて、ミドルにとって役に立つ共通言語でなくてはなりません。何度噛みしめても味が出るような内容にしたいと考えました」

ミドルの役割が定まったことで下準備が整い、研修カリキュラムの作成へと移っていく。研修内容を固めるのに約半年の月日を費やし、2009年3月から新たなマネジメント研修がスタートした。

現場と経営層からのメッセージを伝える

旭化成では、2008 年10月に人事制度を改め、役割等級制度へ移行。課長職がL2(課長等のポスト就任者)とL1(担当課長等)に2分された。今回のマネジメント研修は、50歳以下のL2を対象に実施。対象者は約800 名に及び、研修は毎月1回、23 名前後の出席者によって、2日間にわたって開催される。

研修の主な目的は、次の2点。1.企業理念、人財理念に立ち戻ること。そして、2.ミドルマネジャーの4つの役割を意識すること。

研修内容は、マネジメントの4象限に沿って組み立てられ、プログラムは、「上司、部下からのフィードバック」「4象限に基づくセッション」で構成されている。

研修に先立って参加者に実施されるのが、上司1名、同僚・部下5名と本人による360度フィードバックアンケートだ。360度フィードバックは4象限に沿って構成された質問項目が並んでいる。研修では、この結果が本人に伝えられ、4象限に沿って現状を認識する。

旭化成アミダスの前嶋亜希氏は360度フィードバックのセッションの様子を、こう話す。「 360度フィードバックは、言葉や数字が先走りして、読んだ本人が必要以上にショックを受ける懸念があります。ですが、本来の目的は、本人を責めることではなく、マネジャーとしての改善課題に気づいてもらうこと。研修の講師が、“気づく”ことの大切さを説明し、フォローを入れています。良いフィードバックも悪いフィードバックも現場からのメッセージであり、受講者の貴重な気づきの場になっています」

研修では人財・労務部長のメッセージを伝える場も設け、経営層からの「ミドルへの期待」を伝えている。

人財・労務部長のメッセージは、人財・労務部で撮影し、毎回流せるようにDVDに収められている。研修の目的、ミドルマネジャーの役割などの他、ミドルに対する応援として次のような言葉が語られる。「 以前と比べて、マネジメントは難しいと思います。ですが、ミドル時代に葛藤した経験は、一生の宝。くじけずにがんばってほしい」

経営層が現在のミドルの状況を理解し、サポートしていることを生の言葉で伝えることが重要なのだと竹内氏はいう。このDVDにより研修の意味づけが伝わっている。

直面する問題を生事例でディスカッション

研修で行われる講義はマネジメントの4象限の「数字を創る」「関係を創る」「人を創る」「ビジネスを創る」を題目に、それぞれ2~3時間程度のカリキュラムが組まれている。各項目に適した学習テーマが選択され、「数字を創る」であれば、目標管理、PDCA、決算書の読み方などのポイントについて考える。

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