J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年07月号

Column 世界に実力を見せに行く! 五輪に挑む大田区の町工場の挑戦

“世界を相手にビジネスを仕掛けられること”、そして、“共通基盤をつくり協働すること”。これらのグローバルマインドセットを体現しているのが、東京都大田区内の中小製造業が集まり取り組む「下町ボブスレー」のプロジェクトだ。“待ち”の姿勢をやめて、世界に技術力をアピールする“攻め”の姿勢が、人々を魅了し、町おこしにまでつながったプロジェクトを紹介する。

公益財団法人 大田区産業振興協会
大田区の産業をより発展させるために、国内外の構造的変化に柔軟に対応できる支援機関として、1995年に設立。新しいニーズに即応した生産や取引のあり方を求める企業に対し、情報サービスや交流の場の提供などの支援を行うとともに、産業を担う勤労者の福祉向上を図っている。

[取材・文]=増田忠英 [写真]=増田忠英、下町ボブスレーネットワークプロジェクト推進委員会

ボブスレーのそりをつくって五輪へ

冬季オリンピックの競技種目の1つ、ボブスレー。2人または4人で専用のそりに乗り、氷を張った曲がりくねった専用コースを滑走してタイムを競う。最高速度は時速130 ~ 140キロメートルに達し、その速さから“氷上のF1”と呼ばれる。カーブでの動加速度は最大5G、1.7トンもの負荷がかかる、苛酷な競技だ。

ボブスレー用のそりは、鉄製のシャーシ(骨組み)に、ジェット機やレーシングカーなどにも使われているCFRP(炭素繊維強化プラスチック)でつくられたボディを取りつけたもので、シャーシの前方と後方の左右に設置された4枚のランナー(アイススケートの刃のようなもの)で滑走する。前方のランナーはハンドルで左右に操作でき、停止用のブレーキも備えている。

ボブスレーの人気が高く、強豪国の多い欧米では、フェラーリ(イタリア)、BMW(ドイツ)、NASA(アメリカ)といった自動車メーカーや航空宇宙関連機関が代表チームのそり開発を支援している。一方、日本代表チームは、これまでそり開発を支援する企業等もなく、海外から中古そりを調達して改良し、競技に臨んでいた。

そうした中、2012年12月に行われたボブスレー全日本選手権で、初の国産そりに乗った女子チームが優勝し、大きな注目を集めた。そのそりこそ、大田区の町工場の有志が中心となって開発した「下町ボブスレー」だった。

“待ち”の姿勢からの転換

なぜ、大田区の町工場が集まりボブスレーを開発することになったのか。下町ボブスレーの運営をサポートする大田区産業振興協会 事業グループ 広報チームの松山武司氏は次のように話す。

「大田区には、約4,000の町工場が集積しています。従来は、待っていれば注文がきましたが、現在は、いくら高度な技術力があっても“待ちの体質”では生き残れない時代になりつつあります。また、大田区の町工場が大手メーカーから請け負うのは、コアな部品部分が中心で、自分たちで完成品をつくることはほとんどありませんでした。そのため、グローバルに通用する製品をつくっているにもかかわらず、守秘義務などもあり、高度な技術力を外に発信する機会がありませんでした。

そんな中で、当協会の職員が完成品をつくって大田区の技術力を広くアピールすることを思いつき、いくつかの企業に『ボブスレーをつくりませんか』と声をかけたのです」

大田区の町工場は、その高い技術力で国内メーカーの産業機械の部品などを数多く開発・製造してきた。しかし、国内メーカーの需要が先細りする中で、広く海外から注文を受けなければならない。そこで着目したのがオリンピックだった。オリンピックで目立つような製品をつくれば、世界中から注目が集まり、技術力をアピールできる。そうして、冒頭で触れたように国産そりのなかったボブスレーに行き着いたのである。

ボブスレーはスポーツの中でも道具の重要性が高く、優れたそりを開発すれば、技術力の高さを具体的な記録、数字としてアピールすることができる。それでいて、そりの構造は単純であり、金属加工などの基盤技術や組み合わせ技術の重要性が増す。大田区には金属加工会社が集積し、多品種小ロットや試作品を得意とする会社が多いため、トップアスリートの道具であり、金属部品を用いるボブスレーの開発は最適なテーマだった。

想いに共感し、輪が広がる

当初、振興協会がボブスレーそりの開発を打診したのは、金属加工を手がける大田区の町工場である昭和製作所、上島熱処理工業所、マテリアルなど10社程度だったが、最終的に製作にかかわった企業は約40社に上る。さらに、参加したメンバーの人脈から、その輪は広がった。レーシングカー向けにCFRP製ボディを設計・開発している童夢カーボンマジック(現・東レカーボンマジック、滋賀県)、空力解析を行うソフトウェアクレイドル(東京都品川区)、ランナー(そりの氷との接地面)の設計・開発を担当する東京大学などの協力も得て、下町ボブスレーネットワークプロジェクトは動き出す。ただし、プロジェクトの運営費は区の補助金のみ。いずれの企業も基本的には無償での参加である。

プロジェクトがめざすのは、世界に技術力をアピールすることだが、その根底には、大田区町工場のモノづくりの原点である「困っている人を助ける」「ネットワークによって難題を解決する」「新たな価値を提供する」「夢のあるモノづくりをする」といった想いがある。その趣旨に賛同した企業が、夢の実現を通じて、大田区や日本のモノづくりの可能性を世界に示し、さらには次世代の若者に「モノづくりの面白さ」を訴え、後継者育成にもつなげていく。そうした夢に賛同した企業が無償で集まったのだ。

「実は、最初にボブスレーを提案した時点では、誰もボブスレーのことをよく知りませんでした。提案者が、そりの設計図らしい、という図面を2枚持っていただけ。

それでも多くの企業に参加していただけたのは、共通の想いがあったからだと思います。『日本の製造業の縮図』と言われる大田区が世界から注目され、活性化すれば、日本の産業全体の活性化にもつながります。また、ボブスレーの選手には東日本大震災で被災した東北の選手も多かったことから、『下町ボブスレーをみんなで盛り上げていこう』という気持ちも自然に生まれ、プロジェクトはとんとん拍子で進んでいきました」

もともと、大田区の中小企業は横のつながりが強い。家族など数人で経営している企業がほとんどのため、大量の注文を受けた場合、自社だけでは納期に間に合わないことがある。そんな時は、周辺の企業に声をかけて手伝ってもらうことが日常的に行われている。こうした日頃からの関係性が、下町ボブスレープロジェクトにおいても発揮された。

町工場の高い技術力を再認識

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