J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年09月号

Opinion 1 謙虚さが人を育てる 偉人を知ることで学ぶリーダーの「人間力」

作家の北康利氏は、『白洲次郎 占領を背負った男』『同行二人 松下幸之助と歩む旅』『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』など、大きな仕事を成し遂げ、人間的にも魅力をたたえた先人たちに関する評伝で名高い。そんな北氏に、時代を超えて普遍的な「リーダーの人間力」とは何であるのか、ビジネスパーソンがリーダーとして人間力を高めるためにできることなどを伺った。

北 康利(きた やすとし)氏
東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。2008年6月末、みずほ証券退職。本格的な作家活動に入る。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞受賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』『吉田茂 ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『同行二人 松下幸之助と歩む旅』(PHP研究所)などがある。最新刊は、『西郷隆盛 命もいらず 名もいらず』(WAC)








[取材・文]=高橋 テツヤ(又隠舎) [写真]=北 康利 氏提供

先人に学び、この国に誇りを持つ

金融マンだった私が作家に転じたのは、父親の他界がきっかけであった。この先の自分の人生をより豊かに、社会に貢献するものにしたいと考えるようになった。それで故郷である兵庫県三田市の町おこしに興味を持ち、やがて三田市には白洲次郎と正子の墓があることを知る。そこから白洲次郎について執筆するようになった。文学部出身ではない、ビジネス界出身の私ならではの視点で、ビジネスパーソンに示唆を与える作品を書いていきたい。そして白洲にせよ、松下幸之助にせよ、西郷隆盛にせよ、その時々の社会に対するメッセージに富んだ人物を題材として取り上げるようにしている。

なぜ、過去の偉人を取り上げるのか。歴史家E・H・カーは、「歴史とは過去と現代の対話である」と言っている。実は、日本人は先人に学ぶ習慣が乏しい。諸外国と比較しても、日本では評伝や伝記の類の出版物が少ないのだ。しかし、過去の人物をいろいろと調べていると、日本には尊敬に値する人はたくさんいることがわかる。偉人に触れた時、人は謙虚になる。人が成長するのは、まさに謙虚になった時である。そして、この国にそうした偉人がいることがわかると、やがてこの国に誇りを持ち、この国を愛するようになってくる。

私は、国家も地域社会も企業も、ガバナンスの要諦は「愛」であると思っている。その愛とは、「先人がいた」ということに基本がある。尊敬できる先人と自分とのつながりを感じることから生まれるのだ。これから企業や社会でリーダーになっていく若い人が私の評伝を読み、「自分がやらねば」と奮い立つことがこの国への貢献になる。そうなってくれれば何よりである。

先人に学ぶ「人間力」

優れた政治家は必ずしも政治学者ではなく、優れた経営者は必ずしも経営学者ではないが、政治家でも経営者でも、優れたリーダーは皆「人間学者」である。すなわち、人間の本質に通暁しており、欲望、嫉妬、行動パターンを知り抜いている。自然科学と同様に、「人間学」のような社会科学の場合にも、過去の研究蓄積に学び、そこから積み上げていかなければならない。だからこそ本を読み、人と会わなければならない。勉強を軽視してはならないのだ。誰しも若い頃は、白紙のようなものだ。人脈も経験も少なく、先を読むことができない。しかし、学びを深めるにつれ、目線の次元が上昇し、「イーグルアイ」(慧眼)を獲得し、だんだんと先が見通せるようになっていく。そうして先が読めるようになってくると、危機管理・先見性・情報収集力が高まってくる。競争で「勝てる」ようになる。すると、求心力がついて、人が集まってくる。

たとえば西郷隆盛は、決して御輿に乗せられた人間だったのではない。何か起これば、必ず一次情報を取りに行く人であった。常に情報収集を怠らず、先見性を持ち、求心力を獲得した人だったのである。西郷のベースには若い時の苦労があり、辛い経験を通じて身につけた不動心がある。しかし人間力とは、単に不動心などの東洋的豪傑さのことだけではない。そのポイントは「勝てる」ことによる人間力なのである。

小林一三は明治の終わり頃、まだ人家もまばらだった箕面や有馬に電車を走らせた。鉄道敷設計画が明らかになってもなお、全く地価が上がらなかったほど、周囲は採算性の低い事業であると見ていたが、小林は地価が安いのを逆手にとり、沿線の土地を買い取り、これを宅地として開発・販売して成功を収めたのだった。ターミナルに娯楽施設(タカラヅカ)やデパート、野球場を造るというビジネスモデルを考案したのも小林だった。周囲の人たちも、小林が事業を成功させると、勝ち馬に乗るように、小林の周りに集まり始めたのである。

松下幸之助は、80歳を過ぎても前屈で地面に手がついたとされる。丁稚奉公時代に、顔が膝小僧につくほど深々と頭を下げるお辞儀を体で覚え、それを「経営の神様」と呼ばれてもなお、続けていたからである。

謙虚さは、若い頃の苦労に根源がある。苦労をすることで、忍耐力と継続力がつく。向上心を忘れなくなる。そして、人の痛みがわかるようになるのだ。

リーダーのノブレス・オブリージュ

人間力のある人物の周りには、人脈のネットワークがあたかも山脈のように連なっていく。吉田茂にも福澤諭吉にも、いわば山脈があった。彼らには、仕事を成し遂げるため、自分の弱点を埋めるべく、三顧の礼を尽くして人脈を広げていく謙虚さがあった。同時にそれは、彼らの人材の「目利き」能力の発揮であった。たとえば福澤は、門下生の阿部泰蔵に明治生命を、小泉信吉には横浜正金銀行(後の東京銀行)を、早矢仕有的には丸善を設立させた。三井財閥中興の祖といわれる中上川彦次郎、三菱財閥中興の祖といわれる莊田平五郎も福澤門下生である。こうして門下生が実業界を幅広く形づくっていくこととなったのは、福澤がそれだけ能力本位・適材適所に、それぞれの事業に最適な人材を目利きしたからこその結果なのである。

リーダーはまた、こうした山脈をつくることが、自分の社会的役割であることを自覚しなければならない。そして若い人を目利きして登用していく。それがリーダーのノブレス・オブリージュ(高位な者にふさわしい義務)である。

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