J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年10月号

中原淳の学びは現場にあり! 第23回 「もう一度、社会に戻って働きたい」 農業での再出発・再挑戦を支援する畑の学び

日本の新たな「成長分野」として位置づけられ、産業として注目を集めている農業だが、高齢化や後継者不足により農業人口は減少し続けている。そうした農業の現場に、農業で人生の再チャレンジをめざす元ホームレスや生活保護受給者を送り込もうと就農支援を行うNPO「農スクール」を訪れた。

中原 淳(Nakahara Jun)
東京大学 大学総合教育研究センター准教授。「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。
Blog:http://www.nakahara-lab.net/blog/Twitter ID:nakaharajun

[取材・文]=井上 佐保子 [写真]=杉山 正直 [イラスト]=カワチレン

「今日は畑の道路際の草刈りをします。お隣の畑との境や道路際の雑草をきれいに刈っておくのは、自然農法をする人の大切なマナーです」ここは、湘南藤沢にある貸農園コトモファームの一角。ここでは週に一度、ホームレスや生活保護受給者向けの就農支援プログラム「農スクール」が行われています。先生はNPO法人「農スクール」代表の小島希世子さん。参加者は小島さんと共に鎌を片手に、道端に生えた雑草を刈っては倒す作業を進めます。雑草を刈りながら「雑草も1本1本意味があってそこに生えてくるんですよ。雑草は、酸性の土には酸性に強い草が生えたりと、土の状態によって生える種類が変わり、枯れて土に返り、養分になることで、生き物が棲みやすい良い状態の土になっていくんです。だからほら、畑ごとに生えている雑草が違うでしょう?」と話す小島さん。「農スクール」では、教室内の講義はなく、プログラムは全て青空の下、農作業を行いながら進められます。「社会ではどうも生きづらく」自立のために農業を学びたくて申し込んだという参加者の一人は、「農作業を通して自然と向き合うここでは、見えるもの、聞こえる音がやさしいですね」と話していました。8割が一生抜け出せないといわれる生活保護ですが、小島さんが2011年から始めた就農プログラムでは、受け入れた15名の生活保護受給者のうち、5名が就職、2名がアルバイトの職に就き生活保護から脱する、という成果を得ています。プログラム参加当初は、働く意欲、生きる気力が失われ、社会の中に居場所がないといった状態の人もいるといいます。参加者たちはどのようにして農業を学び、働く意欲を取り戻していくのでしょうか。

農・食・職をつなげたい

まずは、小島さんが「農スクール」を立ち上げた経緯をお聞きしました。熊本の農村地帯で生まれ育ち、小さい頃から農業を志していた小島さん。大学卒業後、農作物の流通会社に勤務した後、農業の現場と食卓をつなぎたいと、2006年、故郷熊本の農家と全国の消費者をつなぐ農作物の直販サイト「えと菜園オンラインショップ」を立ち上げます。また、自分で野菜を育てることで、野菜がどのように育つのかを知ってほしいと、2008年、野菜づくり講習会つき無農薬貸農園「家庭菜園塾」(後のコトモファーム)を始めます。そして、この農園の管理に、ホームレスの支援団体を通じて4名のホームレスの人を雇用したのが、「農スクール」につながっていくのですが、そこには、大学時代から抱き続けてきた、ある「思い」がありました。「大学進学のため上京した時、生まれて初めてホームレスを見て、衝撃を受けました」。昼間から路上で寝ているその存在に疑問を持った小島さんが、関東出身の友人たちに尋ねると、「働きたくなくて社会に居場所がない人たちだよ」「社会が生み出した闇の存在。社会が悪い」など答えはさまざま。でも、誰一人直接話をしたことがある人はいませんでした。どうも腑に落ちなかった小島さんは銀座で一人のホームレスに話しかけ、その後、何度も通い、話をするようになりました。すると「働きたいが、一度住所を失うと採用されなくなってしまう」という話を耳にします。そこで思い出したのは、過疎化が進む故郷熊本のことでした。「熊本の田舎なら家はいくらでも余っているし、農家ではいつも人手不足です。特に大きな農家では、仕事も分業になっているので、新しい人も入りやすい。賃金は安いですが、生活コストも安いから暮らしていけます。働きたいのに働けないなんて、もったいない!熊本と東京、農業とホームレスの方をうまく結び付けられたらな、って思ったんです」

ホームレスと一緒に働く

大学時代に抱いたそんな思いを形にするべく、貸農園の管理を4人のホームレス男性に任せてみたものの、当初はきちんと働いてくれるか心配でした。ところが、「きっちりまじめに仕事をするうえに、日雇いの仕事をやっていた方が多く、シャベルの使い方なども慣れていて農作業向きだということがわかりました」週に一度、時給は800円という条件でも、「空き缶拾いを一晩中やっても、2,000円程度。800円もいただけるなんてありがたい」と、手を抜くことはなかったそうです。2011年からは、寮を持っている支援団体と共に「就農プログラム」として、新たに受け入れることにしました。ところが、今度は別の問題に直面します。支援団体の寮に入っている人は基本的に生活保護を受けており、働かずに生活できてしまっているため、ホームレスの人よりも勤労意欲、社会復帰への意識が低い人も少なくなかったのです。「就職先となる熊本の農家の初任給は約12万円。ところが、東京の生活保護費は約12万7,000円。収入は減り、病院代は自費負担になってしまう。生活保護から脱却するためには、『働くとは何か』ということを問うところから始めなければなりませんでした」

青空の下で学ぶ農スクール

2011年、2012年と「就農プログラム」を行ったノウハウを生かして始めたのが「再生・再挑戦支援プログラム農スクール」事業です。導入編・基礎編・就職準備編の3タームで約8カ月の間に、週に一度の農作業を通して、自分と向き合い、「働く意味」を探しながら、農業分野への就職を支援します。カリキュラムは、毎週のワークノートの提出と農作業が中心です。ワークノートでは、作業の感想や、今日の作業で自慢できることを書き出す、といった課題を提出してもらい、最終的には自分なりの目標を見つけられるよう誘導していきます。

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