J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年10月号

Opinion 2 考える力は本で身につける  読書こそ知を強化する唯一の道

外務省時代は国際情報分析の第一人者として活躍し、現在はインテリジェンス論から男女の人生相談まで幅広い著述活動を行う作家・佐藤優氏。4万冊の蔵書を有し、月に300冊以上の本を読むという佐藤氏は、読書によってしか「知」は鍛えられないと語る。なぜ本を読むのか。どう読み、どう仕事に活かすのか。本との向き合い方について話を伺った。

佐藤 優(さとう まさる)氏
作家。元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科を修了後、外務省に入省。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。05年執行猶予付き有罪判決を受ける。09年に最高裁で有罪が確定し、外務省を失職。現在は日本の政治・外交を中心に幅広い評論活動を行っている。『国家の罠外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞受賞)『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)『獄中記』『交渉術』『外務省に告ぐ』など著書多数。

[取材・文]=熊谷 満 [写真]=本誌編集部

「型破り」には「型」が必要

──読書離れが叫ばれています。

佐藤

私の印象では二極化が進んでいるように思います。私は今年の6月30日まで10年間、一切公共交通機関を使いませんでした。というのもご存知の通り、私は執行猶予中の身だったものですから(笑)、万一何かトラブルが発生したら懲役になる可能性があったからです。

でも、そのおかげで世の中の変化が非常によくわかります。電車に乗って驚くのはスマートフォンをいじっている人の多さ。大抵ゲームですね。何もせずにいられないというのは明らかに依存症です。しかもゲームはあくまで機械的な反応ですから、知性にとってはマイナスの活動といえます。

スマホ依存症が増えた一方で、本を読んでいる人も増えました。およそ5人に1人は読書を、しかもきちんとしたビジネス書や洋書の対訳本を読んでいる。そうした上昇志向の強い人と、そうでない人の差がはっきりしてきました。

──その意味では今こそ読書の有用性が問われると?

佐藤

そう思います。大切なのは基本です。基本という「型」。読書はその型をつくるために絶対に必要なものです。

「型破り」という言葉がありますよね。型を学び、それを破ることによって初めて独創性が生まれる。

柔道の創始者である嘉納治五郎もさまざまな柔術を学ぶことで柔道を生み出しました。これは知的活動においても同様です。一部にでたらめなものを独創的ともてはやす風潮がありますが、型を知らずに独創的なものが生まれるはずがない。

では、どこでその型を身につけるかといえば、高校までの基礎教育なんです。そもそも物事の考え方がわからないという人がいますが、そのためのベースとなるのが高校教科書レベルの基礎知識。どんなに難しい本を読んでも、字面を追うだけで内容が理解できなければ思考にはつながりません。きちんと考えるためには読解力や論理的思考力が必要です。そのために最も重要なのが基礎教育であり、それがあれば未知の問題にも対応できます。

10年以上前、『分数ができない大学生』(東洋経済新報社)という本が話題になりましたが、そこに生産ラインで働く熟練工の話が出てきます。彼らはトラブル発生時、たとえマニュアルになくても原因を論理的に考え適切な対処ができる。決して偏差値が高い学校を出たわけではないけれど、これは基礎教育を身につけ、しっかり本を読んできた証拠です。だから自分の頭で考えられる。このように、人間は本来、生きるために必要なだけ本を読み、知識を身につける存在なのです。

しかし、今生きるためだけの本を読んでいるのでは、将来やっていけません。さらに残念なことに今、読みこなすための基礎知識が落ちてしまっている。30年ほど前からまず数学離れが起き、次に英語離れが起き、とうとう国語離れが起きました。しかし、本来、ビジネスパーソンにとってはこの3つが基本なのです。

──上昇志向の強くないビジネスパーソンに読書の大切さを伝えるにはどうしたらよいでしょうか。

佐藤

現実に目を向けて“脅す”ことでしょうね。グローバリゼーションのプロセスの中で、新自由主義的な流れは止まりません。グローバル経済に大きく依存する韓国では実質40代が定年です。アメリカの貧富の格差もご存じの通り。それが世界の現状です。

昨年出版された『10年後に食える仕事、食えない仕事』(東洋経済新報社)というベストセラーがあります。本の中で、「重力の世界」と呼ばれるプログラマーなどの職業領域はグローバル化の中で急速に価値を失い、賃金を下げていくと書かれています。中国やインドの人たちと競争しなくてはならないからです。

その一方で「グローカル」と呼ばれる、それほど難しい仕事ではないけれど、日本人であることを活かして価値を維持できる仕事もある。たとえば不動産業などです。ここにはなかなか外国人は参入できない。

実は日本語というのは最大の参入障壁なんです。公認会計士の試験のほうが税理士試験より圧倒的に難しいですよね? でも、公認会計士より税理士のほうが将来性がある。なぜなら、会計はこれから国際基準になるので、コンピュータや海外の人材が代行していくようになる。一方、税理士は税務署と折衝するので、コンピュータには代行できません。つまり日本語力、コミュニケーションをとる力を磨けば生き残っていけるわけです。我々は「知」を身につけなければ、いくらでも安く使われてしまう。人材としてコモディティ化(差別化特性が失われ、価格競争にさらされること)してしまう。そういう世界に生きているのです。

──なるほど、そうやって“脅す”ことも必要かもしれません。

佐藤

ただし、脅すだけではダメでしょう。重要なのはきちんと上司や人事が処方箋を示してあげることです。米国の広告は戦時中に日本軍が研究対象としたことでも有名ですが、その古典であるドーブの『宣伝心理学』(春日克夫訳、彰考書院)によると、石鹸を買うと決めている人への宣伝手法と、何を買うか決めていない人に石鹸を買わせるための宣伝手法は違う。これは企業の人材教育においても同様で、モチベーションが高い人への指導法と、そうでない人への指導法は違います。

前者はやる気があるのですが「一番病」になりやすい。外務省時代、私はロシア語の研修指導教官をしていました。当然、外務省に入省するくらいですから皆優秀です。しかし語学には素質がある。ある段階で頭1つ抜ける人間が出ます。するとどうなるか。2番目以降の連中はもう勉強しなくなるんです。ずっとトップでやってきた人間には、他人に負けることが受け入れられない。その場合は全員を一緒に教えるのをやめ、個別指導に切り替えました。一方、モチベーションが低い人間に対しては、上司が具体的に道筋を示してあげるしかありません。なぜ本を読むことが重要なのか。たとえば、君の報告書はわかりにくい。頭の中で考えていることをしっかり整理するにはこの本がいいと、『NEW出口現代文講義の実況中継』(語学春秋社)を差し出す。これは大学受験用参考書ですが、ビジネスパーソンが日本語力を身につけるには最適です。一般に学習参考書は市場原理の中で鍛えられているので質が高い。社会人が勉強し直すにはお勧めです。

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