J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年10月号

Opinion 1 表現力・思考力を高める 「書き方」 思考も、働く喜びをも深める“考えて書く筋トレ”とは

文章を書くこと――学校でもビジネスの現場でも、誰しもが日常的に行っている作業だ。しかし、本当に思いを込めて「考えて書く」場面はどれだけあるだろうか。そうした場面が減って、書く“筋力”を使わないでいると、仕事で発揮できる能力もどんどん低下してしまうだろう。では、考えて書く力を鍛えるためにはどんな「筋トレ」が必要なのか。学生から社会人まで、幅広い世代に文章表現力・思考力・コミュニケーション力の教育に取り組んでいる、山田ズーニー氏に伺った。

山田 ズーニー(やまだ ずーにー)氏
文章表現・コミュニケーションインストラクター
岡山県生まれ。ベネッセコーポレーション入社後、進研ゼミ小論文編集長として、高校生の考える力・書く力の育成に尽力する。2000年に独立、フリーランスとして、執筆、講演、高校・大学での授業、社会人への研修、ワークショップなどを通して、文章表現力・思考力・コミュニケーション力の教育に取り組む。著書に『伝わる・揺さぶる!文章を書く』(PHP新書)、『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(ちくま文庫)、『おとなの進路教室。』(河出文庫)など多数。
※「ズーニー」はインドのカシミール語で“月”という意味。

[取材・文]=木村 美幸 [写真]=菊池 壯太

自分の思いを文章に込め人の心を動かすには

電子メールが普及し、企業にイントラネットが導入されるようになった1990年代半ばまで、多くの社会人は今ほど“書くこと”を求められていなかった。相手と顔を合わせて話をすれば、大抵の仕事がこなせていたからだ。しかも、会議でも商談でも、常に同じような顔ぶれで話をしているため、明確な言葉を使わなくても「例の件は、アレなカンジで……」と、ニュアンスだけで伝え合えてしまう。こうして、学生時代は受験やレポート、卒論などのために考えて書くことを日常的にしていた人たちが、“考えて書く力”をどんどん使わなくなっていった。

そんな状況の中、お互いが社内にいてもメールでやりとりするような事態が突如として発生し、誰もが文章を書かなければいけなくなった。その結果、“考えなしに長々と書き連ねられ、言いたいことがさっぱりわからない”といったお粗末なメールが数多く行き交ったのが、1995年から5年間ほどのこと。そんな時代を経て、今では誰もがある程度まとまりがあり、用件がすぐにわかるような文章を書いている。

では、それが十分に考え抜かれたものかというと残念ながらそうではない。雛形集からコピー・アンド・ペーストして仕立て上げているのが実情だ。つまり、考えずに書いているという状況は変わっておらず、決して日本の社会人全員の文章表現力が底上げされたわけではない。

雛形を使って器用にまとめた文章は“読んで勇気づけられる”“その人に無性に会いたくなる”というように、読み手の心を動かすことがない。文章に書き手の“思い”が表現されていないのだから当然だ。では“思い”を文章に込めるにはどうすればいいのだろう。

近頃よくTVなどで“本音トーク”なるものに遭遇するが、あの手の話は聞いていてちっとも心を打たれない。なぜなら語り手が本音だと思っているものは、実はその人のごく浅い部分の感情だから。そうした“本音トーク”とは、言うなれば地層の表面をすくってぶちまける作業に過ぎない。人が本当に伝えたい思いやアイデアは、マグマのように深いところで、言葉も与えられずに熱くたぎっている。それを外に引っ張り出して人に伝えるとなると、どうしても“考える力”が必要になる。

本来、誰でも皆“考える力”を持っているが、長年使っていないと、その力を発揮するための筋肉が弱ってしまう。そんな“考える筋肉”の衰えた人が、たとえば次の人事異動で意に添わない部署に飛ばされそうだと仮定しよう。はたして彼(彼女)は、上司に対して自分のこれまでの実績や仕事にかける意気込みを熱くアピールする“起死回生のメール”を書くことができるか?残念ながら、萎えた筋肉で書いた文章が上司の心を揺さぶることはない。

相手の心を動かす文章が書ける人や、会議の場で出席者全員の心をギュッとつかむプレゼンテーションができる人は、日頃から自分の思いを伝える作業をコツコツ続けて“考えて書く筋肉”を鍛えている。日々、小さなハードルを跳び越えているからこそ、ここ一番の時に大きく跳躍できるのだ。何年間も何もせず漫然と過ごしてきた人が、ある日突然、相手の心を揺さぶる文を書けるなんていう奇跡は、絶対に起こらない。だからすぐにでも“考えて書く筋肉”の筋トレに取り組むべきなのだ。

“考えて書く筋肉”を鍛える3つのステージ

“考えて書く力”の筋トレには、3つのステージがある。

ステージ1:自己理解

まずは読んだ人がどう思うかということは考えず、ある特定のテーマに対して自分が本当に思っていることを書いてみる。“きちんと書き表せた!”という納得感がゴールだ。

ステージ2:相手理解

次は、相手を理解した文章を書くこと。たとえば部長へのメールであれば“部長が大切にしているものは何か”“来期、この部をどうしていこうとしているのか”というように、さまざまな方向から部長に対する理解を深める。同時に“自分という人間は部長からどう見られているか”に思いを巡らせ、文章に表現する。

ステージ3:社会理解

ステージ3のゴールは、不特定多数の他者、ひいては社会に通じる文章を書くこと。必要なのは現代社会に対する理解だ。読み手が誰であれ“現代社会に生きている”という点は必ず書き手と一致している。よって、背景となる現代社会への理解が正しくなされていれば、たとえテーマが個人的な問題を扱った内容であっても、読み手は書き手を信頼することができる。

以上、3つのステージをクリアしたうえで重要となるのが、各ステージの“自己”と“相手”と“社会”を関係づけながら、テーマについて書くことである。

学生にエントリーシートの書き方を指導している時、「社会に通じる文を書きなさい」と言うと、多くの学生が“世界平和をめざして”といった類いのことを書き始める。そこで「ちょっとキレイごと過ぎるんじゃない?」と助言すると、今度はいきなり自分探しをする中学生のような作文を書いてくる。これはどちらもダメである。自分の考えは一歩も譲らずに、書きたいテーマの背景となる現代社会を自分と結びつけるのだ。

このようにして書き手の実感と社会的説得力を兼ね備えた文章を書けるようになることは、とりわけビジネスの現場において重要である。

提案書や依頼書など多くのビジネス文書は、これら3つのステージとその関連づけをベースに書き進めることができる。その際に実行してほしいのは、3つのステージについてそれぞれ200字でまとめること。

たとえば“社会”について、保険業界なら保険業界をめぐる社会背景を自分の言葉で200字に要約する。「そんな乱暴な。たった200字で書けるわけがない」と思われるかもしれないが、短い文章で書けないのは理解が浅いから。その程度の理解では、どんな文章を書いても人を説得できない。

自分・相手・社会について、それぞれ200字にまとめたら、さらにそれらを関連づけながら、その文書で最も伝えたいことを200字にまとめる。この合計800字の文章が書ければ、あとは書きたいビジネス文書のフォーマットに合わせて、それらの内容をはめ込んでいけば、深い思考を経た文書が完成する。

自分の中の思いやアイデアを引っ張り出し、文章などで表現するには深く深く考えることが必要で、その作業は決して楽ではない。しかし“思い”を外に出して人に伝えることは、人間が持つ基本的な欲求の1つであり、それは精神の解放につながる。逆に、物事を深く考えず、自分の思いを出さないでいても、人は徐々に傷ついていく。

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