J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年11月号

OPINION 1 行為者が尊敬される社会をつくる 能動的にITとかかわる個人が形成する新しい学びの世界

今、デジタル情報技術は単なるツールの域を越え、人材教育を劇的に変化させている。この現代の「読み書きそろばん」を能動的に使いこなし、ITリテラシーを武器として生産性を上げる人と、抵抗や批判を繰り返す人との間のデジタル格差は広がるばかり。IT学習の効果についての先端的な調査と研究を重ねてきたデジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授が、今まさに起こっている変革、さらに近未来の学びの姿を示す。

佐藤昌宏( さとう まさひろ)氏
専門テーマは「デジタル技術を活用した学習効果の研究」ならびに「デジタル技術を活用して新しい教育を創る」こと。1992年NTT入社。2002年にデジタルハリウッド経営企画室執行役員に就任。同大学院事務局長、産学官連携センター長などを歴任し、現在に至る。

[取材・文]=道添 進 [写真]=本誌編集部

企業教育の大転換を促す自発的な個人の学び

── ITが教育に入ってきて、何が変化したのでしょうか。

佐藤

学ぼうと思えば個人でいくらでもできる状況が実現しています。どんどん学んでキャリアを変える人々が数多く生まれ、企業教育のあり方を根本から変えようとしています。

たとえば、最近ヒアリングした、ある営業職の男性の場合です。彼は仕事が終わってから「ドットインストール」(58 ページ参照)というインターネットの学習サイトでプログラミングの勉強を続けました。このサイトは3分動画で20 回前後の授業を受ける形の学習プログラムを提供しています。その結果、彼はスキルを独学で身につけ、プログラマーとして転職を果たしてしまいました。

もう一人は、「Studyplus」という学習サイトで英語を勉強した人の例です。このサイトは学習時間を記録してグラフで可視化できるのが特徴です。1年足らずで累積1,300 時間も勉強をし、TOEIC425点から670点にスコアアップしたそうです。

彼らはこうした勉強を続けていることを、ことさら職場で語ろうとはしません。自分自身が興味を持ち、自らの意思で継続しているからです。したがって企業の人事担当者は、社員は何をどう学んでいるか、おそらく把握できていないと思います。

──なぜ、それほどまで個人で学ぼうとするのでしょうか。

佐藤

意外だったのは、彼らがそれほど貪欲ではなかったことです。何か始めないと不安だから、あるいは映画を字幕なしで見たいといったささやかな動機で始め、続けているうちに学習が習慣化され、楽しくなってきたようです。

1つは、学習時間が記録され、累積時間が可視化されたことが動機につながっているようです。

「成功は1万時間の努力がもたらす」ともいうでしょう。学習には一定の積み上げ時間が絶対に必要ですが、「Studyplus」は、学びの量を定量化し、どんどん増えていくのを実感させてくれるのです。実際、その方は、学習時間が倍になったそうです。これは行動変容といっていいですよね。

もう1つは、仲間がいて、学習時間を競い合ったり、励まし合ったりできること。多くの学習サイトは、ソーシャルメディア機能が付いていて、先ほどの彼は「Studyplus」に英語上達に関するコミュニティを立ち上げました。そして、同好の士を募ったところ、一瞬にして800人以上もの参加者が殺到。管理人となって仲間と学習のコツを共有し、競い合い、励まし合いながら学習を続けたそうです。

「Studyplus」には、「大人の夏休み」という勉強コミュニティもあります。社会人となった今、もう一度学生時代の夏休みの宿題のように課題を決めて、取り組んでみようというもので、あっという間に人気のコミュニティサイトとなりました。お互いに好きな課題を持ち寄り、報告しながら、学習を進めているのです。これは楽しいですよね。

こうしたWeb上での付き合いには利害関係がなく、また、相対評価ではありませんから、気楽にできるのもいいのでしょう。

この仕組みは、企業としても大きな希望が見出せると、私は考えています。そもそもやる気のない人に勉強をさせても身につきません。企業は、こうした無料のアプリやWebサービスを並べて、学習プラットフォームとして活用することも可能です。その中から、自分に合うもので学習してもらえばいいのです。

これだと個人差が出てしまうかもしれませんが、全体への教育としても、オンライン英会話が提供しているスカイプ英会話を上手に活用すれば、通常授業のざっと1/20 のコストでクオリティーの高い英会話を学べます。

また、さまざまな分野で活躍する講師(企業人)のライブ授業を無料で受講できる「スクー(schoo)」というサービスもあります。こうしたサイトを活用することで、企業教育の可能性は広がります。

──これまでのような集合型の研修は、もう必要なくなるのでしょうか。

佐藤

いいえ、対面でやらなければならないことももちろんあります。企業理念の浸透やワークショップ手法を使った研修など、共感し、お互いを知り合うためには、集合型が必要でしょう。しかしスキルを身につけることが目的の授業は、ITを使った自学自習のほうが効率的ではないでしょうか。

米国ではこうした学びのプラットフォームをエデュケーション・テクノロジー、略して「エデュテク」と呼んでいます。

これまでの一斉授業は、個人を標準化されたカリキュラムのほうに合わせなければなりませんでした。これに対し、エデュテクのプラットフォームでは、個々の学習者を中心としたモデルへと移行します。学習メニューだけではなく、教材も、自分が本当にやりたいと思うものを選んでカリキュラムを組み立てることができます。

また、学習記録をデータベース化してビッグデータのように扱うことで、個人の学習データを解析し、よりその人に合った効果的な学習指針を示すことが可能となります。

教材も文字ベースのテキストだけでなく、動画、あるいは音声など、個々の受容性に最も働きかけるメディアを選ぶことができるでしょう。NLP(神経言語プログラミング)では、人によって優位な感覚が、視覚なのか、聴覚なのか、体感覚なのか異なるといわれていますが、メディアがその人に合っていると、楽しく、無理なく学習ができるでしょう。

このように企業は「早く、安く、効果がある」教育を提供することができますし、しかも選択肢が多いので自分に合ったトピック、メディア、アプリケーションが見つけやすいわけです。こうした特徴が継続して学ぶことにもつながります。結果としてスキルも、より効果的に身につくことになります。

能動性の有無が効果に直結する

── ITの可能性が広がる一方で、ITに対して抵抗を持つ人もいます。

佐藤

Twitter やFacebookという個々のサービスに好き嫌いがあるのはわかります。しかし「IT自体が嫌だ」となると、これから先、取り残されていってしまうのではないかと思います。これまでの「読み書きそろばん」に、「英語・IT」が加わってくるからです。ITリテラシーのある人とそうでない人との差、いわゆるデジタル格差が現実に大きく広がっています。

ITの良さは、能動的にかかわった時に発揮されます。そのため、“使ってみないとわからない”点がたくさんあるわけです。そうすると、抵抗がある人は、ますますITの良さがわからないという悪循環に陥ってしまいます。

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