J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2014年08月号

船川淳志の「グローバル」に、もう悩まない! 本音で語るヒトと組織のグローバル対応 第4回 「多様な他者」に対峙するために

多くの人材開発部門が頭を悩ませる、グローバル人材育成。
グローバル組織のコンサルタントとして活躍してきた船川氏は、
「今求められているグローバル化対応は前人未踏の領域」と前置きしたうえで、だからこそ、
「我々自身の無知や無力感を持ちながらも前に進めばいいじゃないか」と
人材開発担当者への厳しくも愛のあるエールを送る。

船川 淳志(ふなかわ あつし)氏
クグローバルインパクト代表パートナー。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。東芝、アリコジャパンに勤務後、アメリカ国際経営大学院(サンダーバード校)にてMBA取得。組織コンサルタントとして活動する傍ら、以下の講師を歴任。サンダーバード日本校 客員教授(1999-2003)、NHK教育テレビ「実践・ビジネス英会話ーグローバルビジネス成功の秘訣」講師(2003-2004)、社団法人日本能率協会 主催「グローバルビジネスリーダープログラム」主任講師(2004-2007)、国際基督教大学大学院 Global Leadership Studies 非常勤講師(2011-)、早稲田大学大学院 ETP 非常勤講師(2011-)。

人の見方は千差万別

「私、船川はこのような仕事を何年ぐらいやっているのか、推論してポストイットに書いてみてください。ヒントは素数です」今年、各企業で行ってきたさまざまなワークショップの冒頭で参加者にこの質問をしてみた。書いてもらうことによって、参加者全員のそれぞれの持っている仮説とそれを形成するイメージ、期待値、あるいは先入観があぶりだされる。もちろん、この質問をアイスブレークとして効果的に使うために、よくありがちな「事務局による講師略歴紹介」は省いてもらっている。「型通り」の進め方ではないことを、ワークショップの開始からすぐに参加者に体感してもらいたいからだ。1回あたり20名前後の参加者が平均的だが、参加者が推論した私の経験年数は3年から23年とかなりばらつく。23年どころか、31年と答えた方もいた。おもしろいのは、その理由だ。3年、5年と答えた方は、「おそらく、例えば商社のように、海外関係の仕事をしていて、その経験をもとに講師をやっているのではないか」というような仮説を述べる。つまり、実務経験に裏打ちされていそうだ、との推論がある。また、7年、11年、13年と10年前後の経験と答えた方は「『グローバル』という言葉が聞かれるようになったのはこの10年ぐらいだから」と述べている。また17年、19年あるいは23年という方は、「話し方が自信に満ちているので」とか「相当こなれているので」というように「長い経験あり」との判断をしている。中には、「あまり長くやると飽きるので、だから7年!」と言った人もいた。ついでながら、この質問と合わせて「私の体重を推論してください。ヒントは3の倍数です」と聞くこともある。こちらも、48キロ!から72キロまでとばらつくのだ。もちろん、「経験年数」と「体重」を比べたら、後者のほうが客観性が高くなるので、この質問に関する参加者の答えの分布がより正規分布を示す傾向がある。どちらも、「人の見方は千差万別」「他者は自分と必ずしも同じ見方をしているわけではない」という事実を実感してもらえるアイスブレークだ。ただし、目的はそれだけではなく、その根底にある我々の認知システムの理解を深めることも狙いだ。

「百聞は一見にしかず」の英語

「百聞は一見にしかず」を英語で言うと「Seeing is believing」と受験英語で習った記憶がある方も多いだろう。ところが、この2つの表現には微妙なそして重要な意味の違いが潜んでいる。英語の表現では「A photographtells a thousand words.」もしくは「A picture is worth a thousandwords.」もある。「画像情報は文字情報よりインパクトがある」という意味合いであり、こちらのほうが日本語の「百聞は一見にしかず」に近い。例えば、難民の話をいくら聞いても心が動かなかった人が、1枚の写真によって難民の苦悩に想いを馳せるきっかけをつくるというのはまさにこのことだ。では、「Seeing is believing.」のほうを見てみると、直訳は「見ることは信じることである」。確かに、視覚情報が人の認識に影響を与えるという点では、「百聞は一見にしかず」と同じだ。しかし、同じものを見ても、冒頭に紹介した私のウォームアップの事例でも明らかなように、人の認識の仕方も、そして解釈もまさに千差万別である。したがって、英語では、「Believingis seeing.」という表現もよく使われる。つまり、人は信じたことを見たがる、という意味合いであり、我々の認識プロセスの基本機能でもある。我々の脳は「認知的不協和」(Cognitive Dissonance)を嫌う。Dissonanceは「協和音」の反意語だ。自分で確信を持っていること、信念を持っていることと異なる現実に直面した時に、その「不協和音」を避けたがる傾向があり、その結果、自分の信じた情報だけを選択し、解釈することがある。もう一度、冒頭のアイスブレークでの参加者の発言を見てみるとわかりやすい。例えば、「グローバル人材」「グローバルビジネス」という言葉はこの10年ぐらい前から聞いたと思っている方が、「だからこの講師も10年前後の経験」と判断している。誤解のないように述べるが、それが良いとか悪いとかいうことではなく、「アウトプットは各自の持っている隠れた前提に左右される」という意味だ。このように、「百聞は一見にしかず」と言うけれども、「Seeing is believing.」であり、さらにその根底には「Believingis seeing.」がある。しかも、我々が持っている「千差万別の隠れた前提」は言葉として表現されていないので、ビジネスの現場で多くの時間を費やさざるを得ない「噛み合わない議論」が存在する。そして、グローバルビジネスにおいては、それが増幅することが多々あるのだ。

「異文化の理解」だけでは不十分

前回の記事の最後で、拙著Transcultural Managementの日本語版『多文化時代のグローバル経営』の序文の一節を紹介した。

「己の欲せざる所を人に施すなかれ」から「人の欲せざる所を人に施すなかれ」という視点へ変えるのは容易なことではない。

聖書の中の、Do unto others asyou would have others do untoyou. (己の欲する所を人に施せ。マタイ伝7-12)を思い出した方もいるだろう。対比してみると、「己の欲する所を人に施せ」はDoの発想、「己の欲せざる所を人に施すなかれ」はDo notの発想であるから、後者がより慎重であると見ることもできる。ただ、さらに難しいのは、「人の欲せざる所を人に施すなかれ」だ。グローバル化の流れの中で遭遇するのは、「自分と同様な他者」ではなく「多様な他者」である。「自分と同様の他者」と思い込むことがいかに危ういことなのかは、これまで紹介した認識プロセスを考えていただければ明白だ。

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