J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2014年08月号

OPINION 3 ASEANにおける人材育成を考える アジア重視の姿勢が顕著な日本企業の人材育成の課題と対策

中国に始まった日本企業のアジア進出は、今ではタイをはじめとするASEAN諸国へとターゲットが急速に拡大している。その流れに対処するための人材育成は日本企業にとって大きな経営課題だ。ASEAN諸国、とりわけタイのビジネス事情に詳しい野元氏が、日系企業のアジア地域でのビジネス展開および人材育成上の課題と対策について語る。

野元 伸一郎(のもと しんいちろう)氏
日本能率協会コンサルティング入社後、北陸先端科学技術大学院大学 博士後期課程 知識工学科修了。2012年からJMA Holdings Inc. ASEAN推進センター センター長を務める。日本能率協会グループのASEANビジネスを拡大すべく、AEC(ASEAN経済共同体)以降を見据えたビジネス企画推進や日系電機・通信系メーカーのODM/EMS推進プロセス革新などに従事している。

[取材・文]=竹内 誠二 [写真]=本誌編集部

変化対応スピードが課題

日本企業のアジア進出、特にタイを例にその変遷を見てみることにしよう。まず1980年代から1990年代にかけては、自動車や電機を中心とした大手製造業が中国に代わる生産拠点として進出速度を速めていった。そして2000年代から2010年代にかけてはそうした企業が今度はアジアを有力な販売市場としても捉えるようになった。それが今後2020年にかけては、アジア地域を市場とするための研究開発拠点としてもビジネスを展開していくだろうと予測されている。こうした流れの中で、日系自動車メーカーはタイ国内の販売シェアで9割を占めるほどに成功をおさめている。そして生産や販売だけではなく、研究開発および設計拠点としても力点を置くほど、アジア重視は年々顕著になってきている。

ただ、こうした成功例ばかりというわけではない。タイはASEAN諸国の中でも日本企業の進出数では中国に次いでいるが、そうした隆盛とは裏腹の企業もある。モノづくりでは世界的に評価の高い日本企業だが、製造業として進出した企業でも苦戦しているところはあるし、市場としてのビジネス展開では、欧米企業に後れをとっている企業も多い。ところで、製造業では、大手製造業を支えるティア1と呼ばれる部品メーカー、さらにティア1を支えるティア2、ティア3と呼ばれる中小企業など、上位企業に伴ってアジア進出を果たした企業群がある。こうした土台を担う企業が、今では生産技術で力をつけてきたローカル企業に苦戦を強いられるほど、その力の差異が小さくなってきている。力をつけてきたローカル企業の強みは何といっても、対応力の速さだ。日本企業の場合、発注依頼が来たら、まずは日本で開発設計および生産の検討がなされ、それからローカルでの製造に入ることが多いのだが、ここにタイムラグが生じる。そのため、ローカル企業に優位性を発揮されてしまう。生産コストに加え、開発のスピードでも負けてしまうのだ。

アジア企業との協業ということでいえば、商品企画を日本で行い、設計や製造を台湾や中国のメーカーに委託するビジネスモデルのODM/EMS(相手先ブランドによる設計・生産)がある。ただこれは、品質への要求が高い日本向け製品の製造は、技術移転が課題となった。技術盗用を恐れる日本企業は、日本から技術者を差し向けることでその課題に対処することになり、そもそものコストダウン施策が、その期待通りとはならない結果となったこともあったようだ。日本からのマネジメントを重視したことでの問題だが、こうしたことにうまく対応できているのが欧米企業や世界的に急成長を実現した韓国企業であった。

日本企業が技術移転に懸念を示す一方で、欧米企業などはCADや製造装置などのブラックボックスのツールの提供や、大勢の技術指導者を一気に送り込んで立ち上げを行い、ローカル人材を早期に育成するスタイルを確立した。今ベストな方法は何かを速やかに実行するのが欧米企業の特徴だ。それにひきかえ日本企業は、現地で求められる役割変化、つまり生産から販売へ、そして研究開発といった流れにスピード面で十分応じ切れていなかった。時々刻々と変わるビジネスニーズへの対応力の弱さが、アジア現地法人の人材育成面にも表れてきているというのが、タイを中心にアジアで活動するさまざまな企業を見てきた私の率直な感想である。モノづくりのための技術移転だけではなく、新市場開拓のためのマーケティング、現地で働く人を支援する総務人事に至るまで、さまざまな役割に応じたグローバル人材の育成が日本企業にとって急務であることは論を俟たない。

ジョブディスクリプションとKPI

日系企業と欧米企業とのグローバル人材の育成の違いについて考えてみよう(図1)。日系企業は日本の教育システムを基軸にしているため、OJT中心となる。課長職でいえば、部下マネジメントや財務の研修などが行われるが、現地メンバーとの接し方やダイバーシティ研修などコミュニケーションに関する教育を実施している企業は少数だといえよう。現地での日常を想定した研修が赴任前に行われないと、現地ですでに活動している人から学ぶ以外にはなく、慣れるまでに時間がかかる。そうした苦労の中で頑張っているということで評価されるのが日本企業に多いが、ここが欧米企業との大きな違いなのかもしれない。

欧米企業の場合、ジョブディスクリプションが明確であることが特徴的である。これにより駐在員の職務や役割が明文化され、KPI(重要業績評価指標)に基づいて活動することがシステム化されている。つまり頑張る姿ではなく、求められる成果を上げなければ評価されないということだ。評価があいまいなグレーゾーンの仕事には関知しないといったことが合理的すぎると感じられないこともないが、KPIに基づく働き方は日本企業も大いに参考にすべきではないか。駐在員の現地での目的を明示し、その成果に応じた正当な評価制度が必要だということだ。駐在員の赴任前教育が十分とはいえない日本企業は、人事異動としての一環の海外赴任という感が否めないケースが多いようだ。戦略的なグローバル展開のための拠点づくりという場合は念入りな調査のためにそこそこの時間をかけるものの、異動シーズンにおける海外赴任の通知は、国内転勤のように1カ月前という企業も多い。これでは、子どもの学校の手配や引っ越し、ビザの手続きなど、生活面での準備だけであっという間に過ぎてしまう。現地語の履修や文化・風俗などを知るための事前準備は当然できず、なおかつ赴任後の引き継ぎもきちんとできないまま仕事を始めることになる。この点で欧米企業は、仕組み化されていることが多い。赴任後すぐに引き継ぎが可能なように業務手順などのドキュメント類が整備されている。私がコンサルティングしている欧米企業の技術者は、タイで拠点を立ち上げた後、インドネシア、インドへと展開していった。それを可能にするための本国からのスキル修得の支援が整備されているからだが、例えばeラーニングなどを活用しながら、その時々に必要なスキルを身につけることができるというようなことにも力を入れている。

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