J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2014年03月号

巻頭インタビュー 私の人材教育論 めざすは大阪発 世界初。 人間、小さく縮こまらず壁も国境も突破すべし

「千客万来都市OSAKAプラン~全員参加で『大大阪』『大関西』をつくろう」2011年度から取り組んできた3カ年計画の第2期に入った大阪商工会議所。地域の中小企業の力を結び付け、「大阪発世界初」をめざすその姿は、グローバルビジネス、グローバル人材の開発においてさまざまなヒントをもたらす。苦境を乗り切る力、先を見通すための洞察力とは。大阪の底力を発掘、発信する同会議所会頭で、京阪電気鉄道最高顧問の佐藤茂雄氏に聞いた。

佐藤 茂雄(Shigetaka Sato)氏
生年月日 1941年5月7日
出身校 京都大学法学部
主な経歴
1965年 4月 京阪電気鉄道 入社
1995年 6月 同社取締役
1999年 6月 同社常務取締役
2001年 6月 同社取締役社長
2007年 6月 同社代表取締役 CEO 取締役会議長
2011年 6月 同社取締役相談役
2013年 6月 同社最高顧問(現在) 団体及び公職歴
2003年 5月 一般社団法人関西経済同友会 「水都・大阪」推進委員会 共同委員長(現在)
2003年 7月 一般社団法人 日本経済団体連合会 常任理事
2004年 5月 一般社団法人 関西経済同友会 常任理事
※2010年5月20日退任、現在は特別幹事
2005年 5月 公益社団法人 関西経済連合会 評議員(現在)
2007年 5月 一般社団法人 日本民営鉄道協会 会長
2010年 3月 大阪商工会議所 会頭(現在)
現在に至る

大阪商工会議所
明治維新の改革で大きな打撃を受け衰退していた大阪経済を立て直し、新産業を振興するために、大阪経済界の指導者たちが1878(明治11)年に設立。以来135年以上にわたり、新しい時代を先取りした産業の育成・振興、地域社会の発展に取り組む。『大阪企業家ミュージアム』(17ページ参照)も運営。職員:211名。

インタビュアー/西川 敦子 写真/直江 竜也

進んでみなければ未来は見えない

――日頃からご講演やコラムでは、古典をはじめ、さまざまな文献を引用され、広くメッセージを伝えておられます。座右の銘はどんな言葉でしょうか。

佐藤

本や俳句で出会った言葉を大切にしています。言葉には言霊――魂が宿ると信じていますから。考え抜かれ、絞り出された文章の力は強いですよ。座右の銘は数々ありますが、印象深いのは「霧襖進めば少しずつ開く」という俳句。大阪生まれの俳人・西宮舞さんの作です。生駒山中を旅した際、乗っていたバスが濃霧の中に迷い込んでしまった時のことを詠んだものです。全く先が見えない状況にあっても、立ち往生しているだけでは何も見えてきません。しかし、そろりそろりとでも前進してゆけば、少しずつ霧の晴れ間が見えてくる。この句に出会ったのは2001年頃でしょうか。経済界全体が重苦しい空気に包まれている中、京阪電気鉄道の社長に就任したばかりだったので、非常に勇気をもらいました。

――2001年6月に京阪電気鉄道 代表取締役社長に就任され、2007年に代表取締役CEO・取締役会議長、2011年には取締役相談役、2013年から最高顧問となられています。当時、京阪電気鉄道では、2001年に中之島新線を建設着手決定、2008年10月には開業。関東も含めた全国エリアでの事業多角化を推進されています。一方、子会社の整理統廃合など、大胆な革新が行われました。

佐藤

京阪電気鉄道の苦難の時代の経営者、太田光熙の言葉に「善いと思うことは一度試みにやってみるがよい。その結果が悪ければ、止めるまでだ」というのがあります。「やってみなはれ」というチャレンジ精神を説いたわけですな。やらない理由はごまんとありますから、皆、問題点を分析してばかりで動こうとしない。しかし、進まないことには何もわからないのです。

日頃、たくさんの中小企業をお訪ねし、どのように困難を乗り越えてきたか、お話をお聞きしていますが、皆さん、本業が立ち行かない時は、自社の持てる技術、ノウハウから枝葉を伸ばし、新しいビジネスを生み出してこられている。利益が苦しい時代にはそれが支えとなり、景気が回復してきた今は、本業への設備投資の原資となっています。失われた20年間、日本全体がしんどかったが、大阪にもしんどい時代が続きました。そんな中、中小企業の皆さんは創業の精神を失わず、創意工夫を重ねながら手さぐりで前進してきたのです。彼らの姿はそのまま、企業における自立型人材のモデルと言えるのではないでしょうか。

教養こそグローバル人材の基礎

――グローバル市場への進出が盛んに叫ばれる今、大阪商工会議所では、「海外市場アクセス」支援として海外現地法人活用・活性化支援や海外シルバービジネス展開、また企業や外国人留学生向けにセミナーを開催し、海外人材のマッチング等にも注力されています。改めて、グローバル人材育成についてご意見をお聞かせください。

佐藤

真のグローバル人材とは、「教養を持つ人間」ではないかと思います。たとえば、19世紀の米国の詩人、ウォルト・ホイットマンは日本の侍たちについてこう語っています。

「西の海を越えて遥か日本から渡来した、頬が日焼けし、刀を二本手挟んだ礼儀正しい使節たち」

彼が目にしたのは、新しん見み正まさ興おきを筆頭とする遣米使節団の一行。ニューヨークのブロードウェイを行進する彼らの姿に感銘を受けたホイットマンは代表作『草の葉』の中で、当時の印象に触れたのです。ちょんまげに脇差といういでたちは、米国人にとって異形そのものだったことでしょう。しかし、毅然とした姿勢や居ずまい、凛としたまなざしから、教養の高さをうかがい知ることができた。英語力、コミュニケーション能力だけではグローバル人材たりえない、ということです。

――自国や郷土の文化を知り、誇りを持って発信する力も不可欠だと。

佐藤

西洋史学者の故・木村尚三郎さんが1992年に上梓された『「耕す文化」の時代』(PHP研究所)で「地方は文化の宝庫だが、東京を窓口にして国際化を図るのは誤りだ。これからは地方が直接、世界に働きかけなければいけない」というようなことを書かれている。まさにその通りです。

たとえば大阪には、文楽、落語、歌舞伎など歴史ある文化がたくさん眠っています。また、関西の至るところに京野菜や難波野菜に代表されるような素晴らしい農作物がある。大阪のみならず、鳥取、福井、和歌山などさまざまな地方の文化、食の素晴らしさを世界に知ってもらいたいですね。大阪商工会議所では、今後、関西の中小企業の皆さんとチームを組み、世界にどんどん発信する「手作り観光」をプロデュースしていくつもりです。

とはいえ、ただ「歴史だ」「ブランドだ」と訴えても功を奏しません。例えば、香港は外食文化で知られる都市ですが、あちらでは今、大変な和牛ブーム。といっても人気があるのは、神戸牛や近江牛じゃない、「佐賀牛」なんです。というのも佐賀県は、昭和60年代から地元ブランド牛を育て、海外進出のための努力を重ねてきました。具体的には生産能力の拡充や、小ロットで定刻通りレストランに配送する、といった物流戦略です。グローバルな広い舞台でも、物を言うのはきめ細かな創意工夫なのです。

――2011年度から取り組んでこられた「千客万来都市OSAKAプラン~全員参加で『大大阪』『大関西』をつくろう」についても教えてください。

佐藤

これは、大阪発のブランド、商品、製品、コンテンツの発掘と、世界に向けたPR活動、大阪ならではの「おもてなし」文化を紹介するというもので、2013年12月に第2期3カ年計画を策定しました。 外国人観光客の誘致にはますます力を尽くしていきます。「大坂の陣400年天下一祭」など話題も豊富です。 大正後期から昭和初期、大阪が「大大阪」と呼ばれ大いに発展した昔、いや、それより以前から、広い世界を志向する気概が大阪人にはありました。

例えば、稲畑産業の創業者、稲畑勝太郎などはその一人。日本染料の発展に尽し、さらに海外へ進出。ベルギー、中国、インドネシア、韓国、ベトナムに拠点を開設したグローバル経営者です。 「覚めよ、有為のわが青年よ。そしてもっと眼を大きく見開くがよい。常夏の海の涯にも、白雲の山の陰にも、卿けい等らの新しい世界が待っているではないか」という彼の言葉を、今の若い人たちに贈りたいですね。最近の若手は内向き志向が強いと聞きますが、残念なことです。

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