J.H.倶楽部

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Learning Design 2021年01月刊

特集│HR TREND KEYWORD 2021│人│ポライトネス理論 円滑なコミュニケーションのための 言語ストラテジー

近年、多様化する価値観に対応し関係性を築くため組織内コミュニケーションの重要性が高まっている。
対面が制限されたテレワーク環境下では、いっそう高度なスキルが求められるだろう。
そんなときに役立つ考え方が、「ポライトネス理論」である。
日本のポライトネス理論研究の第一人者である国立国語研究所の宇佐美まゆみ氏に聞いた。

宇佐美 まゆみ(うさみ まゆみ)氏
国立国語研究所 教授

人間文化研究機構国立国語研究所教授。教育学博士。専門は、言語社会心理学。日本語教育学。
慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻、ハーバード大学教育学部大学院人間発達心理学科言語・文化修得専攻 博士課程修了。
ポライトネス理論研究の他、女性、高齢者など社会的マイノリティの視点に立ち、「言葉」がいかに現実認識を形成し、再生産しているかという観点から、執筆活動を行っている。

[取材・文]=崎原 誠 [写真]=宇佐美 まゆみ氏提供

敬語では不十分? 人間関係を円滑にする言葉遣いとは

日本では、敬語を使えないと社会人として一人前と見なされない。では、敬語さえ使えば、相手と信頼関係を築き、円滑なコミュニケーションをとることができるのだろうか。

「実際には、敬語を使ったからといって必ずしも丁寧になるわけではないし、『です・ます』がないと失礼になるとは限りません。敬語には相手と距離を置く効果があり、それがうまく作用すれば相手を尊重する気持ちが伝わる一方、踏み込んだ友好関係を築きにくい面もあります。学生などは、半分冗談・半分本気で『嫌いな人には敬語を使います』と言うんですよ」(宇佐美氏、以下同)

言葉遣いや表現が人間関係にどんな影響を与えるかについての考察に、社会科学者のブラウンとレビンソンが提唱した「ポライトネス理論」がある。

「ポライトネス(politeness)」とは「丁寧さ」「礼儀正しさ」を意味する英語だが、ここでいう「ポライトネス」は、簡潔には、「人間関係を円滑にするための言語ストラテジー(=方略)」と定義される。

「敬語のような形式面ではなく、実際に言葉が使われたときに相手が心地良いかという心理面が重視されます。『この企画、君が考えたの? すごいじゃん、超面白いよ!』といった砕けた言い方も、相手や場面を間違えなければ、『ポライトネス』となるのです」

日本語の「丁寧さ」とも英語の一般的意味での“politeness”とも同義ではないという。

「ポライトネス理論のキー・コンセプトに『フェイス』という概念があります。これは、人が人とのかかわりあいにおいてもっている基本的欲求のことです。他者に理解されたい、好かれたい、賞賛されたいというプラス方向への欲求がポジティブ・フェイス。ここから先は他者に立ち入られたくない、邪魔されたくないというマイナス方向にかかわる欲求がネガティブ・フェイスです。

これらの欲求を実現するような言葉遣いをすることが『ポライトネス』であり、ポジティブ・フェイスに訴えかける言葉遣いを『ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー』、ネガティブ・フェイスに配慮する言葉遣いを『ネガティブ・ポライトネス・ストラテジー』とよびます」

なお、「ネガティブ・ポライトネス」に“ネガティブ”な意味合いはなく、相手に近づくか近づかないかの方向性を表しているにすぎない。人に話しかけるときに、「忙しいところ悪いけど」と前置きを付すことは、「邪魔されたくない」という相手のネガティブ・フェイスを尊重しており、ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーといえる。敬語使用の原則を守ることも、互いの社会的立場を侵害しないことを表すという意味では同様だ。とはいえ、敬語文化に慣れ親しんだ日本人には使い分けが難しい概念である。表現を選択するうえでの基準はあるのだろうか。

表現を選ぶ目安となるフェイス侵害度見積もりの公式

どんな場面でどんな言葉遣いを選ぶかを判断する目安になるのが、「フェイス侵害度見積もりの公式」だ(図1)。ある行為(x)が相手のフェイスを脅かす度合い(Wx)は、①D:話し手と聞き手の社会的距離、②P:聞き手の話し手に対する相対的なパワー、③Rx:行為(x)が相手にかける負担の度合いの3つの要素によって決まり、この合計が大きいほどポライト(丁寧)な表現が求められる。

「友人に100円借りる場合と1,000円借りる場合を考えてみてください。借りる相手は同じなので、社会的距離(D)と力関係(P)は同じ。ですが相手の負担度合い(Rx)に差がありますよね。100円であれば負担が小さいので、『ちょっと貸して』くらいの言い方になりますが、1,000円だと、『悪いけど1,000円貸してくれないかな』といった言い方になる。『実は財布を忘れて』と理由を添えてもよいかもしれません」

では、「ポライトネス」を実現するための具体的なストラテジーには、どんなものがあるだろうか(図2、3)。

「たとえば『髪型、変えたんだね?』と相手に関心を示すことは、ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーになります(図2-❶)。砕けた口調や、業界用語・社内用語といった共通言語も、内輪であることを示す効果があります(同❹)。『そうですよね』と一致を求めたり(同❺)、同郷などの共通点をもち出す(同❼)のも有効でしょう。学校の先生などが、『~しなさい』というべきところを『~しましょう』(英語では“Let’s ~”)とインクルーシブな(巻き込む)言い方にするのも、同様です(同12)。

一方、ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーには、敬語(図3-❺)のほか、『私だけの考えかもしれないけど』と曖昧化したり(同❷)、相手の仕事を手伝ったときにお礼を言われ『こちらこそ、勉強になりました。良い機会をありがとうございます』と返し、相手に借りを負わせない方法(同10)もあります」

このように様々な方法があり、我々は日常、無意識に使い分けているが、これを自分なりに考え使い分けることが重要だと宇佐美氏は指摘する。

「上司は部下にこうした接し方をすればいい、といった物差しはありません。自分の立場だけではなく、一人ひとりとの関係性や、場所(オフィスなのか酒の席なのか)によっても異なるでしょう」

また、押さえておきたいのは、異なる意見や反対意見、問題点の指摘を控えることが「ポライトネス」ではないということだ。「言うべきことは言う」ことが重要であり、その言い方の工夫を身につけることが求められているのである。

工夫したい人は、図2、3を基に自分用の言い回しリストを作成したり、重要な場面でこれらを見て表現を考えたりしてもよいだろう。

話し手と聞き手の見積もりに差が生じることが問題

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