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特集│HR TREND KEYWORD 2021│人│ポライトネス理論 円滑なコミュニケーションのための 言語ストラテジー
近年、多様化する価値観に対応し関係性を築くため組織内コミュニケーションの重要性が高まっている。
対面が制限されたテレワーク環境下では、いっそう高度なスキルが求められるだろう。
そんなときに役立つ考え方が、「ポライトネス理論」である。
日本のポライトネス理論研究の第一人者である国立国語研究所の宇佐美まゆみ氏に聞いた。
敬語では不十分? 人間関係を円滑にする言葉遣いとは
日本では、敬語を使えないと社会人として一人前と見なされない。では、敬語さえ使えば、相手と信頼関係を築き、円滑なコミュニケーションをとることができるのだろうか。
「実際には、敬語を使ったからといって必ずしも丁寧になるわけではないし、『です・ます』がないと失礼になるとは限りません。敬語には相手と距離を置く効果があり、それがうまく作用すれば相手を尊重する気持ちが伝わる一方、踏み込んだ友好関係を築きにくい面もあります。学生などは、半分冗談・半分本気で『嫌いな人には敬語を使います』と言うんですよ」(宇佐美氏、以下同)
言葉遣いや表現が人間関係にどんな影響を与えるかについての考察に、社会科学者のブラウンとレビンソンが提唱した「ポライトネス理論」がある。
「ポライトネス(politeness)」とは「丁寧さ」「礼儀正しさ」を意味する英語だが、ここでいう「ポライトネス」は、簡潔には、「人間関係を円滑にするための言語ストラテジー(=方略)」と定義される。
「敬語のような形式面ではなく、実際に言葉が使われたときに相手が心地良いかという心理面が重視されます。『この企画、君が考えたの? すごいじゃん、超面白いよ!』といった砕けた言い方も、相手や場面を間違えなければ、『ポライトネス』となるのです」
日本語の「丁寧さ」とも英語の一般的意味での“politeness”とも同義ではないという。
「ポライトネス理論のキー・コンセプトに『フェイス』という概念があります。これは、人が人とのかかわりあいにおいてもっている基本的欲求のことです。他者に理解されたい、好かれたい、賞賛されたいというプラス方向への欲求がポジティブ・フェイス。ここから先は他者に立ち入られたくない、邪魔されたくないというマイナス方向にかかわる欲求がネガティブ・フェイスです。
これらの欲求を実現するような言葉遣いをすることが『ポライトネス』であり、ポジティブ・フェイスに訴えかける言葉遣いを『ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー』、ネガティブ・フェイスに配慮する言葉遣いを『ネガティブ・ポライトネス・ストラテジー』とよびます」
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プロフィール
国立国語研究所 教授
人間文化研究機構国立国語研究所教授。教育学博士。専門は、言語社会心理学。日本語教育学。
慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻、ハーバード大学教育学部大学院人間発達心理学科言語・文化修得専攻 博士課程修了。
ポライトネス理論研究の他、女性、高齢者など社会的マイノリティの視点に立ち、「言葉」がいかに現実認識を形成し、再生産しているかという観点から、執筆活動を行っている。
[取材・文]=崎原 誠 [写真]=宇佐美 まゆみ氏提供