J.H.倶楽部

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Learning Design 2021年01月刊

私らしく生きる 第15回 力まず、こだわらず、面白く。 遠回りをしてはじめて見える“ 自分自身”

漫画『孤独のグルメ』の原作者であり、音楽やエッセイ、装丁など幅広いジャンルで活躍をする久住昌之さん。
多彩なキャリアの背景には、“ 面白いこと”を見つけ続ける独自の視点があった。
久住さんの“私らしさ”とは――。

久住 昌之(くすみ まさゆき)氏
東京・三鷹生まれ。1981年、泉晴紀と組んで「泉昌之」名で漫画家としてデビュー。
谷口ジローと組んで描いた漫画『孤独のグルメ』は、2012年にTV ドラマ化され、Season8まで放映。
劇中すべての音楽の制作演奏、脚本監修、最後にレポーターとして出演もしている。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=武井 メグミ

刺激だらけだった美学校の日々

――久住昌之さんは漫画・漫画原作、音楽、エッセイ、装丁と多彩なキャリアをおもちですが、それはどんなふうに広がっていったのでしょう。

久住昌之氏(以下、敬称略)

うーん、「広がった」というのとはちょっと違うんですよ。自分としては途中でやることを変えたり、次々に新しいことを始めたりした感覚はなくて、たとえば、絵を描くのは昔から好きだったし、ギターを弾くのも、曲をつくるのも、中学のころからやっていました。どれも最初から好きで続けていただけで、テニスもするけれど、ゲームもする、みたいなものです。誰でもそうでしょう、若いころって。ただ、ボクの場合、どれもずっと飽きなかったし、あきらめることもなかった。そもそも「ものにしたい」なんて考えていなかったんだから、あきらめる必要もないわけです。

――子どものころの夢や、なりたかった職業みたいなものは……。

久住

特になかったですね。絵は好きだったので、高校2年のときに美大へ行きたいと教師に相談したら、「遅い」と言われました。それで、都内の一般大学に進学したのですが、やっぱり未練があって。美術を学ぶ「美学校」に、週に1回、1年間通ったんですよ。大学に行きながら。それもただ、そういうところで習ってみたかっただけ。将来のために!とか、そんなつもりじゃありません。

――どんな環境なんですか。すごく厳しいとか?

久住

全然。めちゃくちゃゆるくて楽しかったです。当時、ボクは高校を出たばかり。他の生徒は年上ばかりでした。23歳前後の人が多かったかな。みんな自分の力で生活して、自分の好きなものもちゃんとあって、それで美学校へ来ていたから、話をしていてすごく新鮮だったんです。これが大人なのかと思いましたね。ほんの1年でしたが、ボクにとっては初めて知ることだらけの1年でした。

面白いことをはしゃがず淡々と

――美学校では、講師を務めていた美術家で作家の故・赤瀬川原平氏をはじめ、錚々たる顔ぶれとの出会いがあったそうですね。

久住

赤瀬川さんのことは美学校で出会うまで、ほとんど知らなかったんですよ。中学生のときにあるレコードを買ったら、歌詞カードがものすごく凝ったつくりで衝撃を受けたんだけど、後から美学校で「あれの題字も赤瀬川さんだよ」って聞いたときはもっと驚きました。もちろん、赤瀬川さんの講義も面白かったし、南伸坊さんとか渡辺和博さんとかOB がよく顔を出していたので、そのままみんなで飲みに行っちゃうみたいな。でも飲みながらの会話が最高に面白く、刺激的でした。

――久住さんご自身も、いろいろな先輩から影響を受けたわけですか。

久住

影響を受けたという意味では、やはり赤瀬川さんでしょう。おかしいことやバカバカしいことを、はしゃがないで、静かに淡々とやるところにすごく共感できたんです。赤瀬川さんが芥川賞をとったときの受賞スピーチの原稿が見つかって、これがおかしいんですよ。「えー」とか、「あのー」「そのー」とかまで前もって原稿に書いてある(笑)。亡くなってからもボクを笑わせてくれる。赤瀬川さんや周りの人たちも含めて、自分と同じようなことを、同じように面白がる大人がいるんだ、ということが、当時のボクにはすごく面白くて、うれしかったですね。

『孤独のグルメ』の原点とは

――ちょうど40年前の1981年に、『夜行』という作品で、漫画原作者としてデビューされました。当時の経緯を教えてください。

久住

大学4年生のとき、美学校の同期だった泉晴紀さんが、漫画家になりたいといって、ボクに絵を見せに来たんです。暗いし、古臭いし……絶対売れそうにない絵なんだけど、ちょっと待てよ、と思って。その画風のまま、ものすごくくだらない話を描いたら面白いんじゃないかと思ったんです。それでその夜のうちにつくったのが、トレンチコートを着込んで格好をつけた男が、ただ黙々と駅弁を食べているだけの話。それを泉さんが漫画にして、2人の名前を合わせた「泉昌之」名義で発表したのが『夜行』です。最初に持って行った出版社では、ボロクソにこきおろされましたね。紆余曲折の末に、『ガロ』という雑誌からデビューすることができました。

――『夜行』は『孤独のグルメ』の原点みたいなものですか。

久住

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