J.H.倶楽部

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Learning Design 2020年03月刊

気づきのトピックス取り組みレポート “里おこし”は“人おこし” 組織も里山も 「逆開発」で進む!

房総半島の南北を走る沿線で鉄道や乗合・観光バス業を営む小湊鐵道。
同社は、沿線の地域を地元の人々と協働して“逆開発”(里山に戻す活動)をしているが、近年は里山のみならず、組織のなかでの「逆開発」をも意識しているとのことである。
どういうことなのかを取材した。

小湊鐵道株式會社
Kominato Railway Co., Ltd.

1917年5月設立。千葉県市原市に本社を置き、房総半島の南北を走る沿線で鉄道や乗合・観光バス業を営む。
沿線の里山との融和を図る駅や鐵道の在り方や、地域住民との協働による逆開発・里おこし活動が評価され2017年に「グッドデザイン賞」を受賞。
資本金:2億250万円
売上高:54億6,000万円(2018年3月期)
従業員数:576名(嘱託、出向含む)

[取材・文]=平林謙治 [写真]=小湊鐵道提供、編集部、PIXTA

「房総里山トロッコ」に活路

春になると、沿線を黄色い菜の花が彩り、乗客の目を楽しませる。千葉県・房総半島の真ん中を走る小湊鐡道は運転開始から103年の歴史を誇る、全線39kmのローカル線だ。その一部区間、五井駅から養老渓谷駅までをのんびり1時間かけて運行するのが、いま話題の観光列車「房総里山トロッコ」である。

「今年(2020年)1月に例の『チバニアン』も正式決定しました(※沿線の養老川岸にある地磁気逆転期地層。地質年代の区分を特定する国際標準模式地に認められ、地球史の一部に「チバニアン=千葉の時代」の名が刻まれた)。トロッコ列車に乗って、ぜひ多くの人に日本初の快挙の地を訪れていただきたいです」と、石川晋平社長は声を弾ませた。

のどかな田園風景のなかをレトロなSLに牽引されて進むトロッコ列車の客車には、窓がない。天井もガラス張りの開放型だ。

「ただ景色を眺めるだけではなく、気持ちいい風や陽の光をじかに浴びたり、鳥の声や草花の香りに包まれながら美味しいお弁当を食べたり、五感のすべてで里山の魅力を堪能していただきたいんです。そのために、人と自然とを隔てる壁をできるだけなくそうと思い立ちました」

しかも、速度は通常の半分以下の時速25km。風景がよく見えるだけでなく、沿線住民とも目線が合い、互いに自然と手を振りあう。

「お客さんが喜んでいるのを見ると地元の人もうれしいし、その笑顔を見てお客さまもまた喜んでくれる。そうした出会いや交流は我々にとっても刺激になります」

障害物を取り払って、ゆっくりと進むことで、いままで見逃していた地域の豊かさ、人と自然の潜在力が見えてくる――。石川社長が、自ら発案したトロッコ列車の可能性に小湊鐵道の未来を見いだしたのは、社長に就任して6年目。2015年のことだった。

消えゆくものを守った祖父の遺志

2005年に、祖父の石川信太氏が30年近く社長・会長を務めてきた小湊鐵道に入社。それ以前は地元の銀行に勤めていた。畑違いのうえに、「子どものころから会社には足を踏み入れたこともないし、列車に乗ったこともなかった」という。それほど疎遠だったにもかかわらず、祖父の「小湊に来い」のひと言で、入社が決まった。

「問答無用。つべこべ言う余地などないんですよ、明治生まれのおっかないじいさんでしたから(笑)」

しかし、同社の業績はバブル崩壊直後の1993年をピークに下降線をたどり、石川社長が入社した当時も地方私鉄のご多分にもれず、収益・乗客数とも減り続けていた。何より沿線の人口減に歯止めがかからず、好転の兆しさえ見えなかった。

「元銀行マンの視点で見れば、話は簡単だったんですよ。市街地や工業地帯を走る区間は黒字で、上総牛久から先の山間部を走る区間で赤字が続いていた。だったら、数字の悪い区間を一刻も早く切るしかないでしょう、と。でも、祖父は、そうした失われる運命にあるものを、何とか守ろうとする経営者だったんです。画家としても2,000点以上の絵を遺しましたが、そのほとんどが消えゆく里山の風景でした。だから、小さな駅舎も原設計のまま保存し、窓枠をサッシに替えることさえ許さなかった。列車も古いものを大切に使い続けていたんです」

いまでこそそれらは文化財に指定され、同社と地域の貴重な資産ともなっているが、以前の石川社長は、祖父のそうした考えを理解できなかったという。

まだ銀行に勤めていたころのこと、普段寡黙な祖父にどういう仕事をしているのかと聞かれたので、手掛けていた再開発事業の話をすると、思いがけない言葉が返ってきた。

「君がしていることは“開発”じゃない。破壊だよ」

その祖父が2008年に他界し、翌年から後を継いだ。石川社長は、経営改善の打ち手を探りながら、祖父の言葉の真意を問い続けた。

「自分なりの答えをつかむきっかけになったのは、保線作業で使うレールバイクでした。線路を走れるようにバイクを改造した乗り物で、ある日、私もそれに同乗して、山の中の赤字区間を走ってみたんですよ。自然とじかに触れあって走る楽しさといったら、もう最高でしたね。里山って、こんなにいいところだったのかと。レールバイクのように開放感のある列車を走らせて、この楽しさをより多くの人に届けたいという思いから生まれたのが、冒頭の房総里山トロッコのアイデアなんです」

「社会会社」と組織の「逆開発」

社内からは反対の声も上がった。新しい列車を造るより、古くなった既存車両の交換が先だというのだ。しかし、それをするにも費用が必要であり、沿線人口が減り続けている以上、何とかして外から利用客を呼び込んで“外貨”を稼ぐほかない。それには、里山の自然を満喫できるような、魅力的な観光列車を走らせるのが最善の策だ――石川社長はそう言って、社員を説得した。トロッコ列車が本格稼働し始めた2016年度、はたして小湊鐵道の収益は24年ぶりに改善。遠方から訪れる人が増え、乗客数も大幅に伸びた。

2017年には、トロッコ列車の終点である養老渓谷駅の「逆開発」にも着手した。駅周りのアスファルトをはがし、現れた土壌に在来の植物を植えつける。10年後には雑木林にかえる予定だ。逆開発とは、開発によって失われた里山の自然や風景を本来の姿に戻す営みに他ならない。そこへまた人々が集まり、交流することで地域の価値や潜在力が再発見されていくのだ。

「赤字区間の里山には数字では表せない豊かな魅力が眠っていて、それこそが小湊鐵道ならではの“資産”だと気づいたのです。その気づきはまだ組織全体には共有されていませんが、徐々に浸透しつつあります」と、石川社長は手応えを語る。

沿線の各地には、以前から荒れた里山の保全再生活動に取り組む住民団体があり、無人駅の清掃や季節の飾りつけまでボランティアで担っているが、小湊鐵道の社員もそうした地元有志たちと定期的に協働して、ヤブの伐採など“里おこし”の作業に汗を流す。「そのなかで気づいたり、鍛えられたりする部分も大きい」と語るのは、新経営推進室係長の高橋沙織氏だ。

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