J.H.倶楽部

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Learning Design 2019年11月刊

連載 私らしく生きる 第9回 フリーアナウンサー 竹内香苗氏 離れてわかった仕事への愛 目の前のことを一つずつ 心を込めてやり遂げる

TBS アナウンサーとして数々の番組に出演していた入社12年目、フリーアナウンサーに転身して夫とともに南米に渡った竹内香苗さん。
現在は帰国し、3人の子どもを育てながら、仕事に育児にと忙しい毎日を過ごしている。
仕事を離れたことであらためて気づいた仕事への思いとは。
また、アナウンサーへのこだわりについて話を聞いた。

竹内 香苗(たけうち かなえ)氏
東京外国語大学外国語学部卒業後、2001年にTBSにアナウンサーとして入社。
以後、『王様のブランチ』『みのもんたの朝ズバッ!』『時事放談』といった報道番組や情報・バラエティー番組、『伊集院光 日曜日の秘密基地』といったラジオ番組で活躍。
2012年10月、夫の南米赴任に同行するためTBSを退社、フリーアナウンサーに転身。
2017年3月帰国後、現在は『伊集院光とらじおと』(TBSラジオ)、『この国の行く末2―テクノロジーの進化とオープンイノベーション-』(BSフジ)、『ディスカバリー傑作選』(BS11)
などに出演中。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=中山博敬

仕事への“愛”を再確認

――竹内さんは2012年のご結婚を機に、ご主人の南米赴任に同行するためTBS を退社され、フリーアナウンサーに転身されました。当時は、局アナとして報道からバラエティーまで、多くの番組を担当されていたキャリアの充実期。思い切った決断をされましたね。

竹内香苗氏(以下、敬称略)

それまで12年間自分なりに突っ走ってきたので、環境を変えるのもありかな、と。でも、それ以上に、結婚してすぐに離れ離れになるのが嫌でしたし、また赴任先でも、フリーとして別の形で現地の情報をお伝えできる機会もあるかなと、むしろ新しい展開が楽しみでしたね。ただ、現実は結構厳しくて……。よく1人でしくしく泣いていました。

――初めての出産、子育てを海外で経験され(※長男をブラジル、次男をアルゼンチンで出産)、ご苦労は想像以上だったそうですね。

竹内

育児から何からすべて、日本のようにスムーズにはいきません。頼る人もいないし、治安が良くないので、どうしても気持ちがめいってしまうことがありました。それでもせっかく来たのだからと、リオのカーニバルやアルゼンチンのタンゴなど、現地でしか味わえないものに意識的に触れて、無理やりにでも楽しく過ごすようにしていました。当時、アルゼンチンには日本の食べ物があまりなかったので、食べたいものを“自作”することにもハマりましたね。製麺機で粉から作った自家製ラーメンとか、ネットでレシピを調べたオリジナル銘菓「萩の月」とか。それがある意味、精神安定剤になっていたのかもしれません。食べることは私の生きがいですから(笑)。

――厳しい環境で過ごしたからこそ、得られたこともあるのではないでしょうか。

竹内

それはもう、アナウンサーという仕事への“愛”を再確認できたことにつきます。TBS 時代は忙しすぎてつらい時期もありましたが、いざ離れてみると、仕事をしていたとき以上に愛が溢れて、「原稿が読みたい!」「レポートがしたい!」「司会がしたい!」と、あらためてモチベーションに火がついたんです。

仕事や職場でしか会えない仲間と疎遠になってしまったこともこたえました。以前は会えるのが当たり前でしたから。「帰国したら、あの人たちとまた仕事ができる」。そんな思いを支えに、駐在期間の5年間をあと何年、あと何日と指折り数えて踏ん張った感じです。いま、仕事を続けていられるのも、あの5年間があったからかもしれません。

新人時代は緊張から失敗の連続

――そこまで強い思いの原点はどこにあるのでしょう。いつ頃からアナウンサーを目指したのですか。

竹内

もともとテレビっ子だったんですよ。それも、超がつくほどの。中学、高校時代は1日5、6時間、しかもほぼ全局チェックしていて、新聞のテレビ欄を暗誦できるぐらいでした。自然と、メディアの世界の仕事に憧れるようになって。親はあきれていましたけどね。あのTBS の名物ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』も初回から全部見ました。中学のときかな。

――シブい中学生ですね(笑)。

竹内

でも、結果的にはその経験が、TBSの一員として働いていくうえで、ものすごくプラスになったんです。就職のときはアナウンサーの試験が一番先だったので、そこでダメなら制作や裏方、一般職も受けるつもりでしたが、幸運にもアナウンサーで採用されて01年に入社しました。

当時、平日の朝に『はなまるマーケット』という生活情報番組がありまして、そのなかで視聴者プレゼントの商品を紹介したのが、記念すべき私の初仕事です。

――念願かなってテレビ業界に就職したわけですが、実際に入ってみて現場の印象はいかがでしたか。

竹内

正直怖かったですね。というのも、当時の技術の方は職人気質のベテランの方が多く、カメラさんも、照明さんや音声さんも、怒鳴りあってピリピリしていましたから。私が間違って、マイクを触ってノイズを入れたり、カメラに向けてちゃんと商品を見せられなかったりすると「チッ!」と舌打ちが飛んできたものです。

同期3人のうちで一番ヘタでしたから、新人のころの失敗談も数え切れません。原稿を覚えて言わなければいけないのに、緊張で頭が真っ白になって固まったり、番組を時間内に収めなければいけないのにこぼしてしまったり。あるシンポジウムでは司会をしていて、ゲストのお名前を何度も噛んでしまいました。主催者の方にものすごく怒られて、あれは落ち込みましたね。

――そんなときは、どうやって乗り越えたのですか。

竹内

先輩に相談してアドバイスをもらいました。とことん準備すれば本番で緊張しなくなるとか、名前を噛んでしまうようなら、漢字の横にフリガナを書いてみるといいとか、あるいは司会進行なら○○さんを、ナレーションなら△△さんを参考にするといいとか。心構えの部分から具体的なテクニック面まで、親身に教えてくださったんです。

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