J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2009年08月号

連載 HRD Professional Road 人材開発プロの道 Vol.8 仕組みで現場を変える(前編)―仕組みをつくる―

今号では、人材開発部が現場を変えるための間接的なアプローチとして「仕組みをつくる」ことを紹介する。仕組みをつくって効果的に運用するために欠かせない「考え方」「展開方法」「指標」とは何かを解説する。

田崎 洋(たざき・よう)氏
日本能率協会マネジメントセンター研修ラーニング事業本部
研修コンサルティング事業部 組織革新部長チーフHRMコンサルタント
成城大学法学部卒業、1986年日本能率協会入職。教育研修の企画に従事し、階層別教育などや教育体系の設計・運用の企画・開発を行う。1991年から日本能率協会マネジメントセンターに転籍し、人事制度設計・教育体系の設計・組織革新にかかわる研修などのコンサルタントとして活躍し現在に至る。

間接的に現場を変える「仕組み」とは何か

前号まで人材開発部門が「現場を変える」ためのコンセプトを決めたうえで、現場に直接、あるいは間接的にかかわるという2つのアプローチモードについて事例を交えて解説してきた。今号と次号は、現場に間接的にかかわるアプローチとして、「仕組み」をつくることを考えていきたいと思う。

仕組みと一言で言っても、いったい仕組みとは何なのだろうか。わかりやすく表現すれば、仕組みをつくり、効果的に運用していくためには、「考え方(設計方針と運用方針)」「展開方法(手続きと基準)」「指標(目標項目と目標値)」の3要素が必要となってくるということだ(図表1)。

●仕組み① ―考え方―

まず、「考え方」であるが、これはコンセプトで決めたことを実現するために、どのような方針で仕組みをつくるのか(設計方針)、どのように運用していけば期待成果が達成できるか(運用方針)を明らかにすることである。重要なのは、人材開発のテーマを実現するために、

・仕組みに何を要求するのか

・仕組みによってどこまでの実現を果たすのか

を見定めることであろう。だが、こうした仕組みに対する“考え方”がしっかりしているかどうかを判断するのは極めて難しい。それは示された「考え方」の背景までしっかりと把握しなければ判断できないからだ。

【事例①】

ある電機部品開発・製造系企業E社では、社員の能力の開発のために自主的な職種転換ができる、いわゆるFA(フリーエージェント)制度を導入した*1。この運営に当たり、「自主性の重視」「能力開発機会の創出」という方針が表面上では示されている。しかし、この2つを示しただけでは、FA制度は実際にはうまく機能しない。

第一に自主性とは何かがあいまいである。自主的に手を挙げろといっても、本当に挙げてよいのかと悩む社員も多いだろう。挙げた手は戻せるのか、など疑問点はたくさんある。これらは、次の「展開方法」で解決されることかもしれないが、「考え方」に示しておいたほうがよい。そこで、同社では「自主性」について、「挙手して部署を移っても移らなくても悔いを残さないこと」「挙手することそのものを重視していること」と補足した。さらに「指標」である目標項目の中で全社の年間FA者数を重視することとした。

第二に「能力開発機会」であるが、社員には、そもそもここでいう能力の範囲はどこまでか、まだ学んでいないことでも、やってみたいテーマができる職種を希望してもいいのか、不安があった。そこで、「能力開発の機会の第一はE社保有のスキル基準書に示されている範囲とすること」「それ以外は自分でやってみたい知識・テーマを周囲の人にわかるように示すこと」という2つを補足した。

<「考え方」の示し方>

仕組みは「考え方」が重要だと述べたが、これは元来範囲のないものであるから、どこまで明らかにすればよいのか正解はない。一般的に多くの企業の規定・マニュアルを見ると、こんな章立てになっているのではないだろうか。

この中で大切なのが、最後に示されている「FAQ」や「留意点」である。FAQの多くは、手続きや基準に関連するノウハウを示しているので安定的に運用できるようになったものは、本論に盛り込めばよい。しかし、難しいのが留意点に示されている事柄である。これは、仕組みを運営するうえで、今後発生しそうな事象をどうとらえて、どういう「考え方」で対処すればよいのかを扱っているケースが多い。たとえば、先述したFA制度でいえば、「自主的に」といっても入社2年めの若手が手を挙げてもいいのかどうか。こういった場合は、「原則として1つの仕事を1人前にできるようになってから」と付け加えるだけで指針となる。

このように大抵の場合、仕組みを運用していく前にすべての考え方が具体化できるわけではない。仕組みを運用していくと、想定外のことが起きて新たな考え方が必要になる。そこで、それを次の改善時に新たな考え方として留意点に追加する。そしてまた次の想定外のことが起こり……というサイクルを回していくことで考え方を熟成させていくことができる。そのためには、現場に直接的にかかわりを持ち、新しい考え方を発見していくことが重要になる。また、こうしたサイクルは、仕組みをつくり、仕組みによる変化を起こすうえで必要とされてくるであろう。

●仕組み② ―展開方法―

次に、必要なのが「展開方法(手続きと基準)」だ。ここでは、大きく次の2つを明確にすることが必要である。

第一が手続きである。いわゆるルール。目的を実現するために、どのような方法で行えばよいかを示すのだ。

第二に基準がある。これは上記の手続きを、どのようなレベル・水準で行わなくてはならないかを示すものだ。

この2つは、セットになって示されているケースが多い。そして注意して欲しいのは、一般的に「仕組みを運用する」という場合、この展開方法だけを指していることが多いということだ。しかし、基盤となる「考え方」が欠けていては、「展開方法」を守ることもできないことを覚えておいて欲しい。

この例として、情報セキュリティ基準や品質管理基準(ISOやHACCPなど)の遵守への間違った取り組みを挙げることができる。こうした活動を行うためには、企業が品質管理などに対する、自社ならではの「考え方」を持って独自に重要性を社員に説く必要がある。しかし、外部機関が述べている「考え方」をそのまま受け売りにして、守るべき手続きと基準のみを自社版に変更して済まそうとしているケースがこれに当たる。

【事例②】

筆者が以前接したことのあるインフラ系企業F社では次のようなことがあった。同社では、新たな人材開発施策を検討する際、検討段階、それも具体的な施策案が固まっていない段階で、同業他社、あるいは人材開発で有名といわれる企業の人材開発情報を取りたがるのである。

そして、情報収集を終えると、「その仕組みがうまくいっているのかを教えて欲しい」と言い出す。要は「他社でうまくいった仕組みを自社に入れれば自社でもうまくいく」と考えているのである。これには筆者も絶句を禁じ得なかった。

これでは仕組みに対する自社の「考え方」があるとはいえない。人材開発方針は立派なもの――といっても、言葉そのものに自社独自の思いや意味づけを行っていないように見受けられるものがある。しかし、それを実現するための仕組みをつくるには、どのような考えで仕組みをつくるのか、「考え方」がなければならない。もし、「考え方」よりも「展開方法」が先に議論され始めるようであれば、注意が必要である。

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