J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2009年08月号

Topic ASTD 2009 カンファレンスレポート 従来の人材開発モデルを超えて 新しい枠組みを構築すべき時

職場における学習・訓練・開発・パフォーマンスに関する世界最大の会員制組織、ASTD(米国人材開発機構)が毎年開催している「ASTD International Conference & EXPOSITION」。
今年も5 月31 日~ 6 月3 日に米国ワシントンD.C.にて開催された。
このカンファレンスは、世界中から企業や教育機関・行政の人材開発や組織開発に携わる人たちが一堂に会して取り組みを発表し、学び合う場として多くの参加者を集めている。
今年は、経済危機の影響によるカオスの中での開催であり、企業の人材開発のあり方や枠組みにおいても転換期であることが色濃く現れた。その様子をレポートする。

高間 邦男(たかま・くにお)氏
ヒューマンバリュー代表取締役
明治大学商学部卒。産業能率大学総合研究所勤務後、1985 年にヒューマンバリューを設立。企業のニーズに合わせて研修システムや変革プロセスを協働開発・展開。1996 年からは「学習する組織」についての研究調査を行い、現在はポジティブアプローチで組織変革を行う手法の紹介を進めている。
写真はASTD 会場前、本カンファレンスのスピーカー紹介パネルの前で。

今年の「ASTD2009カンファレンス」では、昨年のリーマンショックに始まる世界同時不況と新型インフルエンザの影響か、参加者が昨年の1 万名から8000 名と、2 割も減少。参加者の出身国も80 カ国から77 カ国となり、全体的に盛況感は欠けていたものの、世界で今後、人材開発・組織変革がどういった方向に舵を切られていくのかについて、数々のヒントを与えてくれるものだった。

昨年264 名だった日本からの参加者も、今年は99名と寂しい。新型インフルエンザに対して各企業が渡航を規制し、直前になって半分以上がキャンセルしたのではないかと推察される。

ちなみに、今回の参加者数を国別に挙げてみると、図表1のような状態であった。韓国からも日本同様、昨年は442名の参加があったが今年は151名と大幅に減少。カナダからも昨年178 名から今年124名、クウェートからも132名から104 名。オランダに至っては昨年101 名だったが、今年は人数の発表がなかった。かなり少なかったのだろう。その代わり、昨年は参加人数が発表されていなかったデンマークから、63名が参加していた。昨年多く見かけた中国・香港・台湾人は、今年はほとんど姿が見られなかった。

ASTD2009 全体の概要

ASTD2009 は会期中の4日間で、合計364 のセッションが開かれる大規模なイベントである。

メインとなる本カンファレンス前には、「プレカンファレンス」と称し、16の学習認定プログラムと12のワークショップが開催される。学習認定プログラムは、人材開発や組織変革などの重要なテーマについて学習し、ASTDから修了証がもらえるコースで、今年は日本からも数名が参加していた。

6月1日からの本カンファレンス中は、3つの基調講演と、延べ285 のセッションが開催される(同一テーマ・内容で2回開かれるセッションが68あるので、それらを除くと217 である)。また、今年から新しい試みの1つとして、12本の「マイクロセッション」が開催されていた。これは90 分ほどで、3~4つ程度のセッションの見どころを、1つにつき20 分から30 分で、それぞれのプレゼンターが紹介するというもの。身体が1つしかない参加者(!)や、短い時間で要点を把握したい人には、走り回ることなく手軽にセッションの大体の内容をつかめるので、大変効果的な試みかと思えた。しかし、実際に初日のマイクロセッションに行ってみると、残念ながらニーズがなかったのか、参加者は4名と閑散とした状態。最終的には10人程度が参加していた模様であるが、来年はお目にかかれないかもしれない。

さらに、今回からの新しい試みとして、「バーチャルカンファレンス」がオープン。これはWeb から30 程度のセッションと基調講演が見られるというものである。ASTD 会員は500 ドル程度、非会員は900 ドル程度で、世界中どこからでも、環境がそろっていれば参加できる。今回、ワシントンD.C.に来られなかった日本の何名かの方々は、バーチャルカンファレンスで参加していた。これはその場で質問などもできるそうで、参加者からの評判は良かった。一度この形で参加すると、セッションのアーカイブ(映像)を30日間見られるという。リアルタイムでなくてよければ、時差の関係で毎晩徹夜をしなくて済む。ワシントンD.C.で直接参加した人々にはもれなく、このバーチャルカンファレンスにアクセスできるIDが後日メールで送られた。

統一テーマはラーニングエンゲージメント

ASTD2009 は例年と同様に9つのカテゴリーでセッションを構成していた。カテゴリーごとのセッション数は図表2の通りである。この数は毎年応募者数によって変化するのだが、その数の変化からはここ数年の傾向を読み取ることは、実際には難しい。

ASTD では毎年、会議に参加する人に求められる学習姿勢を表すテーマを掲げている。今年のテーマは「LearningEngagement」。このテーマの意味するところを事前にASTD事務局に尋ねたところ、これは、ASTD2009 に参加することを通して、“学習に関連したさまざまな関係がいかに深まるか”ということを表しているとの答えをもらった。つまり、ASTD2009は“公的機関と私企業”が出会い、相互に作用する場であり、“理論と実践”が出会うことで、優れた理論からいかにベストプラクティスが生まれるかを学ぶ場でもあるのだ。さらに“アイデアとリアリティ”が出会って、学んだアイデアを仕事で活かすためのヒントを得る場でもあるということだ。よって、この「ラーニングエンゲージメント」を日本語に訳すとすると「学習を生み出す結びつき」「学習への主体的関係づけ」「学習の互恵関係」などになるだろう。

人材開発・組織変革の今後の傾向とは

ASTD2009 は大規模なイベントであるため、筆者1 人で全容を把握することは不可能である。そこで、弊社ヒューマンバリューが主催した現地での情報交換会に参加した方々の意見を参考にしながら、全体の傾向についての印象をまとめた。ASTD を通して今後の人材開発・組織変革のあり方を考えようとする方にとって、1つの仮説として探究の一助になれば幸いである。

●経済危機の時代における人材・組織開発のあり方

2009年のASTD会長ジム・カパラ氏は、ジェネラル・セッションの挨拶で、困難な時代を生き抜き繁栄するためには、人材開発・組織開発に携わる人々がどうあるべきかということについてメッセージを発していた。これはASTD の公式サイトに掲載されている『ASTD Economic Survival Guide』とほぼ同様の内容であった。

カパラ氏はまず「“悪天候”に耐え、景気が上向いた時に繁栄したいなら、企業は自分たちにとって重要なタレントを保護し開発しなければならない。構成員を使い捨てと見なす古い悪習を捨て去らなければならない」と主張。そして、経済危機に揺らぎはするものの、地に足が着いている企業は人的資本の価値をすでに理解していることを述べた。さらに、ASTD と調査会社i4cp の共同調査「Learning in a DownEconomy(景気低迷期における学習)」を引用し、38%の企業が、この景気低迷期において、学習に以前より重点を置こうとしていると指摘した。

いまや次に何が起こるのか、いつ景気が回復するのかといったことがまったく不透明な経済情勢だが、そうした状況を乗り越えるために、通用しなくなった従来の人材開発の枠組みを捨て、再構築・変革を行っていこう、“学習”を中心に、ビジネスのインフラを革新していこう、とASTDは提言しているのだ。

困難な状況だからこそ、学習の重要性が増している。人材・組織開発に携わる者たちは、今までとは異なるやり方で企業人の学習に貢献していかなければならないということであろう。

●ASTD2009の背景に流れる3つの動向

さて、今回のカンファレンスの背景には、大きく3つの動向があったと思う。それは「相互支援の呼びかけ」「人材開発の民主化」「人材開発の枠組みの変化」である。

①相互支援の呼びかけ

まず1つには「助け合おう」というメッセージをよく聞いたことが挙げられる。昨年のリーマンショックを発端とするマネー資本主義の破綻があり、新自由主義経済・新保守主義の思想が終わりを告げ、新しい思想に向けて舵が切られた。そうした混乱期の今を「皆で助け合って乗り越えよう」というような言及が、プレゼンターなどから多かったように思う。

たとえば、2007 年に基調講演を行った『一生モノの人脈力』の著者であるキース・フェラッジ氏が、今回も再びプレゼンを行っていた。フェラッジ氏は最近『Who's Got Your Back』という書籍を発刊し、このカンファレンスの前の週には、ニューヨークタイムズのベストセラーランキングでNo.1になったそうである。彼はこの本と同名のタイトルのセッションの中で、我々は皆“背中を支えてくれる人”を持つことが大切だと語っていた。そして、お互いに支え合い助け合うライフライングループをつくろうと提言した。彼のこの書籍にはIDがついており、それによって彼が主催するSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)のメンバーになれるそうだ。そして、「助けが必要なら自分はどこにでも行くから呼んで欲しい」とプレゼンを結んでいたのが印象的だった。

また、毎年必ずカンファレンスに参加している『1分間マネジャー』で著名なケン・ブランチャード氏は、自身のセッションで、仕事には皆、ミッションステートメント(自分の使命や目標の宣言文)とゴールを持つべきで、そのゴールでは、“皆がA の評価をとるべき”だと語った。そして、これからのマネジャーの役割は、メンバーがA をとれるように助けること。従来多かった、自己中心型リーダーはもはや必要ない。ロールモデルも変えていかなくてはならないのだ――と、静かに、しかし強く訴えていた。そして彼も、プレゼンの最後には「助けが必要ならどこにでも行きます」と言っていた。例年のパワフルなスピーチとジョークを飛ばしながらのセッションとは趣が異なり、会場に深い感動を与え、最後にはスタンディングオベーションが起きていた。

カンファレンス最終日に基調講演を行った、『ナショナルジオグラフィック』などの写真家であるアニー・グリフィス・ベルト氏も、自分の作品である美しい写真を舞台のスクリーンで紹介しながら、「人と人との絆が失われてきている今こそ、お互いを尊重し理解して、助け合って世の中を変えていくことが大切」と訴えていた。ベルト氏自身も自分ができることを考え、環境保護のプロジェクトに協力しているという。そして「世の中を素晴らしいものにしていくには、皆さんが実際に何か行動を起こせばよいのだ」と会場に投げかけていた。

これらのメッセージは、今がこれまで企業の中でとられてきた個人主義的な考え方を転換する時期であることを印象づけた。つまり、私たち個人個人が、自分の利益だけをいつも考え、「自分がいかに高い能力や成果を獲得できるようになるか」を優先し、「負けた人は努力が足りなかったのだ」と考える従来の態度を改め、互いに支え合い、助け合うことを考える時期に来ているということだ。

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