J.H.倶楽部

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Learning Design 2018年07月刊

気づきのエンタ 第1回 ART 日本美術家列伝〜江戸時代篇 感性のみに従った純粋な絵描き・伊藤若冲

人材開発担当者にご紹介したいエンタメ情報です。
仕事の合間の息抜きにぜひ!

矢島 新(やじま あらた)氏
跡見学園女子大学教授。東京大学大学院博士課程中途退学。渋谷区立松涛美術館学芸員を経て現職。専門は近世を中心とする日本宗教美術史。
著書に『日本の素朴絵』(ピエ・ブックス)、『マンガでわかる「日本絵画」の見かた』(誠文堂新光社)など。

日本美術史を彩った美術家を紹介する連載を始めるにあたり、豊富な人材の中から誰をトップバッターに据えようか少し迷った。やはり大物から始めるのが定石だろうから、初回は21世紀に人気が急上昇した伊藤若冲に登場いただくことにした。

2016年4月から5月にかけて東京都美術館で開催された若冲展には、老若男女が押しかけ、会期後半には入場まで5時間を超える日もあったらしい。それほど、若冲は今最も集客力のある日本美術のコンテンツである。

若冲の活躍期は18世紀の後半で、当時京都で2番人気の高名な絵師だった。明治になると人気はいったん衰えて次第に名を知る人も少なくなり、1970年以降に徐々に復活するのだが、その浮き沈みを見ると、人物の評価というものがいかに時勢に左右されるかを実感させられる。

描きたいものを描きたいように

若冲は京都錦小路の青物問屋の長男に生まれた。生家は大手の流通業者である。現代で例えれば、大手スーパーチェーンの跡取りといったところだろうか。23歳の時に父親と死別して家業を継いだが、商売にはあまり身が入らなかったらしい。40歳で弟に家督を譲って以後は、画室にこもって作画三昧の日々を送ったようだ。

世間の雑事を気にかけずに絵に精進した若冲は、今で言う「おたく」のはしりと見られがちだが、近年新たな資料が発掘されて、隠居後も町年寄として、市場の利権をめぐる紛争の解決に尽力した事実が明らかとなった。絵に逃避した単なる引きこもりではなく、社会的責任をきちんと果たす人物だったらしい。

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