働き方改革時代に求められる経験学習とは
~OJTとジョブアサイン~
2018年11月22日(木)、都内にて会員セミナー「働き方改革時代に求められる経験学習とは」を開催しました。第1部は、株式会社博報堂人材開発戦略室の白井剛司氏が、博報堂で実際に行われている新入社員OJTの内容を交えて紹介。第2部では、北海道大学大学院経済学研究院教授の松尾睦氏が「育て上手な管理職が行っている経験の与え方と育成方法」について解説されました。映像とセミナーレポート、当日の資料を下記からご覧いただけます(映像はほぼ全パート公開。当日の資料とセミナーレポートは第1部のみとなります)。
こんな方におすすめ
- 効果的な経験学習について知りたい方
- マネジャーの育成に課題を感じている方
- 博報堂のOJTの取り組みについて知りたい方
登壇者プロフィール
白井剛司(しらいたけし)氏
松尾 睦(まつお まこと)氏
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Ⅰ. 働き方改革時代に求められる経験学習とは~OJTとジョブアサイン~
1.博報堂で行っているOJTとは
1)「任せて・見る」から「任せ・きる」へ
まず、博報堂の新入社員のOJTについてご紹介します。 当社のOJTは、1人の新人に対して先輩2人で育成する体制をとっています。入社8年目以上の先輩社員がOJTトレーナーを担当し、それに加えて任意で若手のジョブトレーナーをつけています。
1年間のOJT期間には「開始時」「中間時」「終了時」の3つの山があると考えられますが、この節目ごとに、トレーナー・トレーニーの双方に施策を用意しています。開始時にはOJTの設計をし、中間時にはこれまでのOJTを振り返ってもらいます。また終了時にも1年間を振り返り、さらに2、3年先を考えて計画書を作成してもらいます。
当社のOJTのコンセプトは、「自分ごと」です。「自分ごと」とは、言い換えると主体性のことで、教えるだけで伝承できるものではなく、自分自身の経験が必要です。そのため、OJT期間を前半と後半の2つに区切り、「仕事の任せ方」を変えて段階的に伝えます。
前半は「任せて・見る」。この段階では、トレーナーが新人と並走しながら丁寧に指導します。そして、事前のオリエンテーションと、事後のフィードバックを大切にしています。
後半は「任せ・きる」。トレーナーはなるべく介入せず、後方で見守ります。途中段階でサポートをしながらも、最後まで1人でやりきらせることが大事です。
現状ではこのような方法をとっていますが、今後環境の変化に応じて工夫していく必要があると感じています。
2)OJTが困難になっている理由
もともと私がOJTの担当を始めた2007年以前からOJTが難しくなってきたとはいわれていましたが、2010年ごろから、新入社員のOJTがさらに難しくなってきています。その理由は、「仕事・職場側の変化」と「若手側の変化」の、大きく2つあります。
①仕事・職場の変化:組織、ワークスタイル、量・難易度・スピードの変化
かつての職場の成長モデルは、いわゆる「徒弟制」でした(図1)。自分と似た業務をしている先輩がロールモデルとして社内に複数存在し、新人は見よう見まねで円の中心に向かっていました。この「サークル型」のスタイルは、環境変化が少ない時代の成長モデルであるといえます。
現在・これからの成長モデルは、「サーチライト型」のイメージです(図2)。「サークル型」では主力事業である1つのサークルのみ存在しましたが、このモデルでは事業領域が広がるにつれてサークルが複数に、少人数になっています。新人のキャリアには、いろいろなサークルが近づいたり離れたりします。また、ロールモデルがなかなか存在しないので、新人は自分で成長イメージを描いています。これは環境変化のスピードが速い時代の成長モデルです。
これらの成長モデルにおいて特筆すべきは、学び方の変化です。環境変化が少ない時代の成長モデルでは、仕事を教える先輩が正解をもっていたので、「まねてモノにする」という学びのスタイルでした。
ところが、環境変化のスピードが速い時代の成長モデルでは、正解はひとつではありません。先輩自身も成長しながら自己の領域を進化させなければいけない状況にあります。そこでは成功・失敗の経験が新人の学びの大きな要因であるため、自ずと経験学習を行っていることになります。
②若手の変化
OJTが困難になった理由は、若手側にもあります。ゆとり世代はよく「消極的、受け身、指示待ち」といわれ、それが理由とも捉えられがちですが、本当にそうでしょうか。
今の若手は、「経験する前に、まず学びたい」という気持ちを強くもっています。若手が「やり方を教えてくれないとできません」と言うのを、皆さんも聞いたことがあるかと思います。
従来のOJTでは、教わる前にまず経験し、トライアンドエラーを通じて内省を重ねることで、仕事の本質の理解に到達していました。これはたくさんの事象から原理・原則を抽出していく、帰納的な学びであるといえます。
今の若手は、この順序が逆です。新人世代が求めるのは、経験する前にまず原理・原則、ワークフローを学ぶことです。ここで大事なのは、彼らは「実体験を成功させたい」という気持ちが強く、そのために情報を求めているということです。これは理論を学んでから実際に体験して理解を深めていく、演繹的な学びであるといえます。
この学び方の境界は、およそ30歳前後です。2010年以降に入社した世代は子どものころからデジタルデバイスを活用しており、情報量が多いなかで育ってきました。遊びに行くときもインターネットで検索をしたり、SNSで有識者にアクセスしたりして遊び方を学んでいました。「経験より先に情報がある」という行動パターンなので、「教えていただかないと……」「まだ勉強中なので」と言うことがあるということです。
2.OJT(新人・若手)の環境はこの3年間でさらに複雑に
そして、OJTの環境は、2016年以降さらに複雑化しました。主な要因は、「さらなる若手の変化」と「働き方・働く意識の変化」です。基本的には良い方向に変化しているのですが、一方でOJTはより難しくなりつつあります。
1)若手のさらなる変化
成長モデルは「サーチライト型」からさらに進み、「ピポッド型」になっていきます(図3)。社外にもサーチライトを広げ、公私ともにマルチな活動フィールドをもつようになり、社内外に複数のロールモデルを見つけます。また、「変化」「複雑」「不確実」を前提としているので、キャリアを1本に定めず、複数のことを同時並行で考えている人も少なくありません。
さらに、2016年ごろから新人・若手社員に新たに現れた傾向として「柔軟性の低さ」があります。これは良い面では「主張の一貫性がある」ともいえますが、同時に上の世代からは頑固さにも映ります。指摘しても納得しない場合があるのでOJTの現場では「プライドが高い」といわれることもあります。
こうした環境や意識の変化によって、最初にご紹介した「任せて・見る」「任せ・きる」のようなOJTの育成ストーリーが成立しづらい状況にあります。
2)働き方・働く意識のさらなる変化
OJTの環境が複雑化したもうひとつの理由は、上司の働き方の変化です。前期の「任せて・見る」段階では、上司自身も働き方の効率化を求められているため、仕事を教えたりコミュニケーションをとったりする時間がなかなかとれません。そして後期の「任せ・きる」段階では、新人にいきなり業務を任せて失敗することが許されない時代になってきたので、仕事を任せても再び引き取らざるを得ない状況になることがあるのです。
トレーニー側の「働き方」に対する意識が大きく変化していることも理由に挙げられます。今の新人は就職活動の段階から働き方や勤務時間などを見たり聞いたりして、そういった要素も検討材料の一つとして重視しながら企業を選択してきています。なので、長時間労働に対して冷静な目で見ています。そこは育成の現場としても難しいところです。
また、もう少し俯瞰して見てみると、今は上司の負荷が強すぎる時代にあります。ダイバーシティが進んできて、部下の属性、価値観、キャリアのイメージや動機も多様化してきています。さらに未経験の新しい働き方が導入され、なおかつ業績も上げなければならない。このようなことから、部下育成の難易度はこれまでにない高さになっていると思います。OJTに限らず、今ある問題のすべての解決をマネジャーやトレーナーに任せるのは、現実的には難しい状況にあるのです。
加えて、昔は先輩と後輩が同じ業務を行っていたので、トレーナー2人体制でのOJTを設計することができました。しかし今は、新人の指導にトレーナー以外にも多数の先輩が関わっているので、なかなか設計通りにはいきません。
こうしたことから、OJTもバージョンアップしていかなければいけないと思っています。そのためには、上司や指導者だけでなくトレーニー本人の自律的な成長マインドがこれまで以上に重要になります。ただ、外から「頑張りなさい」と言うだけではなかなか動かないので、本人の内発的な動機をいかに引き出すかが鍵となります。
3.新人・若手育成で必要な姿勢/視点
1)世代によって異なる「キャリア」観
新人・若手社員の「内発的動機」を高めるためには、どのような働きかけが必要でしょうか。ここでお伝えしたいのは、「自律的な成長には、経験学習に加えて“キャリア”への働きかけ、経験学習とキャリアの融合が必要なのではないか」ということです。
経験学習での成長の鍵は、「自らの意志」と「周囲との対話」です。トレーニーは“経験”から学ぶサイクルを自ら回しながら継続的に成長していきます(図4)。このサイクルは、PDCAサイクルに近いものであるともいえます。「D=経験する」「C=振り返る・教訓を引き出す」「A=応用する」。ここで重要な「P」にあたるものがキャリアです。
それでは、キャリアと経験学習をどう組み合わせればよいのでしょうか。
「キャリア」に対するイメージは、世代によって異なります。2000年以前は、キャリアから連想するキーワードといえば、「階段」「ステップアップ」「マイルストーン」など、直線的なイメージでした。2000年以降になると、激流に流されながらも強みが見えたら目指したい山を登っていく「いかだ下りと山登り」、上ったり下ったりする「ジャングルジム」など、直線ではない形になります。
現在の若手がキャリアから連想するのは、「万華鏡」や「モザイク」といった声があると聞きました。無限大の可能性を持ち、いろいろなところにアクセスできますが、形は不安定です。また、環境変化が大きいためキャリアの偶発性が高く、業務もキャリアも計画的にはできないと感じています。
偶発性だけに流されないためには、経験の意味づけを行う上司との対話が必要になります。「うまくいった」「つらかった」「得意」「苦手」など、経験について他人と話すことによって、継続的な意欲が生まれるのではないかと思います。
2)キャリアと経験学習を融合するには
私は、本人のキャリアに対する育成者の理解が進むほど、日々の成長支援の質が高まると考えています(図5)。まず、日々の気づきである「①経験学習」から始まります。経験学習はPDCAのうちのD、C、Aにあたる部分ですが、このときPにあたるのが「③Will=なりたい姿」です。また、経験学習のサイクルを回すことで「②Can/Cannot=できること(強み・弱み)」を見つけることが第一歩です。
その他に、さらに2つの要素があります。「⑤Must=すべきこと」は、組織や市場に求められる能力などの本人にとっての外部環境のことです。また、特に今の若手にとって重要なのが「④Value=意味や価値観(ありたい状態)」です。この部分を尊重することが、本人の動機につながります。また、これらすべての段階において、マネジャーやトレーナーが本人と対話を重ねていくことが大切です。
続いて、キャリア観のタイプ別に育成パターンを紹介します。慶應義塾大学のキャリア・リソース・ラボラトリが上場企業に対してリサーチした結果によると、キャリアを肯定的に捉えている人は、次のような3つの行動パターンに分かれることがわかったそうです。これを新人のOJTでトレーナーに共有しています。
①自律的キャリア探究型(若手の1、2割が該当)
キャリアイメージが明確にあり、①現在・②Can・③Willを自覚し、現状で不足しているところを課題であると捉えて改善していくタイプです。自律的に成長するので一見育てやすく見えますが、「やりたくない仕事はやらない」と仕事を選ぶなど、頑固で視野が狭い傾向もあります。
このタイプの場合は、⑤Mustのなかから偶発的にキャリアの幅が広がる体験を増やしてあげるとよいでしょう。「不本意な仕事だけど、やってみると意外と可能性が広がり、強みが見つかった」という体験を、対話でサポートすることが大事です。
②組織(外部)貢献型(トレーナーによれば若手の8、9割が該当)
キャリアイメージがはっきり描けていないタイプです。このタイプにとって重要なポイントは、「将来のイメージがないことが悪いわけではない」ということです。社内にロールモデルがいた世代は、ロールモデルがいたことを「“将来ゴール”があった(決めていた)」と錯覚して部下にも将来ゴールを考えさせようとすることがありますが、なりたい姿を無理やり決めさせるのは逆効果です。変化の激しい今の時代においては、将来ゴールはなくて当たり前のものとして扱うのがよいでしょう。
このタイプの場合は②Canや⑤Mustに目を向け、強みを一緒に発見しながら、強みの延長上にある「将来なりたい姿」を一緒に考えることが有効です。また、新人は価値観を大事にしているので、④Valueも重要です。今直面している仕事から充実した体験やつらかった体験を聞き出すことで価値観を引き出し、次の仕事でも良い状態を実現できるよう働きかけることが大事です。
③自己投資型(徐々に増えている傾向)
3つめは、自ら学習し、学んだ内容を実務に生かして視座を高め、さらに勉強していく……というように、学びと実務を好循環させるタイプです。将来のゴールはあまり考えておらず、今やっていることから探究心をもとにキャリアを切り開いていきます。現在増えつつあるタイプです。
4.これからの新人・若手育成で考えておきたいこと
1)新人側にも自社OJTのコンセプトとストーリーを伝える
先ほど「マネジャーの負担が大きい」という話をしましたが、同時にOJTトレーナーも悩んでいます。2016年に新しい働き方が導入されて以降、働く環境が大きく変わったので、2015~2016年入社の若年のトレーナーも新人の教育方法に悩んでいるのです。2~3年の違いでしかないですがそこには前提の違いがあります。
そこで博報堂では、新人に主体性をもってもらうためにも、2018年からトレーニーに対するOJT教育をスタートしました。成長モデルの話や世代間ギャップの理由もオープンにして、違いを理解してもらっています。
2)新人同士の振り返りの対話の場を提供
毎月1回、新人3人グループで振り返りを行ってもらっています。過去1カ月がどうだったのか、また次の1カ月でどうしていきたいかを、新人同士で率直に話し合います。上司からのサポートだけでなく、新人同士の横のつながりでも経験学習を回すことが刺激になります。
3)OJT前半は“みんなで寄ってたかって”育てる
トレーナー自身が忙しく、なかなか教える時間がとれないという状況は多々ありますが、トレーナーが1人ですべての仕事を教えるのではなく、たくさんの人で教えればよいのではないかと考えています。その際にトレーナーがすべきことは、ゴールイメージを明確にすることです。ただチームのメンバーで教える内容を分担するだけでなく、ゴールイメージや教え方、教えるポイントを明確に伝えます。また、新人が教えた通りにできたかどうかや、違う才能が見えたかどうか、などをトレーナーにフィードバックしてもらうことも大切です。
4)初年度は“学びほぐし(アンラーニング)”の期間
新人は柔軟性が低いといわれることについては、「アンラーニング」がキーワードになります。
というのも、今の若手は、子どものころから経験学習的な姿勢を身につけています。デジタルツールを使っていると、アウトプットに対する「いいね」などの反応がすぐに返ってくるので、自ずとPDCAが回り、内省的になります。しかし、同じ活動や価値観、気の合う人たち同士で経験学習を回しているため、異質なものの中に入ったときに培ってきた考えが通用しないという側面もあるのです。そのために柔軟性が低くなっているのではないでしょうか。
彼らは「プライドが高い」とOJTの現場で上の世代から思われることもありますが、だからといって、昔よくあったような鼻をへし折ろうとするのは逆効果です。しかし、「自分のパターンが通用しない」ということに本人が気づかなければアンラーニングしません。外側からの働きかけでアンラーニングさせることができないという点が、難しいところだと思います。
5)3年前とは違う成長カーブを共有化する
かつての成長イメージは、1年目で組織に一気にフィットし、2年目から仕事の量や質が階段状に上がっていくという流れでした。それに比べて今の新人は会社の外にいる時間を大切にしているため、一見成長が遅いように見えることがあります。彼らは遊んでいるわけではなく、セミナーに行ったりネットワークをつくったりしているので、3年目あたりで一気に上昇することもあります。
そのため、特に最初の半年は「職場になじむ」ことを最大のゴールに設定するのがよいと思います。1年目に無理にハードルを上げたり、成長させようとしすぎないよう、焦らないでいいですよ、とトレーナーに伝えています。
6)指導者に対して“前提の違い”についてフラットに考える機会を提供する
新人の対人関係の悩みは11月ごろに最も大きくなるといわれているので、その時期に図のようなフレームワークを使って「行動」「思考」「感情」「意図」をトレーナーが参加するOJT中間時のワークショップで「チーム(トレーナーとトレーニー)」の関係性について内省したり、トレーナー間で対話してもらっています。お互いの前提が大きく違うことをトレーナーとして理解し、意識の開きを刷り合わせる2人の対話が必要だと伝えしています。
以上、駆け足になりましたが、今の時代に沿った新人・若手OJTにおいて弊社の取り組みを交えてご説明いたしました。ご清聴ありがとうございました。