新時代のチームづくりとリーダーシップ
現代のビジネス環境はますます複雑さを増し、先の読めない時代が続いています。このような状況下で企業が持続的に成長し続けるためには、社員一人ひとりが自律的に行動し、共創することで新たな価値を生み出すことが必要です。こうした時代においては、従来のカリスマ的リーダーによるトップダウン型ではなく、メンバーの意見を引き出すファシリテーターのようなリーダーと、共創的なチームが求められるのではないでしょうか。
自律と共創の文化を醸成し、新たな価値を創造するためのチームづくり、リーダーシップとは何か―― ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏、ヤッホーブルーイングの長岡知之氏をお招きし、その方法と実践について考えます。
こんな方におすすめ
- メンバー一人ひとりが力を発揮できるチームづくりを推進したい方
- メンバーの力を引き出すリーダーシップの在り方を知り、リーダー育成に活かしたい方
登壇者プロフィール
伊達洋駆(だて ようく)氏
長岡知之(ながおか ともゆき)氏
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Ⅰ.新時代のチームづくりとリーダーシップ
私からは新しい時代のリーダーシップについてお話をさせていただきます。
最初に自己紹介をさせていただきます。私はもともと神戸大学大学院で経営学を研究していたのですが、大学院在籍中にビジネスリサーチラボという会社を立ち上げて現在に至っています。ビジネスリサーチラボは、人事領域においてデータ分析のサービスを提供しています。たとえば、企業人事向けに組織サーベイや社内データ分析を提供したり、HR事業者向けにサービス開発の支援等を行っております。公的な仕事としては、厚生労働省や経済産業省を中心として、近年はAIや働き方に関する委員等を務めております。本も何冊か書いています。組織の中の人の心理や行動といった領域を専門としており、そういった領域で情報発信を行っております。
●強いリーダー像のイメージは根強い
今回の講演のテーマは、「弱いリーダーシップ」です。弱いリーダーシップと強いリーダーシップがありますが、実は、弱いリーダーシップがチームの可能性を拡げるというお話をさせていただきます。
まず、リーダーシップについて考えていきたいと思います。皆さんは「リーダー」といわれて、どのようなイメージを持たれるでしょうか? まず「強いリーダー」の姿を想像するのではないでしょうか。
たとえば、ビジョンをきちんと掲げてメンバーを引っ張っていく。あるいは、時には厳しく指導したり、あるいは励ましたりしつつ、部下と一緒になって組織を目標に向けて導いていく。そんな強靭なリーダーが想像されやすいのではないかと思います。これは日本に限らず国際的に共通した傾向です。実際に、リーダーがメンバーを動かして導いていくとか、リーダーが方向性を指し示してメンバーが従うといったように、リーダーが皆を牽引していくような関係性が、組織の中で前提とされてきた部分があるのではないでしょうか。そのような強いリーダー像というのが、日本だけではなくて国際的にリーダーの在り方の1つの前提とされてきたのです。
今日お話ししたいのは、そうしたリーダーシップだけでは難しくなってきているということです。事前のアンケートでも挙がっていましたが、皆を引っ張っていくだけのリーダーシップ一辺倒ではなかなか難しい。なぜならば、環境の不確実性の高まりや変化のスピードも上がってきているからです。AIの進展などは、ビジネス環境を大きく変えています。
そうしたなか、強いリーダーの在り方が少し限界を迎えつつあるのではないか。つまり、リーダーが答えを持ち、方向性を指し示すことが難しくなってきているのではないか。日々変わるビジネスの環境において、リーダーがいつも正しい意思決定を行って、皆を導いていくことができれば問題ないかもしれませんが、難しいところです。リーダーに任せっきりになってしまうと、誤った判断を下すリスクも高まるかもしれません。
技術革新やグローバル化といった不確実性を高める要素が増えている現代において、「強いリーダー」は少し見直されるべきではないかと言えます。
また、同時にメンバーの専門性が高まってきているという観点もあります。メンバーが現場で様々なことを経験し、人材育成への投資も進むなかで、リーダーがメンバーそれぞれの専門領域のすべてについて、メンバーを上回っているということは難しく、現実的ではありません。現場においてはメンバーの方が深い知見を持っていたり、様々な経験をしていたりするという可能性が高いでしょう。リーダーが、そうしたメンバーの意見も聞かずに進んでいくと、チーム全体としてうまくいかなくなる可能性があります。
強いリーダーの在り方の限界が見えてきたなかで注目を集めつつあるのが「弱いリーダーシップ」と呼ばれる在り方です。強いリーダーシップはリーダーが前面に出て組織を引っ張っていくスタイルでした。これに対して弱いリーダーシップは、メンバーの活動を支援していくようなスタイルを意味しています。ここで重要なのは、弱いリーダーシップはメンバーが主役だということです(図1)。
通常、「リーダーシップ」においては、リーダーが主役でした。これがかつての強いリーダーシップだったのですが、弱いリーダーシップにおいてはメンバーの方が主役になるという転換があるのです。
リーダーはメンバーに対して指示を出すような存在ではなくて、メンバーそれぞれが自律的に動いたり、自分の専門性を発揮したりできるような、「助け」を行っていく。それをやりやすい環境をデザインしていくのが、リーダーの仕事になるということです。
このように説明すると、強いリーダー像をイメージしている方からすると、非常に消極的で「それってリーダーとしてどうなの?」と思われるかもしれません。しかし、弱いリーダーシップの適切な発揮によって、メンバーの知識や経験、専門性を最大限に発揮することができるようになります。結果的にチームとしてのパフォーマンスが高まりやすくなるということです。
逆に、強いリーダーの場合、メンバーはどうなるのか。リーダーが前面に立って推進していく場合、メンバーは上司の意見に従わないとダメだと思ってしまい、自分の意見を控えたり、本当は考えていることがあるのに発言しなかったりしてしまいます。あるいは、リーダーが前線で声高に発言するだけでは、「うちのチームではリーダーが何でも考えてくれる」と思ってしまい、メンバー側が半ば依存的な態度を示してしまうこともあるでしょう。こうした状況にならず、リーダーが一歩引いてむしろ「皆の後」をついていくことで、メンバーの意見を積極的に引き出していくことができます。結果として、メンバーは様々な意見を言うことができるため、自分のアイデアや意見に価値があると思いやすくなります。なおかつ自分たちできちんと考えようという意識も生まれます。
近年よく、自発性や自律性が大事だと言われます。一方で、上から指示を出していくような強いリーダーシップだけでは、主体的になることはなかなか難しい上、原理的に矛盾しています。弱いリーダーシップが特に効果を発揮しやすいのは、専門性や創造性が求められるような場面です。
弱いリーダーシップの発揮により、メンバー一人ひとりが環境に適応できる学習能力を高めることができるため、組織全体としての適応力も高まっていきます。リーダーの判断がないとメンバーが動けないというのではなく、メンバー個々人が環境の小さな変化に対して主体的・自律的に動けるようになります。それも弱いリーダーシップの1つの特徴です。
●謙虚なリーダーシップ:弱いリーダーシップの一形態
強いリーダーシップという考え方に対して、弱いリーダーシップも、近年のチームの状況を考えるうえで重要なアプローチであるという提案をさせていただきました。一方、皆さんとしては、「弱いリーダーシップもわからなくはないが、具体的には一体どのようなものか?」と思われたかもしれません。そこで、弱いリーダーシップについて具体的に説明いたします。
弱いリーダーシップの1つの形態として、「謙虚なリーダーシップ」と呼ばれるものがあります。謙虚なリーダーシップは、自分の限界を認識し、メンバーの意見や貢献を評価する。そして学ぶ姿勢を持ち続けるリーダーシップであると定義されます(図2)。
謙虚なリーダーシップには3つの構成要素があります。1つめは、自分の限界を素直に認めるということです。リーダー自身が全知全能ではないということを認める。当たり前のことですが、たとえば、メンバーの前になると強がってしまうことはないでしょうか。皆さん、会議でわからない言葉が出てきたときに、「わかりません」と素直に言えるでしょうか。それとも知った風な顔をしてしまっていないでしょうか。知った風な顔をしてしまうというのは、「わからないということがあってはいけない」と思ってしまっているわけです。そうではなくて、謙虚なリーダーシップにおいては、自分の知識や経験には限界がある。よって全部知っているわけではない。そして自分も時には判断を誤ることや意見が違うこともある。こうしたことを自分自身で認めるだけではなく、メンバーに対しても開示していくということです。
2つめは、メンバーの強みや貢献を積極的に認めることです。メンバーにはそれぞれ、強みもあれば弱みもあります。それぞれのメンバーの強みや積み重ねてきた専門性・経験が、自分たちのチームに対してどのような価値をもたらしているのか? これは意識しないとなかなか見えてこないものです。それぞれのメンバーの強みをきちんと考えていくという点が2つめの特徴です。
3つめの特徴は、新しいことを学び続けるという点です。リーダー自身が成長志向であるということです。たとえば、周りから意見をもらって学んだり、失敗をしてもそこから学んだり、あるいは新しい知識や視点を求めて学習するといったことが含まれます。このように、謙虚さには弱さだけではなく、学習する部分も含まれているのです。
たとえば、謙虚なリーダーシップを発揮しているリーダーは、会議では自分の意見を最初に述べるのをやめておこうと振る舞うのではないかと思います。なぜなら、リーダーが最初に意見を言ってしまうと、メンバーはその後に「どうですか?」と聞かれても意見しにくくなってしまいます。話したい気持ちはわかりますが、まずはメンバーの意見に耳を傾けて、様々な視点を集めます。
あるいは自分が失敗した時にも、その失敗をきちんと認める。「今回はうまくいかなかった」などとごまかさずに、メンバーに対しても共有し、その失敗から学べることを共有する姿勢を見せます。
また、メンバーの成功や貢献を心から喜ぶことも、謙虚なリーダーが行うことです。メンバーがうまくいったことを社内外で積極的に評価する。彼が、彼女がこんな素晴らしいことをしましたよと伝え共有することも重要です。
このようなリーダーの下で働いていると、とてもやる気が出そうです。きちんと自分の意見を聞いてくれる。そして失敗したことやわからないことをごまかさずに伝えてくれる。そして自分たちがうまくいった時には心から祝福してくれて、そのことを社内外で共有してくれる。嬉しいですよね。
実際、このことは学術的にも検証されています。謙虚なリーダーの下で働くメンバーは、自分がリーダーに信頼されていると思うことができる。自分は信頼してもらっていると思えば、自分の意見に対してきちんと耳を傾けてもらえている、あるいは自分の努力や貢献が正当に評価されていると感じるわけです。「被信頼感」と呼ぶのですが、それが謙虚なリーダーの下では高まります。
そのように自分が信頼されていると思うと、メンバーとしてはリーダーの期待に応えたいという気持ちになります。「北風と太陽」の寓話にも似ていて、皆を強く引っ張っていかなくても、謙虚なリーダーシップをきちんと発揮していくことによって、メンバーはリーダーのために頑張りたい、このチームのために頑張りたいと思うようになります。信頼してもらえているので、より主体的に考えて行動したり、あるいは難しい局面になったりしたとしても、前向きに取り組みます。その結果、仕事のパフォーマンスが高まることもわかっています。
また、謙虚なリーダーのチームは心理的安全性が高まります。心理的安全性とは、人目を気にせずに意見やアイデアを言えるような状態です。たとえば、間違った発言をしてもここでは非難されない。あるいは新しいアイデアを提案しても笑われない。失敗しても責められない。だから安心してチームの中で発言したり、懸念を伝えたりできる。そのような状態が、心理的安全性が高い状態です。
心理的安全性が高いチームにおいては、率直なコミュニケーションが可能になりますが、これが謙虚なリーダーの下では高まりやすいのです。謙虚なリーダーの場合、自分の不完全さを認めます。自分は完全無欠ではないということを見せて失敗もさらけ出し、わからないことはわからないといいます。また、失敗から学ぼうとする姿勢も見せます。リーダーがそのように振る舞うのなら、メンバーも「自分も失敗してもいいんだ」と思えます。多少ミスをしてもどんどん発言していいと思えて、試行錯誤が可能になる。結果的に、心理的安全性が高まる。そのようなメカニズムになっています。
●これからのチームづくりに対する示唆
このように、弱いリーダーシップ、謙虚なリーダーシップはこれからのチームづくりを考えていくうえで、1つのヒントになるのではないかと思います。
強いリーダーは大変です。自分が様々な知識を持っていなければならないうえに、ミスもできません。ミスをしたとしても、それを隠さなければならない。わからないことがあったとしてもわからないと言えない。そして自分で決めなければならず、自分で考えなければならない。そのような大変な状態だと、多くの人が管理職になりたくないと思うのも納得できます。そのため、弱いリーダーシップ、謙虚なリーダーシップが、今後のチームづくりにおいて重要になってくるのではないかと私自身は考えています。
謙虚なリーダーシップを発揮するためには、メンバー一人ひとりの強みをきちんと考えて仕事を任せることが重要になります。リーダーがひとりで抱え込んだり、全部リーダーが指示を出さなければならないような状況ではなく、リーダーの持っている権限を部下やメンバーに対して適切に委譲していくことが大事です。ただし、全部放り投げるというのではなくて、サポート体制もきちんと整えたうえで任せていくことが重要になります。このように謙虚なリーダーシップというのは、今後のチーム運営の中で1つの重要な観点になり得ると思います。
ただ、謙虚なリーダーシップを発揮していくうえでの最初の一歩をどの辺りから始めればいいのかと思われた方もいらっしゃるかもしれません。私がおすすめしているは、リーダー自身がわからない点や失敗をまずは率直に認めることです。
皆さんは、わからないことがあった時、あるいは失敗してしまった時に、そのことをメンバーに言っているでしょうか? 多くのリーダーは自分の弱みを見せてはいけないと思いがちです。これは日本だけではなくて、国際的なリーダーもそう思いがちであるということが実証されています。きちんと弱みを見せていくということが、むしろチームとして全体的な成果を高めていくことになるのです。というのも、先ほどから申し上げているとおり、リーダーが勇気を出して、弱みを見せていくことによって、メンバーも正直に振る舞うことができる。わからないことはわからないって言っていいんだと思えるわけです。そうなると、メンバーの中に安心感が芽生えてチーム全体の心理的安全性が高まり、また主体的に行動することができるようになります。弱いリーダーシップは、皆の自主性を引き出していくことができるのです。
この弱いリーダーシップについて、様々なところでお話ししているなかで、「とはいえ弱いリーダーシップだけでいいのでしょうか?」という質問を必ず受けます。そうではないというお話を最後に少しだけさせていただきたいと思います。
もちろん、すべての場面で弱いリーダーシップが最適な方法かというと、そうではありません(図3)。
たとえば、緊急時、つまりすぐに意思決定を下さなければならず、皆の意見をじっくりと聞いている余裕がないような場面ではリーダーが決断を下していく必要があります。ここにおいては、どちらかというと強いリーダーシップが求められます。
あるいは、組織として重要な経営判断を行う時にも、強いリーダーシップが必要になります。たとえば、会社の未来を左右するような戦略的な意思決定を行うというときに、リーダーが強くないと、優柔不断な状況が起きてしまいます。あるいは大きな投資判断を行う時に不確実性が高いなかでも、ここに絶対に到達すると決める時には強いリーダーシップが必要になります。そのようなときにはビジョンを示して責任を取って進めていくことが重要になると思います。
要は、弱いリーダーシップがあらゆる局面で有効というわけではなく、この弱さと強さをリーダーとして使い分けていくというのが重要な時代になっているのではないかと思います。使い分けとしては、平時は謙虚なリーダーシップ、つまり弱いリーダーシップでいいのではないかと思います。ただし、強いリーダーシップが求められる場面では強いリーダーシップを発揮する必要がある。このように普段は弱いリーダーシップ、求められる場面では強いリーダーシップというふうに使い分けていくことが、チームを率いていくリーダーに求められていくことではないかと思います。
Ⅱ.チームづくりとリーダーシップ
伊達先生のお話を聞いていて、弊社でやってきたことが間違いではなかったという確信が持てて嬉しかったです。私は、ヤッホーブルーイングというビール会社でチームビルディングや組織づくりに取り組んできました。そんな経験値や具体的にやってきたことについて、チームづくりという切り口でお話をして、最後にリーダーシップについてもお話をしたいと思っております。
●ヤッホーブルーイングの概要と取り組みの背景
まず自己紹介です。大学を卒業した後に、星野リゾートという会社に入りました。ヤッホーブルーイングはグループ会社だったのですが、転籍という形で2009年からヤッホーブルーイングに来ております。営業、事務、物流など主にバックオフィス部門を経験しながら、2015年から人事・労務・総務の責任者をしています。会社としては、この頃から組織づくりに力を入れ始めました。
今日お話しするのは3点です。なぜチームづくりに力を入れたのか、チームづくりではどんな活動をしてきたのか、そしてファシリテーター型のリーダーシップです。
本題に入る前に、会社のご紹介もさせていただければと思います。ヤッホーブルーイングでは、1997年の創業以来、個性的なクラフトビールをつくっています。最近ではビールづくりだけではなく、エンターテイメントにも力を入れています。スタッフは、2024年11月現在で223名、業績としては、国内のクラフトビールナンバーワンで、19年連続の増収を記録しています。最近、“クラフトビール”とよく聞かれるようになったのではないかと思いますが、オリオンビールを含む大手ビールメーカーがほぼ99%の市場を占めており、残りの1%ちょっとのところに、約800社のクラフトビールメーカーが集まっているという状況です。弊社もそのなかの1社に過ぎないという特徴的な市場で、「この1%が2%になったらいいよね」という話をよくしています。
ビールというのは、冷えたジョッキで「とりあえず乾杯」というイメージをお持ちかもしれませんが、ビールには150種類以上もあるといわれています。多様なビールについて、国内ではやっと最近になって認知度が高まってきたものの、多くはラガーのピルスナーというタイプのビールを飲まれているという背景があります。私たちは、日本でも多様なタイプのビールを選べる時代が来るといいと考えていて、ビールを通じてファンにささやかな幸せをお届けしたいということをミッションとしております。
なかでも、「よなよなエール」という個性的な香りと味の製品が主力となっています。他にも、いろんな個性的なビールについて、細かくターゲットを絞ってブランド開発などをして展開をしています。
また、最近はビールをただつくって売るだけでなく、ファンの方々とのイベントを通じて、ささやかな幸せをお届けしていくことに力を入れたいと考えています。今年は北軽井沢で、キャンプ場を貸し切ってイベントを行いました。遠隔地からもたくさんのファンの方にご来場いただきました。適正飲酒で、夕方にはお酒を飲み終わるという健全なイベントでしたが、こういうのを楽しみにされているお客様が増えています。
私たちもイベントを通じて、すごい熱量をいただいています。心から感謝してくださる方も多く、そういう熱量に触れて、また仕事を頑張ろうという気持ちにさせてくれて、私たち自身が仕事をする意義を改めて実感できるきっかけにもなっています。
弊社は、今でこそ「働きがいがある会社」「仲が良さそう」「明るい」と言われることも多くなりましたが、昔はそうではありませんでした。私が、ヤッホーブルーイングに来た当時は、朝礼のときに一人一言ずつ話すという雑談朝礼を始めたのですが、最初はみんな話すこともなくずっと下を向いていて、お通夜みたいな雰囲気でした。
というのも、弊社は地ビールの流行当時はちやほやされたのですが、ブームが去ると同時に売り上げも低下していきました。そうするとやはり社内の雰囲気は暗くなります。こんな仕事のやり方ではダメだとささやかれることもありました。それでも営業は頑張って売りに行くのですが、門前払いにされることもあったし、ビールの味で勝負するのではなく現金が当たるキャンペーンをやろうとか、変な方向に走ったこともありました。売り上げ低迷時は返品も多く、それをきちんと捨てないと税金がかかってしまうので、ビールの缶を1缶ずつ開ける作業で腱鞘炎になってしまう人もいました。こんなことが続いたので、非常に暗い組織になっていったのだと思います。
●なぜチームづくりに力を入れたのか
私がヤッホーブルーイングに来た当時の社員数は約20名で、みんな自分の仕事で精いっぱい、そしてバラバラで消極的で元気がないという会社でした。なんとかしなくては、と私も思っていたのですが、そのころに代表の井手(代表取締役社長の井手直行氏)が、どん底の状態を見て、経営理念をしっかり定めてみんなと共有し、チームでしっかり展開していくということを会社の戦略として取り組もうと覚悟を決めたのです。私もそれ以来、一緒にチームづくりを諦めずにずっとやってきたという自負を持っています。
ただ「チームビルディング」といっても気合いだけではダメです。ではどうしたらいいか。当時、楽天市場に出店をしていたのですが、出店者向けのチーム・ビルディング・プログラム(TBP)という講座が楽天大学にあり、井手がそれを受講し衝撃を受けて帰ってきました。そして、今までの自分は全然ダメだったというのをさらけ出したのです。リーダーが、「ごめんなさい。今までリーダーシップ発揮できていなかった」とみんなの前で自己開示をする。そのうえで、みんながチームビルディングを理解して、みんながチームとして進んでいくのが大事で、私はそれをアシストする役をしっかりやっていきたいと宣言しました。このことを皮切りに、まず同じ内容の研修をやろうと社内に展開して、毎年コツコツ、チームビルディングに取り組んできたという経緯があります。
なお、これは基本的に手を挙げた人だけが参加するという仕組みにしました。前例がないので、チームビルディングといっても「ちょっと怪しいな」と思う人も多かったのです。手挙げ式にしたことで、「何かを変えたい」と感じている人が集まりました。私も変えたいという意識があったので、思い切って飛び込みました。研修の中身としては、教えてもらうというよりも、チームビルディングをしっかり自分たちで体感するといった内容でした。そういうことを毎年コツコツ続けていったところ、少しずつ参加者が増えていき、怪しい研修といったイメージも徐々に払拭されていきました。むしろ参加したメンバーが、仕事で成果を上げ、明るく仕事をしている様子を見て、いろいろなメンバーが参加してくれるようになっていきました。参加者が増えすぎて、定員オーバーになる年もあったほどです。その結果、チームビルディングのお作法や共通言語が日常的に社内で使われるようになっていきました。
なお、予算がなく外部の講師を呼ぶことできなかったので、井出自身がファシリテーターを務めていましたが、それこそ強いリーダーシップをずっと発揮し続けるのが限界ということで、受講者である私たちメンバーが、自分たちのチームビルディング研修をファシリテートできるファシリテーター養成講座もやってしまおうという取り組みにも力を入れるようになりました。
だんだん社内の雰囲気も良くなっていきました。採用についても、全国から応募があるような会社になり、社員数は10年で5倍に伸びてきています。
私たちはGreat Place To Work※のサーベイに参加して、8年連続でベストカンパニーとして、働きがいのある会社にランキングされ、トップ100社のなかに入れるような実力がついてきました。身内のサーベイだけでは、本当に社外と比べてどうかがわかりません。実力を測る腕試しということで参加してみたのがきっかけでした。こうしたサーベイへの参加も含めて、自分たちの強みと弱みを把握しながら、どうすればもっとよくできるかといった対話を、毎年、各ユニットや部署で行っています。
※ Great Place To Work(R)は、「働きがい」に関する調査・分析を行い、一定の水準に達していると認められた会社を「働きがいのある会社」に認定・ランキングとして発表する活動を世界約150カ国で実施している専門機関。
図1は、売り上げの推移です。2008年頃から経営理念の共有やチームビルディングに力を入れて取り組んできましたが、最初の数年は踊り場のような状態で、効果が実感できず何度も心が折れそうになりました。それでも諦めずに続けて、5年、6年と経つうちに売り上げの伸びが顕著になっていきました。それで自信がついて、さらに売り上げも伸びていきました。成長には当然いろいろな要素があると思いますが、チームビルディングや経営理念の共有に取り組んでいなかったら、こういう結果にはならなかったのではないかと思います。
●チームづくりではどんな活動をしてきたのか
チームビルディングの話をする前に、ヤッホー流の成果を出すための構造についてお話をします(図2)。
私たちは事業者なので、当然大きな成果、つまり利益や売り上げを出したい。それを出すためには、質の高い打ち手と、打ち手の実行力の掛け算で決まると思っています。さらにこれを噛み砕いていくと、質の高い打ち手というのは十分な議論と合意形成が必要です。そのためには共通の判断基準が必要です。そうしないと議論がまとまらないからです。その共通の判断基準には2つあります。1つめが価値観で、価値観が合わないと判断も合わない。もう1つは入力情報で、情報量が違うと判断が違ってしまう。逆に言えば、この2つが揃えば共通の判断や合意形成につながるのではないかと思っています。
さらに言うと、価値観の部分は私たちの経営理念で束ねていきたいと思っています。入力情報については、どこの会社さんも同じだと思いますが、情報共有や相互理解をしっかりとしようというところに結びつくと思います。
打ち手の実行力の方を見ていくと、私たちとしては、ここをチームで成果を最大化したい。そのためには、チームビルディングの理論をみんなと共有して、研修を受けるだけではなく、それを現場で実践していくということに力を入れています。チームビルディングの実践において大事なことは、コミュニケーションの質と量です。それを保つためには、先ほど伊達先生のお話にもあった心理的安全性だと思います。これらをしっかり底上げしていくために、コミュニケーションの施策や人事の施策があると私たちは整理しています。
そして、チームビルディングです。最初に楽天大学のチームビルディング研修を受けたという話をしましたが、その楽天大学学長の仲山進也さんと組織開発ファシリテーターの長尾彰さんの二人にファシリテーターとして今では入ってもらっています。
その教科書の一部のご紹介になりますが、チームの成長には4つのステージがあるということです(図3)。
最初は言いたいことが言えないという心理的安全性がない状態。この最初のフォーミング(同調期)では、チームにならずに止まってしまっているケースが多いと言われていますが、ここを突破していかないと本当のチームとしての成果は出ません。この最初のフォーミングからストーミング(混沌期)、つまり言いたいことを言い合える状態になる過程では、コミュニケーション量の壁があり、だいたいここが突破できずに苦しんで、元に戻ってしまう。
そんなことが多いなか、私たちがシンプルに日頃から言っていることは、「言いたいことを言いたい人に直接言うことができる」ようになろうということです。これは実にシンプルですが、難しい。なぜかというと、心理的安全性が下がることが日常的にあるからです。たとえば、攻撃的、批判的な態度、陰口などは嫌ですよね。そういうことがあると、当然、心理的安全性は下がって本音が言えないし、コミュニケーションも深まらない。なので、施策以前に同僚への敬意は大事にしようと常日頃から言っており、これも価値観のなかに入れ込んで実践しています。
雑談朝礼の話をしましたが、毎朝20分ほど、長引くと30分ぐらいかけて、仕事とは関係のない自己開示をします。週末はどこに遊びに行ってきたとか、お料理をしましたとか、そういう話から始まって、要は自分のことを理解してもらうための雑談タイムで、これを毎日やっています。
最近は、ただ話すのではなく、外で散歩しながら雑談しようということで、駐車場でうろうろしながら話したりもしていますが、要するに飲み会でコミュニケーションが深まるとはいうものの、特定の人だけに偏ってしまうので、いろんな人とシャッフルしながら、部署に閉じずにいろんな人と雑談しようという趣旨で実施しています。
私のニックネームはちょーさんですが、全員ニックネームで呼び合っています。役職で呼ぶと、立場や上下関係を意識して言いたいことが言いづらくなってしまうので、ニックネームで呼び合うというのが目的の1つですが、やってみてわかったのは、ファンの方とのコミュニケーションも深く、近くなったことです。ファンの方ともお互いニックネームで呼び合う取り組みもしています。
また、プロジェクト活動にも力を入れています。本業に対して2割ぐらいは違うことをやろうということで、社内の改善活動や安全性委員会などを行っています。
●ファシリテーター型のリーダーシップへの転換
ファシリテーター型リーダーシップへの転換については、チームビルディングを進めていくうえで、伊達先生のお話のように、強いリーダーシップを変えていく必要があるのではないかという議論が前提としてありました。
やってみてどうだったかというと、暗い過去のお話もしましたが、そういう時は、やはりトップの強力なリーダーシップで全体を牽引していく必要がありました。チームビルディング研修にしても、ニックネーム制にしても、途中で諦めたくなってしまうことも多々ありましたが、それを、なぜ必要なのかを説明しながら、ずっと頑張ってきました。ただ、ずっとそれではダメだということに途中から気づきました。リーダーがいないと進まないというのはやはり良くない。持続可能な仕組みにしていくためには、まさに経営理念や文化、チームビルディングの考え方の共有、実践が必要だと気づきました。それは、一人ひとりが自分の強みを生かしたリーダーシップを発揮することに尽きます。当然トップもそうですが、部署のリーダー、課長職、部長職に当たるような人たちも含めて、強いリーダーシップを発揮するというよりは、メンバーの成長を支える、成果が最大化できるようにするというファシリテーター型のリーダーシップでありたい。それをチームビルディングの講座を通じて学んでいきました(図4)。
このような取り組みが、変化に適用できる自律的なチームをつくると信じて進めてきました。リーダーの役割とは、チーム全体の成果を最大化することを目指すこと、それを支える個々の成長をアシストすることと捉え、ファシリテーター型のリーダーシップを通じて促進していくスタイルへと変えてきたのです。
Ⅲ.クロストーク(質疑応答)
司会 長岡萌以 日本能率協会マネジメントセンター 『Learning Design』編集担当
今回、チームづくりとリーダーシップという2つのテーマがありました。主にチームづくりについては、ヤッホーブルーイングさんの事例をご紹介いただき、リーダーシップについては伊達先生にお話しいただくというような構成になりました。
まず、伊達先生の弱いリーダーシップのなかでメンバーの能力を発揮して、創造性を引き出していく。また、それが組織の適応力を高めていくのだというお話が、ヤッホーブルーイングさんの組織やチームの在り方と共通しているのではないかと感じましたが、ぜひちょーさんの方から今回のご感想や伊達先生への質問などをまずお願いします。
伊達先生のお話を聞いていて、本当に共感しかないという感じです。私たちも手探りでやってきたので、今日のお話を聞きながら、それが間違いではなかったと再確認できました。また、今日はお話できなかった部分もありますが、自分たちの強みを開示し合おうとか、この人はどういうところが強みで、その強みが発揮できると仕事が楽しいよね、といった話をしながらやってきたので、今日のお話を聞いて自信が持てました。この後も、いろいろなヒントが探れたらいいなと思いました。
私がお話しした内容をまさに実践しておられる取り組みだと思いました。恐らく今日お話しされなかったような試行錯誤が非常にあったうえでここにたどり着いているのだと想像しながらお伺いしました。そのなかでも私が特に面白いなと思ったのが雑談朝礼です。朝礼が形骸化してしまって、事務的な形だけになって時間の無駄だと思われてなくす会社が多いなかで、そうではなくて、みんなが自己開示をしたり、関係をつくったりするために使おうという取り組みは非常に面白いなと思いました。
学術的にも、ポジティブな感情を抱くと、その日の行動が良くなることがわかっています。ポジティブで明るい気持ちになると、協力的になったり、アイデアをどんどん出したりするようになるということが近年実証されているので、そのような効果を雑談朝礼において導き出しているのではないかと感じました。
これはすごくありました。最初はそれとの戦いでしたね。「そんなことやっていないで、早く仕事を始めて早く帰りたい」という意見がやはり出ました。しかし、私たちは「急がば回れだよね」と。この部分をカットしてしまったら永遠に議論がかみ合わないし、会議も長くなる。やはりここに時間を投資する意味や何に期待しているのかを懇々と、何回も説明をしました。定着するのに、最初の半年間はすごく苦しかったのですが、ずっと諦めずにやってきたことを今でも思い出します。
このような制度を導入していくなかで、うまくいっている企業のお話を聞いていて感じるのが、反対意見やある種のしらけみたいなものがあった時に、それに対してきちんと説明するレパートリーが豊かだということです。いろいろな説明の仕方を持っている、あるいは説明する過程で開発されていくのだと思いますが、そうしたレパートリーを豊かにしていくことも有効な対策ではないかと思いました。
そうですね。弱いリーダーとは、自己開示です。自己開示の1つとして、自分の強みを知るためのストレングスファインダーをやって、それを全社にフルオープンにしています。最近、ネームプレート上で強みの上位5つを開示し、このネームプレートをつけてミーティングをしています。自分の強みを見つけるのも大事ですし、自分から「私こういうことが得意、好き」というのを開示することも大事だと思います。あとは周りのメンバーが、「誰々さんってこういうの得意だよね。こういうところがすごく輝いているよね」というフィードバックをお互いにし合う。自分も開示するし、相手にもフィードバックする。これをやっていると、自然と誰かの小さな強みや弱み、その人なりのリーダーシップがわかってきます。結果的にそんなことを私たちはやってきたのだと思います。
そうですね。強みや個性とは、本人が本質的に持っているものではなく、相対的に決まるものだと考える方が楽になると思います。このメンバーだからこそ、自分はこういう強みを持っていると考える方がだいぶ考えやすい。その考え方に立つと、たとえば、チームの中でありがたいと思うことをしてくれる状況自体が強みになります。チームにおいて感謝されることができているということ自体が、その本人の持っている強みではないかなと思いました。
もう一点、実は人間は都合よくできていて、人の強みや良かったところなどはすぐ忘れてしまう。一方で人の悪いところは結構具体的に覚えている。たとえば、他人に対して注意する時は具体的に指摘します。「昨日の会議のああいう風な言い方、あれってどうなの?」などと言うのですが、一方で褒めるときは、あまり具体的ではない。抽象的に「良いよね」というようになってしまいがちです。要するに、強みは忘れられてしまう可能性があるので、記録していくことも大事だと思います。ネームプレートは良いやり方ですね。見えるから忘れないで思い出すことができる。記録したり、思い出したりできるようにしておくことも大事かなと思いました。
弊社の場合、9つの項目があって、そのうちの1つがチーム貢献です。他にも、うまく進めるうえでのコミュニケーションという項目など関連する項目はあるのですが、主にチームでうまく貢献したという意味では、チーム貢献とコミュニケーションで評価されるケースが多いです。
非常に難しいです。弊社はプロジェクトが多いので、直属の上司が見えない部分も多くなりました。部署横断のようなことをたくさんやっているので、評価のやり方も管理者だけで360度評価のようになっている。評価対象者を評価する側も、全員が見ると。全員がそれを見に行って、評価が適正か、またコメントが適切かについて、お互いフィードバックに時間をかけています。これを半年に一回、丸々一週間くらい時間をかけています。それくらい労力をかけて、チームに貢献していたか、またはうまくいかなかったことやフィードバックすべきところについて、すごく丁寧に見るようにしています。
評価に入れていくということは、会社としての意思の表明になります。確かに運用上は難しいかもしれませんが、そこに入っているという事実自体がまず大事な意味を持つのだと、お話を伺いながら思いました。
これには、2つ論点があると思います。まず、「チームとは何か」です。つまり「良いチーム」の捉え方について、トップとメンバーで認識が食い違っている可能性があるかもしれません。まず、「良いチームとは何か」についてコミュニケーションを取っていくことが重要です。
2つめは、チームに対する価値観や考え方は、リーダーとメンバーで合っている。経営とそれ以外でも合っているという場合でも、言行不一致になっている状態です。要はみんなそうありたいと思っていても、社長の言行が一致していない状態です。多くの場合、別に悪気があるのではなく、気づいていないというケースが多いと思います。よほど自己意識が高いというか、セルフモニタリングができる人でないと難しいのです。そうなると、言行不一致の状態を指摘してもらえることが大事になってきます。第三者を入れて指摘してもらう、あるいは360度評価でもいいかもしれません。何かしら言行不一致になっているということに気づく機会をつくることが必要なのです。ただし、一言だけ加えておくと、ネガティブなことばかり言われたら、人は聞く耳を持たないので、良いところを挙げることも大事です。良いところを5倍ぐらい挙げて、1つだけネガティブフィードバックするぐらいがちょうどいいと言われていますね。
まさに井出が直接チームビルディング研修を体験して、そのなかでは、自己開示や弱いリーダーシップを発揮する活動の連続でした。それを通じて、自分の伝え方もチューニングし直さなくてはいけないと気づいたので、それを社内で実践するときに、自分の得手不得手を開示して、不得意な部分については助けてほしいといった趣旨のことを赤裸々に話すのです。自己開示の最たるもので、弱みをさらけ出していました。そうすると、フォロワーが出てきます。そのフォロワーこそが小さなリーダーシップだとも思いますが、逆に得意な人が出てきて弱みを補ってくれる。誰かが強みを発揮する機会にもなる。パズルのピースみたいだねとよく言っていますが、そういうのが実感として社内に出てきました。助けようとか支えよう、それで喜ばれてすごく嬉しかったという連鎖がずっと続いていくと、「言っていいんだ。やっていいんだ」という気づきになり、少しずつうまく活動が進むようになっていきました。
そうですね。1つあるとすれば、現場で、「こういったマネジメントスタイルがうまくいきました」という報告をしていくという方向性はあると思います。今までのマネジメントスタイルで進めていたらうまくいかなかったけれども、こういうやり方に変えてみたら現場でうまくいったという報告を何度も何度も上げていくと。そうすると、「あれ? 自分ももしかしてこのやり方を取った方がいいのでは?」というふうに経営者も思い始める。経営者も完全に学びをシャットアウトしているわけではないので、何度かそういう情報を上げていくと、自分も試してみたいなとか、うちの社員でうまくいったのなら、自分もそういうリーダーシップを取ればうまくいくのではないかと思いやすいと思います。
では、次の質問です。「チームビルディングの研修を15年継続されているとのことですが、成果が出るまではどれぐらいの時間がかかるという想定でしたか。人事施策の策定を考えますが、どれぐらいの期間で検討すればいいのか迷います」というものです。ちょーさんいかがでしょうか?
そうですね。結果的に、継続して15年以上やっているのですが、当初は手探りの連続でした。本当に意味があるのかと、企画側も正直疑問をもっていました。信じてやってきたのですが、本当に大丈夫だろうかと思った時もありました。結果的に3、4年ぐらいは、効果が出るのにかかったと思っています。効果とはたとえば売り上げが伸びてきたといった、みんなが納得し得る、目に見えるものです。
一方で、プロジェクト単位や日々の活動のなかで、今までになかった発想の取り組みなどの小さな成果は出ていました。たとえば、弊社には醸造所があるのですが、直接醸造所を見学できない人にバーチャル見学のようなサービスをしてはどうかといった提案が出ました。そういう成果を報告すると、すごく賞賛されて、こういう活動をすればいいんだとなり、みんなの自信にもつながりました。最初の3年ぐらいは結構大変でしたが、そこを乗り越えた先に成果がやっと出てきたのです。
逆に言うとそれぐらいの時間がかかるので、すぐやめるべきではありません。経営者が変わったり、方針が一気に変わったりするとなかなか続かないという特徴もありますが、弊社はたまたまリーダーがずっと一緒だったので、一貫して同じことができたという背景はあると思います。
難しい論点だと思いますが、考え方の補助線として皆さんにお伝えできることがあるとすれば、人も組織も基本的には少しずつ変わっていくということです。良いことも良くないことも学びながら日々変わっています。むしろ変わらないことが難しい。そのくらい人は少しずつ変わっていくのです。組織も人に応じて変わります。ただし、ここから重要なのですが、変わっているということにあまり気づけないのです。私がよくお話しするのが「成長」と「成長実感」の違いです。実際にその人が変わっている・良くなっているということと、その本人が良くなったということに気づいている・実感しているということは必ずしも一緒ではないのです。成長が基本的には先で、後から実感する形になりやすい。この実感の機会を意図的に作り出していかないと、実感することのないまま、本当は良くなっているのに、実感できずにやめてしまうケースも出てきてしまう。だから、成長を実感できるような機会、たとえばリフレクションをするとか、何が変わったのかについて考えてみるとか、一年前のメールのやり取りを見てみるとか。そうすると、一年後は全然違うやり取りになっているといった成長実感を味わうことができる。そういう機会を作り出していくことも、長きにわたって施策を続けていく、あるいは効果が出るまできちんと続けていくことにつながると思います。
弊社の場合、評価制度で半年に1回、かなり丁寧にフィードバックしています。「こういうところができたよね」「こういうところはまだ伸びしろがあるよね」と、かなり時間をかけてやっていますが、そのなかで、自分の棚卸しとして、本人に必ず自己評価をしてほしいと言っています。自己評価して気づくところもあるし、自分ではそんなに成長していたと気づかなかったことを、上司やリーダーからフィードバックを受けて、後から気づくこともありました。その2つ、自分と他者からのフィードバックで気づく機会としては定期的にあると思います。
時期やフェーズによって違いますが、これは大変でした。最初にチームビルディングをやり始めたときは、いきなりアクセルを吹かしすぎてしまうと、下手すると本当にみんな辞めてしまうかもしれないという危機感がありました。それまでは経営理念とは関係なく採用をしていたので、目の前の仕事だけやって、お給料もらえればそれでいいという人がいました。そういうなかで、いきなり「チームで」と言い出すと、「気持ち悪い」みたいな感じになりました。なので、いきなりみんなを変えるというよりは、アンチ層にいきなりテコ入れするのではなく、チームビルディングの講座に手を挙げて参加してくれるような、いわゆるフォロワー層をまず増やしました。すると今度は、フォロワーでもアンチでもない、いわゆる無関心層が期待して参加してくれました。アンチ層の一部は退職してしまうことはあり、そうした痛みを伴う覚悟はしていましたが、「北風と太陽」の例えで言うと、太陽作戦を取りました。強引に経営理念を押し付けるのではなく、みんなで道具として使っていいよと。チームとしてそれをやっていいよと、懇々と説明しながら、合わない人はお互いのために良くないかもね、なんて言いながら少しずつ進めていったのです。
そうですね。組織を何かしら変えようとするのはやはり難しい。ただ、そこで反対が起きないと私はまずいと思っています。反対が起きるのは、今までうまくいっていたやり方があるからです。反対が起きるということは、今までうまくいっていたやり方と違うことへの抵抗です。そういう意味では必然的に起きる抵抗ですが、そのときに大事になるのが、人間は反対されたり、あまり乗り気ではない人がいると、その人を説得したいという気持ちに駆られます。ところが、これはあまり良くない。説得しようと思っても、そんなに簡単に意見が変わるものではないので、説得にエネルギーを使ってしまう。そうしているうちに、全然変わらなくて頓挫してしまうということが起きがちです。なので、反対者を説得するのではなく、賛同者を探していく方にエネルギーを使っていく方がうまくいきやすいと思います。
今お話しいただいたのは、まさにそういう部分を含んでいたと思います。そのような進め方を取っていくと、もちろん完全に痛みをゼロにするのは難しいですが、エネルギーを過剰に浪費せずに済むのではないかと思いました。
そうですね。やはりリーダーが大事ですね。この時に一番求められる役割として大事になるのがリーダーです。否定しないで、まず一旦聞く。このことをひたすらやるのがまずは重要だと思います。何か意見を言ってくれた時に、そのことについて、価値判断をそこで下さない。良い悪いをいきなり言わない。まず意見として受け止めて、意見を言ってくれたことに感謝する。この繰り返しをひたすらやっていくことが大切です。これは当たり前のことですが、非常に難しい。特にリーダークラスになると、話を聞いている側なのに、「いや、それ前やったけど。そういうのでうまくいかなかった例を知っているよ」というような気持ちがどんどん起こってくると思います。でも、それは置いておいて意見を言ってくれたことに感謝し、もう少し聞いてみると何か思いつくかもしれない。あるいはその話を聞いた他の人が別のアイデアを出すかもしれない。そのように一旦受け止めることが、特にリーダーに求められるのだと思います。
感謝を伝えるのは、当たり前のようでシンプルですが、それを続けていくと、すごく貢献できたな、喜んでもらえてよかったという感情がたまっていきます。社内では「魂のごちそう」とよく言いますが、誰かのために役に立てたことや感謝を伝え合うことはシンプルだけれどもやりやすいと思っています。これをやるようにすることで、結果的に心理的安全性も高まると思います。
今日はご聴講ありがとうございました。限られた時間なので、お話できることは少なかったのですが、弊社から、『よなよなエールがお世話になります』という書籍が出ておりますので、読んでいただけると、いろんなエピソードも載っていますので参考になるかと思います。
本日はありがとうございました。チームづくりもリーダーシップも時代とともに求められることが変わっていくものです。その変化に敏感である必要がありますし、本日はその1つの方向性として弱いリーダーシップを紹介しました。第一歩としては、わからなかった時にちょっと聞いてみるぐらいから始めてみるのがいいと思います。いきなり鎧を全部脱ぐと風邪をひいてしまいます。最初は、わからない略語などが出てきた時に、「これってどういうこと?」と聞くところから始めていくといいのではないかと思いました。