対話型AIで変わる、組織と人事の未来
爆発的な広がりを見せる対話型AI。この先、HR分野へも活用が大きく広がっていくでしょう。本セミナーは東京大学発のAIスタートアップ・GenerativeXの上田雄登氏、日清食品ホールディングスの成田敏博氏をお招きし、対話型AIを組織でいかに活用し、その活用を促していけばよいのか。組織と人事はどのように変化していくのかについて、具体的な事例を交えながらお話いただきました。
こんな方におすすめ
- 対話型AIの最新潮流を知りたい方
- 人事領域でのAIの活用方法やその効果に興味がある方
- AIを活用して組織の効率化や生産性向上を図りたい方
登壇者プロフィール
上田雄登(うえだ ゆうと)氏
成田敏博(なりた としひろ)氏
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セミナーレポート
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Ⅰ.対話型AIの最新潮流、HR領域における活用の可能性
上田 本日は、当社が支援させていただいている企業様の事例や東京大学松尾研究室時代のエピソードなどを中心に、生成AIやChatGPT の現状について解説していきたいと思います。
2022年11月にChatGPTがリリースされてから、はや1年が経過しました。そのインパクトは非常に大きなものでしたが、その後も、矢継ぎ早に様々な機能がリリースされており、活用可能なユースケースはもはや個人レベルではなく、ビジネスでの活用が不可避となっています。時系列で見てみるとこのようになります(図1)。
ChatGPTを活用したサービスも大量に出現しており、このように周辺領域においても広がりを見せているのが現状です。
●上司・部下へのマネジメントと酷似する対話AI への指示
プロンプトエンジニアリング(Prompt Engineering)とは、言語モデルから望ましい出力を得るために、「指示や命令を設計、最適化する」AIエンジニアリング技術のことです(図2)。
プロンプトエンジニアリングは、上司の部下へのマネジメントと非常に似ているともいえます(図3)。
たとえば、プロンプトエンジニアリングにおける「『ふわっとした』不明確な説明を減らす」という点に関しては、マネジメントの「ステップを明確に伝える」であったり、「ゴールを明確にする」、「見本を見せる・イメージを伝える」に近いといえるでしょう。
「ただ何をしないでほしいかを言うだけでなく、代わりに何をすべきかを伝える」に関しては、「正誤・改善点を明確に伝える」など、そもそも“何をするな”だけではなく、“こういうふうにせよ”と伝えるところが、指示の出し方では似ていると思っています。
こうした背景もあり、組織内でのコミュニケーションやマネジメントが得意な人ほど対話型生成AIを使いこなせるようになってきているのではと見ております。
●「AI 活用における難しさ」はもはや「技術的な難しさ」ではない
これまでは、技術的にAIを作る難しさや、技術的にどこでAIを活用するのがよいのかといった、“絞り込み”の部分において難しさがありました。
しかし、生成AIが出てきたことによって、技術的な難しさではなく、マネジメントや、人間関係や組織における課題のような難しさが主となってきています。
たとえば、マネジメントにおける「業務のノウハウを教える」「ノウハウを言語化する」「やるべきことを明確にする」ことは、AIにおいての「ノウハウを言語化する」と「指示の明確化・自由度をあえて絞る」という領域になりますが、いずれも難しいポイントとなります(図4)。
逆に技術的な難しさ、言い換えれば、“技術的な優位性” といったものは、徐々になくなってきているといえます。
●AIを活用できている企業は限定的
様々な企業の支援を行っていますが、現在は図5のようなフローで進めています。
まずは、「環境整備」として、社内専用の環境を用意し、従業員の自発的な利用を促すところから始まるわけですが、環境が整備されても「指示出し」に不慣れな社員はAI を使いこなせません。
それに対応して、「ユースケース抽出・要件定義」を行い、業務効率化やDX を推進するうえで、必要な活用方法をリストアップします。しかし、当社がお話をさせていただいている金融機関の場合、「約300のユースケースがあるが、どこから手を付けていいのかが分からない……」といった声も聞こえてきます。このメンバーから上がってきたユースケースに対して、どこから実装していくのか、優先順位をつけるために非常に時間がかかるからです。
そうした状況のなかで「PoC(Proof of Concept:施策に入る前に検証すること)」を実施し、優先度の高いテーマでスモールスタート&とにかくたくさん試すことが、次のフェーズとなるわけです。ただ、試したとて、なかなか運用には乗りません。また、モデル自体も日々アップデートされますので、さらに「運用・改善」を行う必要が出てきます。
一部の先進的な企業以外、ほとんどの日本企業は「環境整備」で停滞しているというのが現状です。
●生成AI を使いこなすための取り組み
生成AIを使いこなすために、これだけはぜひ覚えて帰っていただければと思いますが、チャットにユーザーインターフェースを準備するだけではなく、プロンプトのなかにノウハウ・マニュアル、指示文をユースケースごとに用意しておくことが重要です(図6)。
これなら、マニュアルやノウハウを差し替えることにより、現場で大量に出現するユースケースに対応可能となります。
社内のユーザーに関しては、そこにデータをインプットするだけでよい状況にしておかなえければ使ってもらえません。「データを入れれば、そのまま使えます」といったようにする以外、現場で使われるような仕組みを作ることはなかなか難しいと思っています。
●生成AI関連のプロジェクト実績
ここで、当社の実績について少しだけご紹介させていただきます。大手企業からスタートアップ、生成AI の事業企画からアルゴリズム実装まで、一気通貫でのサービスを提供したものです(図7)。
当社の支援事例の中でも実際に、画面を作って、「業務でそのまま使えます」という状態にするものが、パターンとしては多くなってきています。
●【事例①】金融機関向け補助金書類の作成(書類作成・金融)
金融機関向けの補助金作成のSaaSに対して、生成AI を用いた補助金申請書類の自動作成機能を開発し、提案力向上、業務改善を実現。補助金の申請書類作成は、非常に時間がかかるものだったが、専門家のノウハウ、つまり補助金が通りやすい申請書類を書くためのノウハウをプレインストールした状態で申請書類を生成するAIを作成することで提案力向上、業務改善を実現した(図8)。
●【事例②】 法人向け不動産営業業務の高度化(営業支援・金融)
大手信託銀行が提供する投資用不動産仲介の営業活動において、部課長が持っているノウハウを活用して部下へのフィードバックや指示を行うAI を開発図。上司の経験やノウハウが、なかなか部下に行きわたらない。逆に、部下の報告も、なかなかかゆいところに手の届くようなものにはならない。さらに、バーティカルに組織が分かれていると、横串でノウハウが伝達されないといった課題に対し、AIが上司と部下、それぞれのノウハウを参照しながら答えることによって、組織のなかでノウハウが行き渡るためのアウトプットを出すことができるようにした(図9)。
●【事例③】臨床データを用いた研究開発の高度化(研究開発・製薬)
データ構造と研究仮説をインプットして、生成AIを活用したデータ分析およびレポート作成を自動化することで、仮説検証サイクルを高速化。
研究者が研究のためにビッグデータに触る際、外部ベンダーにデータ抽出を依頼していたのを、「どういうデータが欲しいか」さえインプットすればデータが出てくるよう開発した(図10)。
●生成AIによって実現される、コミュニケーションの効率化
少し未来の話をしますと、対話型AIがHRや組織の領域において、どのような影響を与えるかを予測した際、“社内のコミュニケーションコストの最大効率化”が挙げられます。
組織内のコミュニケーションにおいて、個人の頭のなかにある知識、考え、価値観、意図を言語化し、他者に伝えるプロセスです。この過程において、欠落や誤解、伝達不足などにより生まれる損失は「コミュニケーションのコスト」として捉えられますが、生成AI は単にコミュニケーション効率を上げるのみならず、まったく新しい次元のコミュニケーションの創出が可能です。組織内の知識やノウハウ、価値観の共有を限界までスムーズにすることで、業務効率化・付加価値向上が実現されます。
具体的には、部下が上司に報告をし、上司は部下の面倒を見る。こうしたコミュニケーションを行う際に、それぞれの分身のような「AI アシスタント」を作ることで、無駄に発生していたやり取りを効率化できます(図11)。
たとえば、上司側の「何度も同じことを言わせないでほしい」といったこともなくなります。また、担当者からすると、何度聞いても、機嫌が悪くならず答えてくれます。このような、社内のコミュニケーションがAIによって効率化していくといった方向性が考えられます。効率化が組織のなかですぐに実現するかと問われれば、もう少し先になるかと思われますが、徐々にそうした方向にシフトしていることは確かです。ご清聴、ありがとうございました。
Ⅱ.創造的活動の時間を生み出す、日清食品ホールディングスの取り組み事例
●日清食品における生成AI 活用の現状
成田 ここからは、日清食品ホールディングスにおける生成AI活用の現状と題し、今から約半年ほど前(2023年11/20時点)から始まった?当社内におけるChatGPTの利用状況についてご紹介したいと思います。
その前に、当社を語るうえで欠かせない“カップヌードルシンドローム”という言葉がございます。これは、「“カップヌードルシンドローム(症候群)”に陥っているんじゃないか?」とか「“カップヌードルシンドローム”に陥らないようにするべきだ」という意味で使われる言葉です。
これが何を意味しているかというと、カップヌードルという、日本人であればほとんど誰もが知っているような強力なブランドを持っているからこそ、それに安住してしまい、営業業務、製品開発業務、その他の販売促進業務に関して努力することを怠ってしまうのではないか? ぬるま湯に浸かってしまっているのではないか? そうした、 “危機感”を経営トップ自身が抱いています。“カップヌードルシンドローム”を打破していくためにも、新しいことをどんどん取り入れ、自分たちの仕事の仕方を自分たちで“破壊”してでも新しい会社に生まれ変わっていくべきであるという考えを、経営トップ自身が社内に対して力強く発信しているのが、当社の社風です。
日清食品ホールディングスは日清食品グループ全体の持株会社です。設立は今から約70年前の1948年。代表者は創業者の息子でCEOの安藤宏基氏と創業者の孫にあたる安藤徳隆氏の2名が代表を務めています。従業員数としては15,000名ほどで、このうち約4,800名の日本にいるホワイトカラーにあたる従業員が社内版のChatGPTを日々利用している状況となります。
グループ会社としては、日清食品株式会社をはじめ、明星食品株式会社や湖池屋株式会社といった会社もグループ企業の一角を成しております。
●継承される“破壊の遺伝子”
以前、『日経ビジネス』誌で当社の特集を組んでいただいたことがあります。そのときの表紙に書かれていたタイトルが、「日清食品3代 破壊の遺伝子」でした。
当社の創業者、安藤百福氏はNHK連続テレビ小説『まんぷく』の主人公である立花萬平のモデルにもなっているので、ご存知の方も多いかもしれません。
前述のとおり、百福が創業した会社を、現在は息子の宏基氏がCEO、孫の徳隆氏がHDの副社長を務め、事業会社の日清食品株式会社の社長を兼任しています。
彼らはデジタルの領域に関して、「自分たちは素人」と言いますが、イノベーションに対しての感度は非常に高く、いち早く社内に取り入れて、どんどん適用していくべきだという考え方を持っています。
私は4年前に当社に入社しましたが、当時に目にしたビジュアルで印象に残っているのが「DIGITIZE YOUR ARMS」です(図12)。
“デジタルを武装せよ”と。これは文字どおり、デジタルで武装した侍が構えていて、少し分かりづらいですが、後方には当社の『チキンラーメン』のキャラクターである「ひよこちゃん」がサイボーグ化されたものが、ずらっと並んでいます。
さらに左下には、4つのマイルストーンが書かれています。最初の、「2019 脱・紙文化概念」は、このビジュアルが社内(2019年1月)に展開された年です。その年からは、紙とハンコを使った業務をやめていこうというものです。
次の、「2020 エブリデイテレワーク」では、誰も予想していなかったコロナ禍が始まりました。結果、毎日でもテレワークができるような環境が実現されていきました。
さらに、「2023 ルーチンワークの50%減」では、「業務自動化、AI活用!」とあるように、奇しくも2023年3月14日に「GPT-4」がリリースされています。
そして、「2025 完全無人ラインの成立」とあるように、そのタイミングでできるどうか分からないようなことも、あえてマイルストーンとして、経営トップ自らが旗振り役をしていくカルチャーとなっています。
●日清食品ホールディングスにおける生成AI 活用の発端
ここから先は、当社が生成AIを活用し始めた発端についてご紹介します。現在、“NISSIN AI-chat powered by GPT-4”(以下、「NISSIN AI-chat」)を活用しておりますが、Microsoft Azureというプラットフォーム上で自社で内製開発し、現在は4,800名が利用しています。PCとモバイルの2つのユーザーインターフェース(UI)を備えています(図13)。
「NISSIN AI-chat」を作るきっかけは、2023年の4月3日まで遡ります。当社では「クリエーターズ入社式」と呼んでいますが、現在ご覧いただいている資料は、当社のWeb社内報を抜粋したものになります(図14)。
新入社員約130名に対し、CEOの宏基氏がChatGPTを用いて「入社式×創業者精神×プロ経営者×コアスキル」を組み合わせて、様々なキーワードによる新入社員へのメッセージを披露。それを自身の言葉で解説しながら、「テクノロジーを賢く駆使することで短期間に多くの学びを得てほしい」と新入社員へ激励のメッセージを送りました。
この場には当然、新入社員以外にも、全ての役員が列席しています。おそらく、役員のなかでChatGPTを知らない人間はいなかったと思いますが、実際に触ったことのある人間は実際には1割にも満たなかったと思います。しかし、75歳のCEO自身が、こうしたメッセージを新入社員に送ったのを見て、おそらく役員陣は、「なんらかのかたちで、ChatGPTという技術が、日清食品の社内で活用されることになっていくだろう」と予見したと思います。
私自身、現場で話を聞いていた一人ではありましたので、情報システム部門を管轄する立場としては、できるかぎり早いタイミングでChatGPTという技術を当社の社内に持ち込み、かつ従業員がChatGPTで何ができるのか? 逆に、何ができなくて、どのような制約があるのか? そうした、「使用感」や「操作感」を誰かに聞いて知った話ではなくて、 “自分たち自身として把握している状態”を作るべきだと思いました。
そして私はこの日のうちにIT部門に戻り、希望者を募って社内にChatGPTを展開していくといったプロジェクトを立ち上げました。
●ChatGPTの利用に際するリスク
最初に始めたのは、ChatGPTにはどんなリスクがあり、それに対してどういう対策を実施するかというものです。新技術であるが故に、ChatGPT は利用に際して様々なリスクが取り沙汰されますが、基本的には、「セキュリティ」と「コンプライアンス」の2つにほとんどのものが集約されるといった整理をしました(図15)。
セキュリティについては、入力した内容の情報漏洩リスクがあります。AIの学習に利用すると言われていますので、個人情報や取引先情報の入力はできません。この点に関しては、当時セキュリティを担保するために、「日清食品専用の環境」を構築することで、業務利用での環境を限定する対策をすると位置づけました。
また、コンプライアンスに関しては、当社の場合は、2次利用あるいは3次利用する際に、何らかのリスクが生じ得ると整理をしています。ChatGPTの回答内容を盲目的に2次利用してしまうと、必ずしも正しいとは限らないので、様々なリスクが生じます。例を挙げると、不正確な内容、誤認された内容をどこかで使ってしまう。あるいは著作権などの権利の侵害に当たってしまう。さらには、バイアスや偏見、差別的・反体制的な内容の流用をしてしまうことも想定されます。これらはChatGPTに限らず、インターネット利用全般にも当てはまる事項です。インターネットで情報収集する際、私たちは調べた内容を鵜呑みにしてはいないはずです。だからこそ私たちは、「何かの権利の侵害に当たらないか?」といったところへ“無意識”に気を払っています。ChatGPTという新しい技術に対しても、そういった無意識に気を払っているような、ITリテラシーをしっかりと備えることこそが対策だと位置づけ、そのためにガイドラインを策定しました。
具体的には、説明会の実施、相談窓口の設置、社内報での啓蒙、システム上での注意喚起が何度もなされる仕組みを設けました。啓蒙を行うことこそが対策であると位置づけ、 “社内の守り”を担当する法務部、内部監査室、リスクマネジメント室に対し、一連のリスクへの対策を行うことで乗り切ろうとしています。
●画面に表示されるCEOのメッセージ
これは、最初に「NISSIN AI-chat」へログインすると、CEOメッセージが表示されます(図16)。
リスクへの注意喚起をしながらも、自分自身や組織のさらなる成長を加速してくださいといった内容をCEO自身がユーザーである従業員へ投げかけます。一読したうえで、「承知しました」にチェックを入れ、次に進むかたちになります。
「NISSIN AI-chat」のPC版とモバイル版の機能は同じですが、後者の場合、最初にログインしたときには、先ほどのCEOメッセージの後、「ひよこちゃん」から最低限、押さえてもらいたい注意事項をレクチャーしてもらう仕組みにしています。
次に、「ひよこちゃん」から、3つのチェック項目のなかから正しいものを選ぶよう求められます。すべて正しいものとなっていますので、チェックした後にはじめて、利用を開始できる仕組みになっています(図17)。
また、2回目以降のログイン時には、コンプライアンス上の注意を促します。「著作権」「正しい情報」「正しくない情報」などについて複数パターンが用意されており、一定期間で切り替わるようになっています。ランダムに2秒間ほど表示されることにより、コンプライアンス上の留意事項をユーザーが日々目にする仕組みにしています(図18)。
●「NISSIN AI-chat」公開までのスケジュール
公開までのスケジュールとしては、前述した4月3日の入社式から方針検討を始めて、どうやら日清食品ホールディングスの専用環境を構築するのがもっとも手っ取り早いとの結論に至り、構築に着手しました(図19)。
専用環境の構築には約1週間かかりました。構築の間、並行して関係部署との調整を行っております。前述した法務部、内部監査室、リスクマネジメント室とすり合わせたうえで、前述のユーザーインターフェースやロゴの内製化に際しては社内のデザインルームとも調整を行いました。
また、「ひよこちゃん」の活用に際しては、マーケティング部門にも話を通す必要があるため、用途などについて説明しています。
さらに、社内広報を進めるうえで、広報部にも協力を仰ぐべく調整を行い、4月20日の経営会議で承認を得たうえで、翌週の4月25日に「NISSIN AI-chat」を公開しました。
周知啓蒙については、公開日に合わせてユーザー説明会を3日連続で行い、Web社内報掲載を連載して行い、あとは社内ポータル告知(~4月28日)、デジタルサイネージ告知(~5 月中旬)を行うなど力を入れました。
●①レベル別プロンプトエンジニアリング研修
現場により入り込んで活用を促進していくという意味では、ここから先は非常に道が険しく、様々な障害があったと記憶しています。
図20は、当時プロジェクトを進めていたチームのメンバーが、「ゴールデンウイーク明けに、何をすべきか」について認識合わせをするために作成したものです。
「日清食品専用のChatGPT環境をつくって終わりではなく、より“全社を巻き込んだ取り組みの加速/飛躍的な生産性向上”を図っていく」ために、やるべきことが列挙されています。これらをプロジェクトメンバーが手分けをして、進めていきました。
そのなかで、特徴的なものとしては、「レベル別プロンプトエンジニアリング研修」というものです。
先ほど、講演01で上田先生からお話もありましたが、プロンプトエンジニアリングという、生成AIに対して質問を投げかけることに関して、ユーザーのレベルを上級者、中級者、初級者と便宜的に分け、それぞれに見合った研修プログラムを策定・実施していくことを、まずは一般ユーザー(初級者)から行いました。これは、プロンプトエンジニアリングの概念理解や使い方理解などについて、2時間の研修のなかで行うものです。
図21は初級者向けのプロンプトエンジニアリングの資料です。「プロンプトエンジニアリングとは何か?」「要素とは?」「テクニックとしてのアクションにはどういうものがあるか?」「プロンプトエンジニアリングを適用しない場合の質問文」「それに対する返答」などが解説されています。
プロンプトエンジニアリングを適用した場合には、どのように返答文が変わり、結果が変わるのかについてインプットしたうえで、演習などを2時間みっちりと行います。実際のケーススタディをもとに演習を行い、答え合わせをしていくイメージです。
●②:営業領域を対象とした、集中的なスキル向上促進・効果検証(営業戦略部と連携)
研修を行ったうえで、もう一つ、営業領域を対象とした集中的なスキル向上・促進効果検証といったところについて、営業部門を束ねる営業戦略部とIT部門が連携して行っていきました。
当社の営業部隊は全国で250名おります。そのうち、全国8ブロックの営業拠点からPJ メンバーを選抜し、2023年5 月にプロジェクトを立ち上げ20名を選抜し、メンバーが自分たちの営業業務のなかで、どこにChatGPTが活用でき、さらに活用する際にどういうプロンプトが有効なのかをメンバー自身が作り上げるプロジェクトで進めていきました。
プロジェクトでは、①「研修実施」、②「対象業務洗い出し」、③「プロンプトテンプレート作成」、④「効果算出・成果報告」の4つのステップを1カ月で実施していきました(図22)。
5月の中旬からスタートして、週2回定例ミーティングを実施して、このなかでは、各営業担当者が作ったプロンプトを外部コンサルタントであるギブリー社へレビューをいただいたうえでブラッシュアップを行いました。
その結果、生成AI の活用が見込まれる業務として、“32の業務”が該当するとの結果に至りました(図23)。
それぞれに対して、営業担当者がプロンプトをブラッシュアップして、最終的には汎用的に使えるテンプレートを固めていく作業を行っています。
社内報でも、「生産性を向上し、価値創造の時間を増やす」と、営業部門のトップ自身が旗振り役となり、生成AIを活用し、これまでの働き方を変えていくべきだと社内に対して宣伝してくれています。
「営業領域における期待効果」を拡大したものがあります。顧客のために使う時間は28%と3割に満たず、7割以上の工数を社内業務あるいはルーティン業務に使っています。この割合を変えることが、営業領域が目指しているところです。
理想は、顧客のために使う時間を50%くらいにまでもっていくために、社内業務の工数を50%以下に縮減していくことが求められます。現状、営業担当者が約2,000時間働いていますが、28%を50%にするためには、22%(440時間)の工数削減を図っていかなければいけません(図24)。
AI等のツールを活用することによって、前述した32の業務を改善したときには、おそらく400時間程度の工数削減が目指せるのではという結論に至りました。その実現を目指して、現在、営業部門では生成AIの活用を進めているところです。
現在、日清食品全体での生成AI利用率は25~30%程度となりますが、けっして高い数字とは言えません。一方で、営業部門に関しては、前述した集中的なテコ入れにより、特に今夏以降、大きな伸びを見せています。現在は約65%(2023年10月11日時点)となっています(図25)。
このように、営業部門で行った働き方を1つの成功事例として、他部門への展開を引き続き実施していく予定です。
●全社的な活用の推進
営業部門の成功事例を横展開すべく、次にマーケティング部門に対して適用していきました(8~10月)。「情報収集」「エンタメトレンド」「アイデア出し」「プレスリリース」「作業」の業務で生成AIが使えるのではないかと検討し、それぞれに適したプロンプトを作り込むといったようなことをしています(図26)。
その後、営業やマーケティング部で実施したことと同じ内容を、希望のあった先行12部署に対して実施し、横展開をしていきました(9~11月)。各部門で作成するプロンプトを各担当者自身がブラッシュアップしていく作業をピックアップしてもらったうえで、その担当者自身がプロンプトを作り、ブラッシュアップしていく作業を行ってもらっています。
今後は、プロンプトテンプレートをグループ会社に展開して(11月~24年3月以降)、たとえば、「日清食品株式会社が展開したものの明星食品株式会社への展開」などもグループ全体で進めていこうと計画しています(図27)。
●生成AI 活用のさらなる拡充に向けた2つの軸
今後、生成AIを運用するうえで、さらなる拡充に向けた2つの軸があると考えています。
これまでご紹介したのは、「ChatGPTの日清食品版をどう活用していくのか?」というところでした。
さらに活用していくには、まず、「社内の情報を把握しているAIの構築」が必要となってきます。社内ドキュメントに加えて、AI が各業務システムと連携して、各システムの中身を知っている。それらの情報を学習する仕組みを構築し、社内業務に直結する回答が可能なユースケースを拡充していく必要があります。
もう1つ、AI の利用をあらかじめ前提とした業務プロセスを確立していく必要があります(図28)。
ちなみに、社内に対して生成AIを展開していて常々思うのは、AIの利用が当たり前になっているヘビーユーザーを除けば、ほとんどの従業員は一度は触ってはみるものの、自分たちの業務にどう使えるのかがなかなか分からないといったような二極化が起きているということです。AIの利用有無が個々のユーザーのリテラシー・習熟度合いに依存するのではなく、AI の利用をあらかじめ前提とした業務プロセスを確立する必要があると考えています。
たとえば、社内情報の参照については、MicrosoftのSharePoint上に格納された社内ドキュメントの情報を参照して、AI が回答を生成します(図29)。
全社朝礼でも、安藤宏基CEO自身が生成AIによる業務の変革について、社員へメッセージを投げかけています。
講演の冒頭で “カップヌードルシンドローム” について申し上げましたが、強いブランド力に安住せず、新しいことをどんどん取り入れ、「自分たちの働き方を自分たちで“破壊”してでも変えていってくれ」と、そうしたメッセージを含んだ言葉が、日清食品が生成AIを導入する強い後押しになったと思っています。
すでにお気づきの方もいるかと思いますが、当社の変革の進め方には一定の特徴があります。1つは、「変革に対する経営意思の直接的な伝達」。いわゆる、トップダウンの取り組みです。トップダウンの意思を現場へ伝えていくことによって、会社の方向性に一貫性を持たせていること。
もう1つは、「現場に根ざしたスモールサクセスの迅速な全社展開」。こちらは、ボトムアップの取り組みですね。
これらを両軸で進めていくことによって、新しい技術を社内に迅速に展開していく。そのようなことを現在、当社内では行っている状況になります。ご清聴ありがとうございました。
Ⅲ.クロストーク(Q&A)
Q:人事業務に生成AIをどのように活用できるのか。海外事例なども含めご紹介ください。
人事業務のコミュニケーションの一部として、活用の幅は広がっていくと思っております。スカウトメールでも実際に使われ始めており、プロダクトも存在します。
人事に限らず、普段の業務はChatGPTを使えばできない業務はないという認識を持っています。
当社のなかで、2番目のヘビーユーザーが人事部のマネージャーです。彼と一緒に業務をしている従業員全員が生成AIを使っているわけではありません。そこが、問題の本質的なところの1つだと思います。つまり“人によって使うか使わないかが決まってしまう”というところです。
この人事部のマネージャーの場合、採用活動を行ううえで、生成AIを使用しています。膨大な候補者の情報を、AIに要点をまとめてもらい、絞り込みをかけて、本当に必要なものに関しては、自分自身が詳細に見ているというのです。また、面接には、質問文をAIと一緒に考え、“壁打ち”を経たうえで、面接に臨むといった活用をしています。
研修プログラムやフレームワークに関しては、カリキュラムのメニューなどを生成AIに提案させながら作成しています。この他にも、従業員のエンゲージメントを測るアンケートのコメントを生成AIに分析させ、そこから考えられるエッセンスを作成させることもできるといった話をしています。
これまで人間がチェックしていたプロセスをAIにも考えさせたうえで固めていくプロセスは、人事領域の様々な場面で活用できるのではないかと、マネージャー個人としては想定しているようです。部門全体としては、そこに行き着く状態にはなっておりませんが、いつかは取り組んでいかなければならないものです。
当社のときもそうですが、世の中にはすでに多くのユースケースや選択肢があります。そこから、何かを選択するとなった際に、当社では内製化するという選択をしました。
上田先生の例のように、すでに環境があり、利用のすそ野を広げている企業もあります。
当社の場合、パナソニックコネクトさんがMicrosoftと連携した自社環境を構築した事例を拝見し、同様のことができるのではないかと判断しました。各社での利用の方向性や規模など、複数の選択肢のなかからどれが良いかを見極めていく必要があると思います。
社内規定により、内製化しても個人情報は出せない企業もあるでしょう。なので、最初のうちはスモールかつクイックに始めるのがよいかと思います。
Q:今回はホワイトカラーの例でしたが、生産工場のデータ日報などでChatGPTを扱うことも想定されているのでしょうか?
当社が定義するホワイトカラーとは、自分のメールアカウントを持っている従業員です。自身のメールアカウントを持たず、機械とだけ向き合っている従業員については、現時点では生成AIの活用は考えていませんが、ある程度、自分のメールアカウントを持ち、事務作業も並行して行う管理をする立場の従業員に関しては、活用してもらいたい。むしろ、現在は生産工場の方から希望が上がっています。具体的な業務に対して、どのようなプロンプトを作ればいいのか、一緒に詰めている状態です。たとえば生産現場では、製品製造の是正措置として、想定していたものと少しでも違っていたときには、原因を深掘りして徹底的に調査したうえで、再発防止策やそこから得られるインサイトをこと細かく記録する業務があります。年間500~1000件ほど蓄積され、過去を振り返れば何万件にものぼります。こうしたデータベース、ノウハウとも言い換えられますが、これを人が探すのは大変な作業です。何かが起きたときに、AIが中身を見に行ったうえで、類似する事項を抽出し、再発防止策案を提示することはできるという話にはなっています。そこで、現在は仕組みづくりに取り組んでいるところです。
Q:ChatGPTの法人向けプラットフォームで必須の機能は?
本日ご紹介した機能はChatGPTにほとんど実装されていますので、誤解を恐れずに言えば、どこも大差はありません。
差異を見ていくとすれば、「どこまで寄り添ってくれるか」という点や、成田さんからもありましたが、テンプレートがあるに越したことはないという部分だと思っております。
上田先生と同じ見解です。一般適用されているものは大差ありませんし、有用性のあるものについても、取り込むうえで大きな障害はないかと思います。
当社の場合、要望は2つありました。1つは、インターネットの情報を参照したい。つまり、“最新の状態”を知っている状態にしてほしい。ChatGPTは2021年9月までの情報しか学習していない状態だったので、それでは業務で使える領域が限られてしまう。ただ、これらについてはChatGPT側で解決されつつあります。
もう1つは、“社内の情報”を知っていてほしいですね。社内システムの情報、ERPの情報を答えてくれるとありがたいですし、当社の場合、営業担当者が日々どの製品がどれくらい売れたのか、売上速報について、データベースを参照するツールで見ていますが、それを含めてAIが答えてくれるとありがたいですね。
現在は、AIが社内の様々なシステムを覗きに行って答えられるような仕組みを作っていますが、企業で使ううえでは、社内情報を参照していく、社内のことを答えられるAIが今後は必須になってくると思います。
Q:社内限定のChatGPTで特定の社員名を何度もプロンプトに入力することは、その後の使い勝手に影響するのでしょうか?
まったく影響ありません。学習には使われないという前提です。仮に使われていたとしても、一企業の一人が、個人の名前をたくさん入力したところで、インターネットの膨大な文章の前では、海の中にインクが一滴加わった程度の影響しかありません。だから、使い勝手にはまったく影響しません。それが固有名詞であったとして、特別なことをしない限り、特に影響はありません。
Q:行政手続や労務でもAIは活用できるのでしょうか?
すぐに適用していくことになると思います。AIはルールが決まっているものへの対応は非常に優れていますので、特定の情報を基に決まった手続きを決まったフォーマットを作って進めていくべきものについては、適用余地は多分にある気がしています。確定申告などにも適用できる日を期待しています(笑)。
Q:AIがリーダーとメンバーの間に入っていくことで、管理者の負担を減らしていくことは、今後一般的になると思いますか。また、すでに実装して成果を挙げている企業事例は?
企業名は出せませんが、私が携わるなかでの実例はあります。まだ理解を示している企業は多くはありませんが、今後、徐々に広がっていくと個人的には考えているところです。
AIに明確に依頼できるようになれば、割く労力や工数は減らして、AIが入ることによって、人が楽になっていくことは、多分に余地はあると思います。
Q:日清食品HDでは、上層部にChatGPTの推進派になってもらうことに取り組まれているのでしょうか。どのようにアプローチされていますか?
これは、進めるアプローチのうえで、戦略の柱となるものです。やはりトップダウンで降ろしていき、かつ、各組織では部長・課長レイヤーが推進役として、「どんどん使え!」と言ってくれるところを目指しています。
当社の場合、CEOが“超推進派”なので、役員面談後の役員に話を聞くと、「半分以上がAIの話だった」というくらい、CEOと各役員はAIについて話をしているし、CEOの熱量も理解していますから、IT部門から「一緒にやらせてもらえませんか?」と話をすると、テコ入れしやすいかたちになっています。
トップの意思・熱意を各部門長が汲んでいるという図式にあえて意図的にしたうえで進めています。そこはAIを推進していくうえでは重要な要素だと思います。それがあれば、どこの部門も“No”とは言いません。特定の部門で一定の成功事例をつくり、それをサンプルケースとして、他の部門に展開していくところも意図的にやっています。
前述のとおり、トップからの流れと、現場からの成功事例を横に流していくところは、意識するようにしています
素晴らしい事例だと思います。やはり現場レベルでどんどん使っていくと、上層部を説得できる傾向はあるのかなと。CEO自らが大号令を発していらっしゃるというのは、日清食品HDさんや、ソフトバンクさんなど限られた企業しかありませんので。その前提条件がいじれないのであれば、現場がどんどん試して、事例を積み上げていくべきでしょう。
私が松尾研究室に在籍していた頃、社長や役員に対して、ChatGPTの研修を実施したところ、参加者のテンションが上がった経験もありますので、そうしたアプローチもあり得るかもしれません。
あとは、他の企業が実施していることをインプットすることは、流れをつくるうえでは有効かもしれません。
危機感を煽るのも、1つの手法だという気がします。