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CASE1 カルビー|組織づくりの起点は管理職 ネガティブをポジティブへと導く徹底した管理職支援 流郷紀子氏 カルビー 人事・総務本部 人財戦略部 部長

編集部より

管理職になりたくない社員が増えている――定期的に話題となるこの問題は、果たして本当なのでしょうか。
小誌でも以前この問題を調査し、取り上げたところ、多くの視点があることがわかりました。そもそも管理職になるべき人材の要件は何か、要件に近しい候補者の昇進意欲はどうか、どのように候補人材を見つけるか、登用後もポジティブに働いてもらうために必要な支援とは……。単純に「管理職になりたい人」を増やせばいいのではなく、こうした様々な切り口で検討することが必要です。
そこで今回は、特集『ポジティブ管理職を育てる』よりカルビーの事例をピックアップ。役職志向の割合が高い同社は、どのように管理職支援を行っているのでしょうか。

カルビーにおいて役職への志向を持つのは全社員の63%。
これは一般的な水準から考えるとかなり高いといえるだろう。
なぜこんなにも多くの社員が管理職をポジティブに捉えているのだろうか。
その背景には徹底した管理職支援があった。
同社の人財戦略部部長の流郷紀子氏に聞いた。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=カルビー提供



全体の6割超が役職にポジティブな志向

「やっぱり大変そうに見えるんでしょうね、自分の上司が」

カルビー人財戦略部部長の流郷紀子氏は、“管理職になりたくない”若手社員の胸の内をそう推し量る。確かに、身近な上司の姿がネガティブなら、管理職というポジションそのものにネガティブなイメージを抱くのも無理はない。彼らの反応は、日本企業の管理職の現状を映す“鏡”ともいえる。

カルビーではどうか。同社は昨年、D&Iに関するアンケートを実施、そのなかで、社員の「役職を持つことへの意識」について調査している。

「あなたはいずれ役職(課長以上)につきたいですか?」(すでに役職についている人は「さらに上位の役職につきたいですか?」)と尋ねたところ、役職への志向を持つ人は「ぜひつきたい」と「ついてもいい」を併せ、全体の63%を占めた(図1)。

「ただ、男女で状況は異なります」と流郷氏は言う。

「年代別にみると、男性は40代まで8割を超えているのに対し、女性は30代、40代で、役職への志向が下がる。若い世代が最初から役職を避けているわけではなくて、実際に子育てなどプライベートの役割が増えてくると『やっぱり無理かな』と意識が変わってくるのではないでしょうか」(流郷氏、以下同)

同社は、その人財方針「Calbee HRポリシー」の最上位に、「全員活躍」の理念を掲げる。従業員一人ひとりが個々の強みを活かし、生き生きと主体的に働くための組織・人づくりは、その範となるポジティブ管理職の育成なしには成しえない。流郷氏ら同社人事が、管理職支援に力を入れるゆえんである。

とはいえ、同社をとりまく環境の変化に伴い、管理職層にも従来とは異なるマインドやマネジメントスタイルが求められていることは疑いようがない(図2)。「コンプライアンスへの対応など付随業務的な領域が増え、メンバーの世代間ギャップも進んでいる」と流郷氏。要するに、マネジメントそのものの難易度が上がっているのだ。

「私もマネジャーになって、初めてわかりました。若手が上司を見て、大変そうと思う以上に大変かもしれない。だからこそ、サポートしたいのです」との言葉に実感がこもる。

1on1導入を巡り管理職が二極化

では、具体的にどのようにして、管理職がポジティブに働けるように導いているのか。変化のきっかけとなったのが、カルビーが2019年に導入した「1on1」の取り組みだ。

始まったのは流郷氏の入社前だが、必ずしも当初から管理職支援を意図していたわけではなかったという。

導入の目的は次の3つ。1つめは社員エンゲージメントの向上である。流郷氏によれば、「当時のメンバーシップサーベイ(いわゆる『エンゲージメントサーベイ』のこと)の結果から、『チームワーク』『心理的安全性への配慮』『上司とのコミュニケーション』に課題があることがわかり、その改善策として1on1を導入した」という。

2つめは、同じタイミングで導入したバリュー評価に対する納得度の最大化だ。「日ごろの上司との対話やコミュニケーションが浅いと、評価にも納得できないじゃないですか。メンバーをよく理解するための場が必要になったわけです」

そして、3つめが中計の実現に向けたチームの進化である。そのためには「マネジャーがメンバーを動機づけ、全員の知恵と意欲をより引き出さなければならない」という課題感もあった。

「1on1導入にあたっては、『1回30分程度、月に1~2回以上実施する』ことを管理職に推奨、従来の面談との違いについてもアナウンスしました。1on1は上司の業務管理のための時間ではなく、メンバーの成長支援が目的。話すのも、テーマを決めるのもメンバーですよ、と。講師を招いて、傾聴やコーチングの研修も行ったようです」

ところが、導入3年目の2021年に流郷氏が加わり、改めて管理職層にヒアリングやアンケートを実施したところ、2年経過したにもかかわらず、1on1への反応は二極化していた。

「当初の狙い通り、メンバーシップサーベイのスコアは2年間で確実に改善されていたのですが、同時に、『忙しくてやっていられない』とか『必要性を感じない』『教えられたとおりにやっているのにうまくいかない』『部下が何も話してくれず、沈黙がつらい』といった不満の声が数多く聞かれたのです」

「答えはない」「教えない」

1on1が、少なからずマネジャーの負担にもなっている現状をみて、流郷氏がまず感じたのは「カルビーの社員はすごくまじめ」という印象だった。

「たとえば『傾聴』というと、ただ黙ってメンバーの話を聞かなければならない。そう思い込んで、本当に聞くだけに徹するから、会話にならなかったりするんですよ。『上司も臨機応変にしゃべっていいのでは』と思うのですが、うまくいかない。講師の先生に言われたようにやっているのに……と不満を募らせ、ネガティブに拍車がかかるマネジャーも少なくありませんでした」

部下も一人ひとり違うのだから、研修どおりにいかなくてむしろ当然だろう。「まじめであるがゆえに、型ややり方に縛られて、自らを追い込んでいる」―― 流郷氏が問題に気づいたのは、組織では“新参者”だったからかもしれない。

「その思い込みや固定観念を解いてあげることが、管理職層の支援にもつながると確信しました」

そこで、同年度から管理職向けの1on1推進のためのトレーニングを一新した。まず本部長・部長・課長ごとに集まり、本来の目的や在り方を再確認する「合同トレーニング」を実施。その初回のタイミングで、流郷氏は人事としてのメッセージを強く発信した。

「第一に伝えたかったのが1on1に正解はないということです。『どうすればうまくいくのか』とか『心に刺さる聞き方を教えてほしい』とか、皆さん“必殺技”を求めたがるのですが、そんなものは現実にはありません」

状況が違えば、1on1をやることだって、正解ではないかもしれない。とらわれすぎないことが重要だと流郷氏は続ける。

「さらに『教えない』ということも明言しました。それまでにさんざん講師の先生を呼んで、スキルだの、やり方だの教わったのだから、もうそれはいいでしょう、と。むしろ、2年間やってきた経験を振り返れば、マネジャー一人ひとりのなかに、自分なりの“実践知”が蓄積されているはずなんです。自信を持ってそれを活用し、一方的に『教えてもらう』のではなく、『分かち合う』ようにしてほしいと伝えました」

そのうえで、管理職同士がチームを組み、成功例や失敗例を共有したり、相互に模擬的な1on1を行ってフィードバックし合ったりするセッション形式のプログラムを展開し、全社で地道に積み重ねてきた。

個々の小さな努力を見逃さない

こうした新しい取り組みにより、現場のマネジャーの間には、1on1に対するポジティブな声がしだいに広がっていったという。

「私たちがいきなり『答えはない』『教えない』と切り出して、従来のやり方を変更したことから、当初は拒否反応も強かったのですが、プログラム実施後のアンケートを見ると、『人事が正解はないと言ってくれて、肩の荷が下りた』『他の人の事例を聞いて、自分のやり方でいいんだと安心できた』などうれしいコメントがたくさんありました」

同社では、1on1のためのトレーニングプログラム以外にも、管理職同士で経験を分かち合う機会が用意されている。その1つが、先述したメンバーシップサーベイの結果を、部門ごとにフィードバックして議論するワークショップだ。

現在は本部単位で実施しているが、流郷氏は「それだけでは足りない。チームやマネジメントについて学び合う場を、各部以下のレイヤーにも落とし込んでいきたい」と語る。

そうなると本社人事だけでは手が回らないため、今後は、地域人事や生産現場の担当スタッフも巻き込みながら、管理職支援の体制の拡充を図っていくことになる。

「サーベイのスコアが上がっている部門では何をしているのか。ワークショップで話してもらうのですが、やはりマネジャーが何かしらやっているんですよ。チーム内のミーティングは自分で仕切らず、メンバーにファシリテートを任せているとか、いろいろな学びの共有を行っているとか。やっていることは、それこそ必殺技でも、ウルトラCでもない。小さくて地味なことだけど、でも、やっている。やり続けている。その事実が、何をやるかよりも大事なのではないでしょうか」

個々の小さな努力を見逃さずに、きちんと認めて取り上げることも、人事の役割だと流郷氏は強調する。それが、ポジティブ管理職の育成に資すると信じるからだ。

キャリア自律で関係性の強化も

冒頭で、役職への志向を持つ人はカルビー社員全体の63%に上る、というデータを挙げた。20代までの若手に限ると、男女とも70%を超えている。一般的な水準と比べてかなり高い方だろう。

同社では社員が自分と向き合い、キャリアについて深く考える機会が多いのかと思いきや、「残念ながら、逆です」と、流郷氏は打ち明けた。むしろ従来はそういう教育の機会が乏しかったのだという。

「メンバーシップサーベイの結果を見ても『在りたい姿を描く』というキャリア自律の項目のスコアが低いんですよ。管理職になってもいいと思ってはいるものの、それが本当に自分の在りたい姿かというと、また別なんでしょう。どうなりたいかをあまりよく考えていない。あるいは、将来が不透明すぎて、考えられないのかもしれませんが」

流郷氏は、「管理職になりたい人63%」という数字を決して鵜呑みにはしていない。そこで、キャリア自律を推進する施策として、新しく「キャリア探究ノート」を導入した。

同社では従来、異動の希望は上司には知らせず、人事に直接申請していたが、これを変更。異動希望だけでなく、より長いスパンのキャリアプランを明文化して、上司とも共有するのが「キャリア探究ノート」の仕組みである。

「マネジャーには、メンバーのキャリアの志向を踏まえた育成を考えてほしい。仕事1つ任せるにしても、本人がどうなりたいかを知ったうえで任せる仕事とそうでないのとでは、意味合いがおのずと違ってくるじゃないですか。何よりも、メンバーとノートを共有することで対話が促進され、関係性が強化される―― 一番期待するのはそこですね」

独りで頑張らない、理想はN対N

流郷氏自身は、意外にも「管理職になる前は、なるのが嫌で仕方なかった」という。そんな流郷氏に改めて、管理職のやりがいとは何か、聞いてみよう。

「なってみてわかったのは、自分がやりたいことを、自分で決めて実行できる。これは管理職だからできることであり、管理職にしかできないことなんですね。責任もあって大変だけど、すごくやりがいを感じます。しかも、チームのメンバーが助けてくれるんですから。その助けられる喜びも、大きな魅力の1つです」

そもそも、現下の厳しいビジネス環境において、マネジャーが独りでチームを把握し、すべてを支援することはできない。「1対1で上司が部下を見るだけでなく、逆に部下が上司を支援したり、部下同士が支援し合ったり、あるいは斜めの関係の上司に頼ったりしてもいいじゃないですか」と、流郷氏は提言する。

「そんな1対N、N対Nのマネジメントができれば、管理職はラクになるし、独りで頑張るよりもずっと強いチームをつくれるはずです」

上司が生き生きと活躍していれば、部下も「あんなふうになりたい」とポジティブに考えるだろう。ロールモデルとしての、影響力は極めて大きい。

「だからこそ、管理職を孤立させてはいけないんです。管理職の上司はもちろん、同僚を頼ってもいいし、メンバーを頼ってもいい。管理職が頼る先をどれだけつくっていけるか―― それをサポートするのは、人事にしかできない支援でしょう」

上下関係や組織間の壁を越えて、人と人を全方位に「つなぐ」こと。管理職支援の要諦は、そこにあるのかもしれない。

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