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6月15日更新

編集部より

人的資本の最大化を目指す、人的資本経営はいま、人事部門にとって避けては通れないテーマとなっています。そこで今回は、2022年1-2月号特集より、HRトレンドキーワード「ISO 30414」をピックアップ。人的資本情報開示のガイドライン「ISO 30414」について、日本初のリードコンサルタント/アセッサー認証取得者である、慶應義塾大学大学院特任教授の岩本隆氏に話を伺いました。

特集|ISO 30414
慶應義塾大学大学院 岩本 隆氏│人的資本の情報開示が
当たり前の時代に

岩本 隆(いわもと たかし)氏 
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授
東京大学工学部金属工学科卒業。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。
日本モトローラ、日本ルーセント・テクノロジー、ノキア・ジャパン、ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より現職。「産業プロデュース論」を専門領域として、新産業創出に関わる研究を実施。
ICT CONNECT 21理事、日本CHRO協会理事、HRテクノロジー大賞審査委員長などを兼務。
2020年10月、日本初のISO 30414リードコンサルタント/アセッサー認証を取得。

[取材・文]=増田忠英 [写真]=岩本 隆氏提供

人的資本情報開示の流れと標準化の動き

2011年、国際標準化機構(ISO)において、人材マネジメントに関する規格(どのようなデータを基にどのような計算式で数値化するか)を開発する技術委員会「TC 260」が発足した。TC 260での標準化作業を経て、2018年に出版されたのが「ISO 30414:社内外への人的資本レポーティングのガイドライン」である。こうした動きが起きた背景について、岩本氏は次のように解説する。

「2008年にリーマンショックが起きた際に、サブプライムローンのような金融工学を駆使した実体のない対象への投資が大きな批判を浴びました。しかし、投資家にも言い分がありました。当時の米国では、すでにサービス産業やソフトウエア産業が主流となっていたため、財務諸表を見たところで企業の成長性を判断することができないというのです。実際に、2020年のS&P 500の企業価値の90%は無形資産と言われています。そうなると、有形資産を表している財務諸表を見たところで、企業価値の10%しかわからないことになります。そこで、リーマンショック以降、投資家から企業の無形資産、すなわち人材情報に対する開示要求が強まりました。その流れのなかで立ち上がったのがTC 260です」(岩本氏、以下同)

TC 260からはISO 30400番台で複数の文書が出版されているが、そのうち14番目のドキュメントがISO 30414である。ISO 30414には人材マネジメントの11領域について、データを用いてレポーティングするための58のメトリック(測定基準)が示されている(図1)。




「ISO 30414は人材マネジメントの企業報告について網羅的に定義されており、大きな注目を集めています」

2019年11月、米国のSEC(証券取引委員会)がISO 30414をベースに人的資本情報開示を義務化する動きに出た。米国では、それまで人的資本に関しては従業員数のみ開示義務があったが、上場企業はその他の人的資本情報も開示しなければならなくなった。

「ただ、義務化されているとはいえ、開示するメトリックは企業の任意となっており、投資家には不評です。なぜなら、各社が同じ分量で開示しないと企業間での比較ができないからです」

そこで現在、米国連邦議会で「Workforce Investment DisclosureAct of 2021」という法案が審議されている。この法案では情報開示についてISO 30414に準拠することが明記されており、「もし成立すれば、ISO 30414のメトリックで人的資本情報を開示することが世界のスタンダードになる可能性があります」と岩本氏は話す。

一方、欧州では、すでに2017年度(会計年度)から従業員500人以上の上場企業に人的資本情報の開示が義務化されており、2~3年後にはすべての上場企業が対象になる見込みだ。現状ではISO 30414への準拠は任意だが、TC 260で標準化を主導してきたドイツ銀行を筆頭に、ISO 30414に準拠したHRレポートを開示する企業が増えているという。

では、日本の動きはどうか。

「日本では、2021年6月に改定されたコーポレートガバナンス・コードに、人的資本を開示すべきと示されています。現状は、欧米の動きを見ながらソフトロー(罰則無し)のままいくか、ハードロー(罰則あり)でいくかを検討している状況です。海外では、ハードローにしないと動かない企業が多いですが、日本では、コーポレートガバナンスコードに示されただけでも、人的資本情報の整備をしないといけないと考える企業が多い傾向にあります」

現時点では、米国で法案が成立した場合には、日本政府も影響を受けるのではないかと岩本氏は見ている。

ISO 30414に準拠した人的資本開示のメリットとは

投資家の要請によって進められてきた人的資本開示と標準化の動きだが、ISO 30414に準拠した人的資本開示を行うことは、企業にとってどのようなメリットがあるのだろうか。

「人材マネジメントには採用、育成、配置、従業員エンゲージメントなど、様々な領域があります。どの領域にどのような投資をすれば、リターンを最大化できるのか、これまで人事のトップやCHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)にとっては議論が容易ではありませんでした。しかし、ISO 30414に基づき人材マネジメントにおけるそれぞれの活動を数値化すると、経営会議の場で『今年はこの部分に投資していくべきだ』『5年後を見据えてこのように投資していこう』など、人材マネジメントにおける投資の方向性を数値に基づいて議論できるようになります」

日本でも、企業価値の大半を無形資産が占める企業が増えている。たとえば、リクルートは時価総額13兆円を超え、日本企業の時価総額トップ4に入る(11月時点)が、その価値の大半は人材、人そのものだ。

「このような企業が増えているいま、目に見えるアセットだけで経営判断をしていて大丈夫か、という指摘があります。企業価値に占める人材の割合がますます高まるなかで、企業のさらなる成長のためには、人材に関する投資についてもっと議論する必要があります。そこで、ISO 30414が示すような指標に基づいて人的資本を数値化して開示することが必要なのです」

今後、企業は外部のステークホルダーから、人的資本開示のプレッシャーに晒されるようになると岩本氏は予想している。

「株主は人的資本情報の見方を身につけつつあり、株主総会で『人的資本ROIが業界水準と比べて低いのはなぜか』といった数値に基づいた質問をしてくるようになります。それに定量的に答えられない経営者は信用を落とすことになるでしょう」

また、採用市場でも、今の若い世代は「自分が成長できるかどうか」という視点で会社を選ぶようになってきている。そのため、人材育成への投資など、人材マネジメントに関する情報を開示している会社が優先的に選ばれるようになる可能性があるという。逆にいえば、人的資本を開示しなければ、優秀な人材を採用できなくなる事態が考えられる。

日本国内におけるISO 30414への対応状況

日本国内でも、ISO 30414に対応する動きは活発化しつつある。ISO 30414には認証制度があり、企業のHRレポートを認証するビジネスと、認証のためのアセスメントを行うコンサルタント/アセッサーを認証するビジネスがあるが、日本にも両方のビジネスを行う企業がすでに存在している。岩本氏によれば、その企業が提供する認証コンサルタントの資格取得講座の応募者が増えており、このままいけば世界一の認証コンサルタント数になる勢いだという。また、水面下で認証の取り組みを進める企業も増えている。

「58のメトリックのなかで、日本企業が弱いとされているのがリーダーシップやサクセッションの領域です。リーダーシップには、リーダーがどのくらい信用されているか、という一見数値化が難しいメトリックがあります。またサクセッションでは、クリティカルポジション(企業にとって重要なポジション)を定義し、そのポジションに空きが出た場合に、すぐに後継者を用意できるかどうか、というメトリックがありますが、クリティカルポジションを定義していない企業が多くあります。そうした、重要ですが日本企業にとっては弱いメトリックに関するコンサルティングの引き合いが多いようです」

国内では、ISO 30414に対して「欧米が作ったルールなので日本流のアレンジが必要」「ジョブ型雇用を前提としている」といった意見があるが、岩本氏は「58のメトリックは、どのような企業でも数値化できる基本中の基本であり、そうした指摘は当たりません」と話す。

ISO 30414に準拠した情報開示を行ううえでのポイント

ISO 30414に準拠した人的資本の情報開示を行うには、どのような点に注意が必要だろうか。岩本氏はまず他部署との連携の重要性を挙げる。

「58のメトリックに必要なデータは、人事の領域にとどまりません。財務、従業員の健康、コンプライアンスに関するデータなどを集めるには、他部署との連携が必要になります。特に、採用や育成、報酬などのコストに関するメトリックが多いため、売上・利益・コストは基本情報として押さえる必要があります」

メトリックのなかには、「従業員エンゲージメント」や「リーダーシップへの信頼」などのように定性的な要素を定量化する項目もある。これらの場合は、ツールを使って数値化し、そのスコアが何点であるかを説明する必要があるという。

「メトリックのデータが一通りそろったら、次はそれぞれのメトリックの数値の関係性に着目し、どのメトリックが自社のKPI(重要業績評価指標)になっているのかを確認します。その際に、原因となる指標と結果となる指標を捉えることも大切です。たとえば、従業員エンゲージメントが上がる(原因指標)ことで離職率が下がる(結果指標)、ラーニングの投資が増える(原因指標)ことで従業員エンゲージメントが上がる(結果指標)など、それぞれの関係性を見ていくことがポイントです」

なお、58のメトリックは、すべてを開示する必要はなく、むしろそれらのなかでマテリアリティ(重要度)を定義することが重要だという。

「投資家は、経営戦略に紐づいてどのメトリックが重要なのかを問うてきます。すべてのメトリックが開示されていなくても、その理由が明確であれば問題はありません。ただし前提として、すべてのメトリックがそろっていなければ、マテリアリティの議論はできません」

どのメトリックが重要かは、その企業の業界や成長ステージ、また時代によって異なるものの、岩本氏によれば、業績に直結する数値である人的資本ROIや生産性のメトリックをKGI(経営目標達成指標)とし、従業員エンゲージメントのメトリックを主要なKPIに設定し、エンゲージメントを高めるために他のKPIを紐づけてマネジメントしている会社が多く見られるという。

「従業員エンゲージメントとともに、コロナ禍で注目されるようになったのがウェルビーイングです。従業員エンゲージメントが上がると、確かに業績も上がるのですが、コロナ禍で燃え尽き症候群になって退職する社員の増加が、世界的な問題になっています。テレワークが盛んになり、移動がない分仕事がはかどる一方、人と会う機会が少ないためストレスを発散する場がなく、メンタル不全に陥りやすいようです。

従業員エンゲージメントが高くウェルビーイングが低いと燃え尽き症候群、逆にウェルビーイングが高く従業員エンゲージメントが低いとぬるま湯になると言われています。そのため、従業員エンゲージメントとウェルビーイングを両立させる経営の重要性が指摘されています(図2)」

人事・人材開発部門が最初にやるべきこととは

ISO 30414への対応にあたり、人事・人材開発部門は何から着手すればよいだろうか。

「ISOの認証を取るためには、58のメトリックがデータ化されていればよいだけではありません。そのデータを経営に活かしていること、そしてデータにリアルタイムでアクセスできるようになっていることの3つが評価のポイントになります(図3)。

まずは他の部門とも連携しながら、58のメトリックのデータ化にトライすることが最初のステップといえます。もし、データとして整備できないものがあれば、整備するためにどういうアクションを取るべきかを考え、数値化できた項目についてはそれぞれの関係性を見ましょう。その際に、タレントマネジメントシステムのような重いツールは必要ありません。ビジネスインテリジェンス(BI)ツールを活用すれば、容易にデータを可視化できます。そこから自社にとってのKPIを理解することで、経営戦略や人材戦略に活かしていくことができます」

日本にも、ISO 30414に準拠した人的資本開示が当たり前の時代が到来する可能性がある。この動きを、外部からの要請による新たな課題と捉えるのではなく、自社の成長のための好機と捉え、ISO 30414を有効なツールとして積極的に活かしていく姿勢が求められそうだ。

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Learning Design 2021年1-2月号