今月の過去記事ピックアップ

ビジネススキルとしてのマインドフルネス 自分自身と向き合い、パフォーマンス向上につなげるマインドフルネス 白井剛司氏 白井剛司事務所 セルフマネジメント&マインドフルネス ファシリテーター/ラーニング プロデューサー

編集部より

連休明け、季節の変わり目の寒暖差……この時期、いわゆる「五月病」のような心身の疲れを感じている方も多いのではないでしょうか。そこで注目したいのが「マインドフルネス」。
この言葉は、今や目新しいものではありません。ですが一般的にイメージされる、解放感や癒し、幸福……といった印象に留まらない“ビジネススキル”としての側面があるのをご存知でしょうか。
長年にわたり博報堂で人材開発に携わり、OJTの手法を打ち立ててきた白井剛司氏と共に、マインドフルネスの本質を学んでみましょう。

白井剛司氏 

「マインドフルネス」という言葉は、今や目新しいものではない。しかし、いったいどれだけのビジネスパーソンが、その本質を理解しているだろうか。長年にわたり博報堂で人材開発に携わり、OJTの手法を打ち立ててきた白井剛司氏は、「今の時代、特にマネジ ャー層はビジネススキルとしてマインドフルネスを身につけるべき」だと力を込める。その理由とは。また、正しいマインドフルネスの効果とは。白井氏に話を聞いた。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=白井剛司氏提供



働く人に必須のビジネススキル

「マインドフルネス」がメディアで喧伝されるとき、左写真のようなイメージカットがつくのはお約束といっていい。大自然のなかにいるかのような深い癒しや悦び、解放感――。実際、マインドフルネスというと、そんな“ハッピーな状態”を漠然と連想する人が多いだろう。

それは誤りではないが、得られるもののごく一部でしかない。自らもマインドフルネスを実践し、瞑想のコミュニティーを運営する白井剛司氏は、「その一部が強調されすぎて誤認を招いている」と切り出した。

「日本のビジネスパーソン、特にリーダーやマネジャー層は『自分はそこまで疲れていないし、弱ってもいないから』と、あまり興味を持ちません。マインドフルネスに対する印象が癒しや幸福っぽいイメージに偏っているからでしょう。しかし、本当は疲弊して弱っているのに、忙しさのなかで、自分の現実を見失っている人や受け入れたくないという人も多い。そういうビジネスパーソンにこそマインドフルネスが必要だと、私は考えています」

現在、海外のグローバル企業で、研修に瞑想などマインドフルネスのメソッドを取り入れている企業は、全体の35%に及ぶ。一方、日本企業は、白井氏によると、1割にも満たない。そもそも日本人は宗教やスピリチュアルへの慎重さや警戒心が強いこともマインドフルネスが浸透しにくい一因といわれる。また、仕事における成果には直結しないだろうという“偏見”もあり、企業や働く人たちへの普及が進んでいないのだろう。しかし、白井氏はこう指摘する。

「心理的資本やエンゲージメントの向上が叫ばれていますが、いま日本のビジネスパーソンにそれを求めるのなら、まずは心のもっと基礎的な部分、コンピューターでいえばOSの状態から整えていくべきでしょう。マインドフルネスはその手法の一つなのです」

マネジャーに集まる“矢印”とは

「いまこの瞬間」に起こっている経験に意識を集中し、ありのままを受け入れる心の在り方の実践―― これがマインドフルネスの一般的な定義である。

2000年代以降、米国発の新たな心理療法として、自己啓発として、さらには有名な先進企業の研修プログラムとして、日本にも紹介されるようになった。「あのGoogleが導入している」「ジョブズも実践」―― 日本のビジネスパーソンの多くは、そんなコピーとともに、初めてマインドフルネスという言葉に触れたに違いない。

では、なぜいま改めて注目されているのか。白井氏は「日本で最初に話題になった十数年前より、ビジネスパーソンを取り巻く環境変化が激しさを増し、マインドフルネスがよりいっそう求められているから」だと説明する。

ピーター・M・センゲ博士の言を借りれば、『やらなければならないことの方がそれをやるための時間よりも多い時代』であり、しかも、その増え方が加速している。

「特に顕著なのがマネジャー層の負担です。2000年以前は短期的な業績達成と部下の育成だけを考えていればよかったのですが、その後、キャリア自律というテーマ・課題が浮上し、16年ごろからは働き方改革も始まりました。数字が求められる一方で、『時間をかけて、猛烈に働けばいいわけじゃない』という新たな要求が出てきたわけです」

しかし、効率化に伴う人員削減が行われ、際限のないスピードアップも求められる。

「ミスやコンプライアンス違反は当然許されません。最近はそこに、テレワーク下のマネジメントという難題も加わりました。方向性の異なる要求や課題が次々と現れ、その矢印がマネジャーにすべて集中してきているのが、日本企業の現状ではないでしょうか(図1)」

「対応を求められる課題が多すぎて、マネジャー個人の限界を超えてきている」と危惧する白井氏は、自身も前職の広告会社時代にストレスから深刻なメンタル不調を経験。それがマインドフルネスと出会うきっかけとなった。

「入社して13年間は営業でした。広告会社の営業は人と人の間をつないでいく役回りですから、もともとコミュニケーションが苦手な私には荷が重かったうえに、求められる量もスピードもどんどん増して、ついていけなくなったんです。自分のメンタルの弱さを痛感しました」

人材開発の部署へ異動し、新しい領域で活躍するようになってからも、己の心の弱さがずっと気になっていた。「心を鍛えるには何をすればいいかと探して、マインドフルネスにたどりついた」と、白井氏は振り返る。

自分の操縦桿を握っているか

「まず自分をマネジメントできなければ、他者をマネジメントすることなどできない」とは、ドラッカーの至言である。

個人の限界を超えるほど外部からの要求や課題は多様化・高度化しているのに、それを扱うマネジャーは、一方で自分自身を扱う術も持たないまま、日々、激務に追われている。それでは、対峙する相手やチーム、組織、ひいては社会といった外部の環境にうまく働きかけられるわけがない。自分に向けられる矢印をコントロールすることができず、さらにストレスがかかる一方だ。

「まず、自分はいまどんな状態にあるのかを正しく把握できていないと、心の土台がずれている状態なので、知覚も認知も、行動もずれてしまいます。ずれていること自体に気づくこともできません。その心の土台を整えるためのセルフマネジメントに効果的なのが、マインドフルネスの技法なのです」

なるほど、冒頭でも触れた写真が表現するような、至福感を追求するイメージとは確かに違う。

「飛行機のような乗り物の操縦席にいるところを想像してみてください。その乗り物はまさに“自分自身”。マインドフルネスは、たとえるなら、自分という乗り物の操縦桿を自分できちんと握れている状態だといえるでしょう」

ところが、多くの人は“心ここにあらず”で、ただ乗っているだけ。「計器も狂ったままで正しく現状認識ができていないし、自分自身の気持ちや言動のレバーを握っている自覚も乏しい」と、白井氏は警鐘を鳴らす。現に、ある調査の結果によると、人は90%の時間を自分の状態に何の注意も向けずに、ただ反応するだけの“自動操縦状態”で過ごしているのだという。

私は、私のコックピットに正しく乗っているか。それがマインドフルネスの要諦である。

ストレス低減から成果の向上まで

マインドフルネスを理解するには、このような知識を学ぶだけでなく、実体験を通じたトレーニングが欠かせない。白井氏によると、初心者はまず呼吸から始めるとよいという。

「自分のなかに一瞬一瞬生まれてくる感情や身体感覚には意識を向けず、呼吸だけに一点集中するのが瞑想の入り口です。次に身体感覚。ボディスキャンといって、全身くまなく、一つひとつの部位を順々に感じていきます。さらに経験を積んでいくと感情に気づき、思考にも気づいていく。対象を段階的に広げて、最後は自分の身に起こっていることすべてに気づいて、ありのまま受け止めていくわけです」

講習会などに参加する場合は、「複数回のセッションが1~3カ月の間で進行し、知識と体験の両方で徐々にレベルを引き上げていくのが望ましい」と、白井氏は言う。

そうしてマインドフルネスを実践していくと、続けた先には何があるのか。それをビジネススキルとしての機能面で分解・図示したのが図2である。

「一番ベースになるのは『集中力の向上』です。次に『内省力』。いま自分はどんな状態で、それがどんな行動につながっているのか、内面を観察・理解する力がついてきます。また、それによって『意図と行動のギャップ』にも気づくので、本来の目的・目標に合わない無駄な行動を排除でき、その実現により近づけるようになるのです。さらには内省力ともあいまって、『精神的な成熟度』が高まっていきます。加えて、自分の考えを保留しながら他者の意見を受け入れたりすることで『他者との関係性の改善・向上』も進むでしょう」

そしてもう一点、意外に思うかもしれないが、『創造性』にもいい影響が出てくるという。

「その1つは、課題発見などに活きる『洞察力』。それは個人の先入観やバイアスなしに、あるいは会社や社会の文脈や暗黙の前提にとらわれずに目の前の事象をありのまま見ていくことができるようになるから。ほかにも経験を積めばVISIONやアイデアの創造にもつながっていきます。瞑想を継続することによって、そうした視点が生まれるのも、マインドフルネスの効果の一つです」

このようにスキルとしての機能が備わり積み重なっていけば、ビジネスパーソンにとっては、ストレス低減やリラックスに資するのはもちろん、パフォーマンス向上の効果も期待できる。マインドフルネスは、自分をマイナスから0に戻すだけでなく、プラスに持っていけるのだ。そのメリットは、「仕事には直結しない」というバイアスを払拭し、関心が薄いリーダーたちにも大きくアピールするに違いない。

大切なのは快・不快の適正レベル

とはいえ、再三述べているように、現場のマネジャーや働き手にかかるストレスは個人の限界を超えようとしている。白井氏がいま、改めてマインドフルネスを提案する最大の理由もそこにあるのだ。

「たとえば、テレワーク下では孤立しているので、何かトラブルが起こると自分を過度に責めて、自己イメージを矮小化しがち。一方で、上司やクライアントなど他者のイメージは悪い方向にどんどん増幅してしまいます。その悪循環のなかでぐるぐる回っていても、ストレスが悪化するだけ。マインドフルネスの基本である『目の前のことに集中する』スキルを身につければ、一点に集中することで、意図的にストレス対象から逃れてリラックスできるようになるでしょう。集中とリラックスはつながっているのですから」

図3はマインドフルネスによって解放されるべき“苦”の正体=ストレスの原因を、「快―不快」「過去―未来」の二軸で分類し、表したものである。




「マネジャーはいま、特に右下や左下の領域のストレスが強いのではないか」と、白井氏は見ている。

「快を求めて不快を避けることも、過去を振り返って未来に期待することも、決して悪いことではありません。大切なのは、過度に囚われないという心の態度。適正なレベルを超えると、たとえば渇望は執着となって、自分にも他者にも悪影響を及ぼすのです。マインドフルネスの実践とは、『適正レベルの快・不快を扱い続けることで、心や気持ちを豊かにする行為・習慣』だと、捉え直すこともできるでしょう」

人事こそマインドフルネスを

ビジネススキルとしてのマインドフルネスには、宗教的な立場や経験を積んだ先人からの批判も少なくない。「何も知らない素人に、効果やリターンを謳って、“ファストフード” のようなマインドフルネスや、実利を追ったマインドフルネスを教えている」というのだ。

白井氏は「何が悪いのか。厳しい競争社会にさらされるビジネスパーソンだからこそ、効果やリターンを期待するのであって、それが得られないメソッドなど続けられるはずがない」と反論する。

「ただし、先人の指摘ももっともな点もあります。初心者は、ストレス低減の効果が得られると“自転車操業”に陥りやすい。私もそうでした。瞑想でリラックスできるからといって、何でもかんでも仕事を受けていたんですよ。そして疲れたら、また瞑想する……の繰り返し。成果や効果を求めるのはいいけれど、求めすぎるのはダメなんですね。適正レベル、量のリターンから質のリターンへのシフトが大切だということです。宗教家や先人の方々はそういったことへの警鐘を鳴らしているとは思うのですが。いずれにしても段階によって目的と効果が変わり自ら成熟・洗練していくというのがビジネスにおける活用の肝ではないでしょうか」

はたしてマインドフルネスは今後、セルフマネジメントのスキルとして、日本のビジネスパーソンにも普及・浸透していくのだろうか。白井氏は、「会社が個人の心の問題を扱うのは難しい」と断ったうえで、「しかし、人事パーソンにできることも少なくありません」と力を込めた。

「たとえば、マネジャーがいま置かれている状況に、もっと目を向けてみてください。その厳しさを人事が理解すれば、セルフマネジメントの手法は他にもいろいろあるものの、かなりの確率でマインドフルネスという選択肢が挙がるはずです」

最後に白井氏は、人事・人材育成に携わっている人にこそ、ぜひマインドフルネスを経験して効果を体感してもらいたいと呼びかけた。

 心理的資本もエンゲージメントも、それを豊かにするためのヒントは、「いまこの瞬間」のなかに潜んでいるのかもしれない。

最新号より期間限定全文公開中です。
無料会員登録すると、
全ての記事をお読みいただけます。
人材開発専門誌『Learning Design』の
全バックナンバーが読める!
無料で読み放題 会員登録する
会員の方 ログイン