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佐宗邦威氏と探る人的資本経営がつくる創造する組織 Vol.9 「経営層」と「現場」を巻き込むMIXIの人的資本経営 杉村元規氏 MIXI 人事本部 人事戦略部 部長 兼 人材採用部 部長|佐宗邦威氏 戦略デザインファーム BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer

編集部より

人事施策を経営戦略と連動させ、経営に資する人事戦略を実現させていくことは、人的資本経営にとって必要不可欠です。
しかし、経営層との連動に課題を抱えている企業も多いのではないでしょうか。また、苦労して始めた施策も、現場の協力や共感がなければ成功にはつながりません。
そこで今回は、MIXIの人的資本経営の事例をピックアップ。
経営層と現場の双方を巻き込んだ人的資本経営推進において、人事はどのような役割を果たしているのか。本記事からぜひ学びましょう。

杉村元規氏

人的資本経営の重要性が増しているいま、人事はどのように、価値を生み出す人・組織をつくるべきか。
第9回のゲストは、MIXI。
経営層と現場の双方を巻き込んだ人的資本経営推進における人事の役割とは。
佐宗邦威氏とともに、「人的資本経営」を実現する組織と人の在り方を探る。

[取材]=編集部 [文]=村上 敬 [写真]=中山博敬



創設時から引き継がれる受容性の高い組織文化

佐宗

杉村さんはMIXIで人事戦略部長をお務めです。現職に至るまでのキャリアを教えていただけますか。

杉村

新卒で入社した人材派遣会社で、営業としてIT系人材を担当していました。その後、30歳前に設立したばかりのSlerに転職。ベンチャーなので技術以外の仕事は何でもやりました。社員数が100人を超えたころに人事部設立の提案を行い、以降は人事中心のキャリアです。

その後、独学で積み上げてきた人事のキャリアが世の中で通用するのか、チャレンジしたいという気持ちがあったので、40歳目前でMIXIに転職。当時は社員数が1,000人に満たない程度で、人事本部ができたばかり。挑戦しがいのある規模感や状況でした。

佐宗

ベンチャーからきて、MIXIという会社の風土やカルチャーはどのように映りましたか?

杉村

受容性の高さを感じました。入社後、人事部のメンバー一人ひとりと自己紹介し合う「オリエン1on1」を約1カ月かけて行ったのですが、みんな自分のことを惜しげもなく話していたんです。前職では仕事とプライベートをきっちり分けていたので、「会社でこんなにも自己開示をしていいんだ!」と驚きました。実は採用面接のときから、ありのままでいられる会社だということは薄々感じていました。私はポロシャツ姿のカジュアルな服装で面接に行ったのですが、迎える人事部長は、なんとビーチサンダルを履いていました(笑)。そこまで振り切ってもいいのかと、カルチャーショックでした。

佐宗

受容性の高い組織文化は、どこから派生してきたのでしょう?

杉村

MIXIで5年働いて強く感じているのは、ファウンダーである笠原(健治氏)の人格の引力です。笠原は人を大事にする経営者です。それに共感して人が集まり、年輪のように積み重なって多様性を受け入れるカルチャーが醸成され、現在にも引き継がれてきたように感じます。

佐宗

SNS「mixi」の時代から最近の「家族アルバム みてね」まで、MIXIのサービスにはユーザーから見てもやさしさを感じます。笠原さんの思いが、サービスやコーポレートカルチャーにつながっているのでしょうね。

自然任せの育成から脱却した5年間

佐宗

この連載のテーマは人的資本経営です。一般的には開示の文脈で語られることが多い人的資本ですが、僕は人の力をどのように最大化するかに興味があります。MIXIでは人的資本経営をどう捉えていますか。

杉村

人的資本経営という言葉が出てきたとき、役員たちは当初、「MIXIはずっと人を大事にしてやってきた。何も新しいことはない」と口を揃えて言っていました。確かに人を大事にしてきたのはそのとおりです。ただ、一方で私が感じていたのは、人を育てる視点が抜けていたこと。受容性が高いゆえに、人の成長についても自然に任せすぎだったのです。

実は私が入社した当時の人事部長も育成の欠如について危機感を抱いていて、私が最初に任された仕事はマネジメント職(課長職)の育成でした。実際、現場では、マネジメント職が育っていないがゆえに様々な問題が起きていたのです。そこで育成を地道に行った結果、それらの問題が解決し始めて、役員たちも人の育成が事業の成長に結びつくことを実感するようになりました。人的資本経営は、そのことを再整理する良いきっかけになったと思います。

佐宗

マネジメント職の育成では具体的に何を行ったのですか。

杉村

当初、マネジメントの役割や仕事は何かというインプットもされていませんでした。ですからその説明から始めました。始めたのは5年前だったのですが、以前からいる社員と中途で新しく入ってきた社員がちょうど混じり合っていく時期でした。外から来た人は一般的なマネジメントを経験している人が多いので、基礎を広めていくのにちょうどいいタイミングでしたね。

以降、階層別の研修、育成会議、360度フィードバック、人事制度改定、1on1研修等、行ってきた施策はベーシックなものです。これらは会社が成長するために必要最低限のもの。引き続きブラッシュアップしていきながら、来期以降は人事戦略に合わせて強弱をつけていきます。

佐宗

これらのベーシックなものは全社共通ですか。それとも各事業部ごとに運用をしているのでしょうか。

杉村

必要に応じて各事業部にHRBPを置き、現場の声を聞きながら運用しています。全社と事業部では人事のスピードが違って、画一的にやってもうまくいきません。それに、ある事業部でうまく活用できたツールを横展開するといった工夫もできます。

最初にHRBPを置いたのは、「モンスターストライク」を手掛ける事業本部です。社内で影響力の高い部署から始めることで全社へと波及していきました。実際にその後、他の本部も人事本部のメンバーの担当制にして、中に入って情報を取ってくる体制をつくりました。

佐宗

現場の声を聞き、柔軟に制度運用する仕組みは素晴らしいですね。

杉村

2社目のベンチャーで組織づくりを担って痛感したのが、人は納得しないと動かないということ。たとえ会社の成長に必要な制度でも、人事だけでやろうとすると血だらけになることは目に見えています。大切なのは、現場と話をすることです。私が入社した当初は人事本部があることすら知らなかった社員もいましたが、おかげさまで今は「困ったら人事本部やHRBPに相談しよう」という文化が少しずつできてきました。

PMWVを明確にして意識のズレをなくす

佐宗

統合報告書では「人的資本経営」の項目の最初に、パーパスやミッションなどが紹介されていました。これらはいつ策定されたのですか。

杉村

2022年4月にコーポレートブランディングをリニューアルしたのですが、それに合わせてパーパス、ミッション、ミクシィ・ウェイ、バリュー=PMWVを再定義しました。もちろん昔から企業理念はあって、18年にもステートメント、ミッション、バリューを刷新しています。ただ、当時は理念を掲げただけで、特に浸透施策は打ちませんでした。MIXIが大事にしているものはみんな感覚的にわかっているので積極的に浸透させるところまでいかなかったのですが、感覚的に共通していても、いざ言語化すると人によって表現が違っていて、ズレが生じる場面も多々ありました。経営陣がそれに危機感を抱いて、自分たちの存在意義を再構成して世の中に発信することになりました。

佐宗

理念が表現レベルで共有されていないことで、実際にどのような問題が起きていたのですか。

杉村

私たちはコミュニケーション事業をドメインにしています。ですから、以前はミッションとして「For Communication」を掲げていました。ただ、コミュニケーションは厄介な言葉で、拡大解釈できてしまいます。それゆえ、新規事業を提案するといった場面で「これもコミュニケーションの一種ですよね」と、何でもありになっていった面があったんです。

MIXIが大事にしているのは、家族や友人とのつながり、あるいは温かいつながりとか熱いつながり、いわば不特定多数ではないコミュニケーションです。たとえば「mixi」は招待制SNSとして始まりましたし、「モンスト」も、ネットゲームの対戦が流行り始めたなかで、友達と対面で一緒にスマホを出して対戦することにこだわってヒットしました。私たちはSNSで知らないフォロワーが1,000人増えたという世界より、相手を認識している人同士のつながりを強くしたいのです。

その世界観を明確にするために、現在はパーパスを「豊かなコミュニケーションを広げ、世界を幸せな驚きで包む。」、ミッションを「『心もつながる』場と機会の創造。」としました。実現したい世界観の解像度が上がったので、提案や意思決定の場面でズレが生じづらくなると思います。

佐宗

「心もつながる」にあえて鍵括弧がついているのも、リアルのつながりを大事にしたいという思いがよく表現されている気がします。

ところで貴社は、スポーツなど様々な事業を展開されています。PMWVに象徴されるコミュニケーションの哲学は、事業レベルではどうやって落とし込んでいったのですか。

杉村

そこはいま議論しているところです。モンストを爆発的にヒットさせた代表の木村(弘毅氏)は、コミュニケーションの創出についてメソッドを持っています。現在、木村の頭の中をどうやって可視化して、形式知として共有・伝承していくかということに取り組み始めています。

佐宗

面白いですね。属人的な能力を形式知化して組織能力に変えることは人的資本経営の鍵だと思います。

杉村

まず着手したのは、組織の力とは何かという整理からです。組織の力を分解すると、MIXIが一番成長していたころは「創造する力」が飛びぬけて強かったことがわかりました。そこが伝承しきれていないという反省に立ち、いま、木村が持つ価値創造と価値獲得の力の解像度を上げる整理をしています。来期の人的資本経営戦略では、そうして可視化した「つくる力」を育成に結びつけて、再現性の高い組織にしていくことを宣言しようと考えています。

全社で取り組むには、まず役員の意識改革から

佐宗

PMWVの実践と、スキルの可視化による組織能力の強化に取り組むうえで、人事には何ができるとお考えですか。

杉村

PMWVの実現について人事が直接できるのは、全社表彰や評価制度に結びつけることくらいです。社内外にわかりやすく伝えるには広報やデザイン本部の力が欠かせませんし、木村の頭の中を可視化するのも、事業をよく知っている人が関わらないと形式知化できません。組織全体で取り組まないとできないテーマなので、現在、各本部横断の委員会を組み、そこに部を紐づけて各活動を推進する体制をキックオフしたところです。

佐宗

組織体制での推進を人事が発案したんですね。理念の浸透は人的資本経営のど真ん中。人事が言っても動かない場合も多いと思いますが、どうやって動かしたのですか。

杉村

確かに大変でしたね。当初は「理念は自発的に浸透していくもの」と考える役員も多くいました。ですがそれではうまくいかないということを、現場の声やデータを交えながら繰り返し役員たちに訴える日々でしたね。たとえば社内調査でPMWVの認知度は約7割でした。一見高く見えますが、「自分は知っているが周りは知らないと思う」という回答も同様に高かった。また、「自分はバリューを行動として実践できている」という回答は約3割にとどまりました。こうしたデータを共有して、やはり自然に任せていてはダメだという認識を少しずつ共有していきました。そのうちに代表ともう1人の役員が「PMWVの浸透が大事」と言い始めて潮目が変わり、組織全体でやろうという機運になっていったのです。

ここまでくるのに時間はかかりましたが、MIXIの役員は人事のメンバーが話をしに行くとむげにせず聞いてくれる方ばかり。その点では、地道に説明し続ければいつか役員が気づいてくれると考えていました。

佐宗

役員が話を聞いてくれるのも、受容性が高い組織文化の表れですね。そうした文化があると、人事は仕事がやりやすそうですね。次の3年で、人事でここまでやりたいというイメージはありますか。

杉村

現在、社内に本部が10数個あります。人事が解像度高く見られるのは、各本部の部室長クラスまで。マネージャー育成の細かいところは、各本部が自立的にやった方がいい。ただ、各本部にそう言ったところで、その上の層が育成に熱心でないと下もやりません。そこで手始めに、サクセッションプランの看板のもと、各役員が本部長クラスに担当としてついて、育成に関与する育成会議を始めました。その結果、役員から「研修をやってほしい」という言葉が出るくらいに育成の意識が高まり始めました。役員が育成に意欲的に取り組めば、その部下も「自分たちも下を育てよう」という意識になっていくはず。これができれば組織として強くなると期待しています。

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